60 対策というのは総じて簡易的であるものなのよ
雑貨屋の中にアニマちゃんとハサミを招き入れ、私はひとまず二人を正面に向かわせた。
「それで、二人はどうして一緒にいるのよ?」
「別に一緒にいたくなんかないわよ。コイツが首根っこ掴んで離さないんだから」
私が迷宮にお使いに行かせたハサミが、恨みがましくそう言った。
「え、だってクシナっちのローブと丸呑みちゃん持ってるんだよ? 私はビビーン!ときたね。これはクシナっちに何かしら関係してるって。それに、見るからに『私は呪いです』って雰囲気醸し出してるじゃん? これはいろんな意味でお得だしね」
アニマちゃんの前半の推察はまだ納得できるけれど、後半のお得感についてはさっぱり理解できないわね。アニマちゃんらしいけど。
「とりあえずアニマちゃん、ハサミを離してあげて。丸呑みちゃんを持ってくるように頼んだのは私だから」
「わかったよー。別に軽くつまんだだけだよ? そんなに力入れてないし」
「いたたた……。いやさー、オーガもびっくりするほどの握力だったわよ」
オーガ、という言葉にモンスターの姿を思い浮かべる。なんかすごいいかつそうな体格のモンスターを想像した。
まあ、アニマちゃんの怪力具合は今更驚くようなことでもないしね。
「とりあえず、丸呑みちゃんを預かるわ」
私はハサミが腰に下げていた丸呑みちゃんのストラップをひょいと指先で引っ掛け、手際よく手元に引き寄せた。
そしてまっさきに丸呑みちゃんの中身を確認する。
……うん……よし。
特に何かが紛失した様子も、傷ついた様子もなさそうだ。
「それでクシナっち、この呪いの子は何なのさ?」
アニマちゃんが興味津々といった様子で私に問いかけてくる。
「呪いの子って言い方やめて。私は呪い自身よ! またの名をハサミと呼ぶ」
ハサミが鼻を鳴らして何か言っている。
「自称だけどね」
私が横からそう付け足した。
とりあえずアニマちゃんに、これまでの情報を共有した。
ハサミが観光目的で呪物を集めていたことや、この街が迷宮化する危険があること。
そして、ステランという存在について。
「うーん、なるほどね。ところでクシナっちが迷宮に入るなんてできるの? 罠オンチじゃん?」
「罠オンチってなによ」
はじめて聞いたわ、そんな不名誉な言葉。
「罠にかかりまくってるどころか、自分からかかりにいってるレベルじゃん」
ああ、うるさいわね、ほんとに。
私だって好きで罠にかかっているわけではないし。
そこに罠があるのが悪いんでしょ、まったく。
私はアニマを忌々しげに睨み返した。
「別に正面から入るわけじゃないわよ。このハサミに迷宮の核の近くまで転送してもらえばいいわ。それにアニマちゃんは強制同行決定だからね。私は戦いなんてできないんだから」
「ま、別に楽しそうだからいいけどね」
アニマはあっさりと同意した。この身軽さだけは、本当に頼りになるわね。
「さっきから聞いてるけど、転送ってそんな便利なものじゃないって……」
ハサミは呆れたように釘を刺した。
「そもそも人を好きな場所に転移させるなんて難しいんだ。アタシが今までやっていたのは、街にある呪いの力を感じ取って、迷宮の宝物庫……今は呪物倉庫になってるけど、あそこに引き寄せていただけなの」
さらにハサミは言葉を続ける。
「これだけ街に人が溢れているんだから、特定のクシナだけを選別して、さらに任意の場所に転送させるのは容易じゃない。それに、アタシが迷宮の中にいないと駄目だし、アタシが目で見て確認するってこともできないんだよ」
なによ、それ。呪物以外は転送できないっていうの?
「え? できないの?」
私は心底落胆したという顔で聞き返した。
この子が呪いである以上、同じ呪いを感知して呪物を回収できたのは理解できる。けれど、人間が無理となると、これからの計画において戦力外もいいところだ。
「できないとは言ってないじゃん。アタシは呪いの中でも天才だからね。少し時間はもらうけどさ」
できるのね。なら、最初からそう言いなさいな。
私はカウンターに両肘をつき、ハサミの自信ありげな顔をじっと見つめた。
よし。時間はかかっても可能だというのなら、計画は順調と言っていい。
最深部へのコネ入場への望みは、まだ繋がっている。
「それにしても、アニマちゃん。よくこのハサミをつかめたわね? これでも呪いよ? それに、透明化とかっていう能力もあるのに」
私はアニマとハサミを見比べながら、素直な疑問を口にした。
「えー!? そんな能力あるの? 見たい見たい!」
アニマは子供のように目を輝かせてはしゃいでいる。
「そ、そんなの……急に後ろから捕まえられたら、びっくりするじゃない。とっさに能力なんて発動できないわよ」
ハサミは顔を少し赤くして、恨みがましそうに言い訳をした。
アンタ、呪いでしょ。何よ、その普通の女の子みたいな反応は。
ハサミは不満げに唇を尖らせると、指をパチンと鳴らして能力を発動した。
「おー、すごいすごい! 本当に見えなくなった!」
アニマが楽しそうに歓声を上げる。
もっとも、私には何が変わったのかさっぱり分からないけれど。相変わらず、そこにハサミが立っているのが丸見えだ。
「でも、なんかこの辺りにいそうってのは分かる。全然見えないけどねー」
アニマちゃんが見えないはずの空間に手を伸ばし、探るような仕草をする。
「え? なんで分かるの? アニマ、アンタおかしいよ」
姿を消しているはずのハサミの声が、本気で動揺したように響いた。
私は二人の異質な能力がぶつかり合う様子を、腕を組んで眺めた。
さすがアニマちゃんだ。
伊達に筋金入りの呪物マニアをやっているわけではない。
呪いそのものであるハサミの気配を、本能的に感じ取っているのだろう。
二人は見えない――私には見えているが
そんな噛み合わない会話を続けていた。
「そうそう、ついでにハサミ。聞きたいんだけど、ステラン対策ってないのかしら」
私はハサミに問いかけた。
ハサミは能力を解除したようで、普通に姿が見える状態に戻って答えた。
「対策? いったい何の?」
「いや、あのステランの強制転移よ。私とアニマちゃんがやられたの。せっかく迷宮の奥まで行ったのに戻されたんじゃ、洒落にならないわ。あの能力、私にも効果があるみたいだし」
「あー、なるほどね。多分大丈夫。通常の迷宮の順路っていうのかな、奥に繋がっている正規の通路ならステランは基本的に出ないよ。それに、あれは地点を基準にして発動する能力だから、動き回っていれば座標が定まらない。つまり、転移させられないってわけ」
なんという対策だろう。同じ場所に留まるな、足を止めるな、だなんて。
原始的というか、体力自慢のオーガちゃん、いや間違えたわアニマちゃんなら楽に対策できそうだけれど、私には相当しんどそうだ。できることなら、もっとスマートな方法でパスしたいのだけれど。
ステランに目隠しとかどうだろう?そもそもステランに目ってあったっけ?
そんなことを思いつつ、なんやかんやで上手く話がまとまりそうで安心したわ。
早くこの事件を解決して、普通に雑貨屋を営み、たまに呪いの鑑定をする。そんな平穏な日常に戻りたいものだ。
私がそんな物思いに耽っていると、不意に興味深い声が聞こえた。
「どう? これ。この宝石、丸呑みちゃんと一緒に迷宮の奥から持ってきたんだって! これでお腹いっぱい、美味しいものが食べられるっしょ?」
「わあ、なにそれ! 見たこともない宝石じゃん。すごい綺麗だし、これ絶対に高価だよ、絶対!」
二人して、実に楽しそうに盛り上がっている。
私はすかさず二人の間に割り込み、身を乗り出した。
「ちょっと! 私もその話に混ぜなさいよ!」
――クシナが迷宮に挑む日は、着実に近づいていた……。




