59 そういえば身体能力化け物だったわね
翌朝、司祭ちゃんを送っていくために早起きをした。
私は身支度を整えて、今日着る服を選ぶ。
いつものローブは無いしね。
今日の服装も前回アニマちゃんからもらった別のパーカーだ。
これにも熊のような耳がついている。
アニマちゃんが以前、したり顔で
「これはパーカーじゃなくて、今はフーディーって言うんだよ、クシナっち」
と宣っていたのを思い出したわ。
パーカーはパーカーでしょう。何よフーディーって。
そんな呼び名に納得いかないものを感じながらもそういえばあの子は動物耳にこだわりでもあるのだろうか。
前回は猫耳、今回は熊耳、まだ開けていない衣装箱の中にも動物耳パーカーありそうね。
まあ、もらい物だし、着心地はいいし私は別に気にしないけれど。
一階に降りると、そこにはベッドから転げ落ち、口を大きく開けてアホ面を晒している呪いことハサミがいた。
「これ、本当に呪いかしら……」
スピースピーと、あまりにも気持ちよさそうな寝息。
実はただの図々しい人間だと言われても、今の有様を見れば納得してしまいそうだわ。
これだけ抜けていると警戒するのも馬鹿馬鹿しくなるが、司祭ちゃんを送る間、この女を店に一人にしておくわけにもいかない。
私はハサミの肩を掴み、不快感を隠さず乱暴に揺さぶって起こした。
「起きなさい! もう朝よ。アンタには迷宮に戻って、私の『丸呑みちゃん』を回収してくるっていう大事な使命があるんでしょ」
「……んー、むにゃ。あと、十分だけぇ……」
こいつ、本当に呪いなの? そんな人間臭い寝言、初めて聞いたわよ。
だが、私はそこで二度寝を許してやるほど甘くはない。
私は手を縦に構え、大きく振りかぶった。
狙いはこいつの無防備な脳天――いわゆる、チョップってやつだ。
「いったぁあ!」
逃げる間も与えず鋭く振り下ろした一撃に、ハサミはようやく飛び起きた。
涙目で頭をさすりながら、恨みがましそうに私を仰ぎ見てくる。
「……ねえ、もっと優しく起こす方法はなかったの? これが人間の、正しい起こし方なわけ?」
「声をかけても体を揺すっても起きなかったのはアンタでしょ。用事があるの、さっさと起きなさい」
私が冷たく言い放っていると、二階から司祭ちゃんが下りてきた。
「おはようございます、クシナさん、熊ちゃん可愛いですね。ハサミさんもおはようございます」
彼女はすでに出かける準備を万端に整えている。……どこかの寝惚けた呪いとは大違いだ。
「おはよう、司祭ちゃん」
私はぐだぐだ言っているハサミを急かして身支度を整えさせると、三人で雑貨屋をあとにした。
先にハサミを迷宮へと送り出し、それから司祭ちゃんを教会まで送り届けた。
一人になった帰り道、ふらりと探索者協会を覗いてみたが、早朝ということもあってシエルの姿はなかった。
ハサミの件を共有しておきたかったのだが、こればかりはタイミングが悪かったと諦めるしかない。
アニマちゃんも家には戻っていないようで、おそらく迷宮に籠っているのだろう。
深い階層に挑むベテラン探索者が数日間戻らないのは、この街では日常茶飯事だ。
「まあ、二人にはそのうち話せばいいわね」
そう独りごとを呟いて、私は雑貨屋へと戻った。
開店の準備を進めながら、私は考えを整理していた。
ハサミの呪いとしての能力は「不可視化」は私には効かなかった。
だが、あの時迷宮へと飛ばされた転移は、私も普通に受けてしまった。ステランによる地上への転移も同様だ。
あれが呪いの力ではないのだとしたら、ステラン自身も呪いとは別の存在だということなのだろうか。
彼?は迷宮の「核」から生まれた分身体だという話だったが。
もし迷宮の最深部に向かっても、ステランに邪魔だと判断され、指一本で地上へ追い返されてしまっては洒落にならない。そのあたりの対策も、しっかり考えておく必要がありそうだ。
雑貨屋を開き、数人の客を相手にしているうちに、気づけば時間は昼を過ぎていた。
さて、昼食は何にしようかと考えていたところ、カランコランという鐘の音と共に、店の扉が乱暴に開け放たれた。
「やっほー、クシナっち! 歩く呪いを見つけてきたよー。これレアっしょ、レア!」
聞き慣れたアニマちゃんの声。見れば、彼女は呪いことハサミをがっちりと捕まえ、まるで珍しい獲物を仕留めたハンターのような顔で立っていた。
「クシナー、こいつ野蛮よ! 絶対に蛮族だって。なによこの怪力、こいつ人間のふりをしたモンスターよこれ!」
アニマちゃんに捕まった状態のハサミが、必死にジタバタしながら訴えかけてくる。
騒ぎ立てる二人を冷めた目で見やりながら、私は顎に手を添え、ハサミの腰元を確認した。
よし、私のカバン――『丸呑みちゃん』は、彼女の腰にしっかりと収まっている。
まずは最低限のノルマ達成といったところかしら。
「寒いから扉を早く閉めて。さっさと中に入ってくれない?」
私は二人を招き入れると、これ以上店内の温度が下がらないよう、入り込んできた寒い空気を遮断することにしたのだった。




