55 お茶会ではなく、お茶なし会
雑貨屋に戻ってきた、私と司祭ちゃん、そして私のローブを羽織った正体不明の眼鏡女だ。
そもそも一銭も持たずにあそこまで好き放題に飲み食いして、最後はどうするつもりだったんだろう。
私はまず「準備中」の札を表に出し、それから店の中からしっかりと鍵をかけた。
これでようやく話に集中できる。適当な椅子を並べて三人で向かい合うように腰を下ろした――その矢先のことだ。
「えー、お茶もないのー?」
あろうことか、この眼鏡女はそんなことまで言い出した。一体、誰のおかげでさっきの腹を満たせたと思っているのか。
私は椅子の背もたれに深く体重を預け、彼女を突き放すように答えた。
「私にとって有益な話が聞けたら、紅茶でもいれてあげる」
「別に、アタシが話す義理なんてないんだけどね。迷宮がどうなろうとアタシには関係ないし。でも、まあ、これは君のローブみたいだし、一応ご飯代も払ってもらったしね。多少の誠意は見せてあげようかなって、それだけの話だよ」
眼鏡の女は相変わらず、どこまでも他人事のような口ぶりでそう言った。
「そもそも、私を迷宮に拉致した挙句、ローブや丸呑みちゃんを強奪した人物が何を言っているのかしら。話す義理は大ありだと思うけれど」
私は彼女が着ている私のローブを指差し、逃げ口上を許さない姿勢を示した。
拉致されて全財産を奪われた側としては、誠意なんて言葉で済ませられる問題ではない。
「危険? 君が? 迷宮で? そんなわけないでしょ。モンスターは君のことを襲わ――」
眼鏡の女が鼻で笑うように言いかけた、その時だった。
「私だって拉致されましたよ! とても怖かったんですから!」
それまで黙って聞いていた司祭ちゃんが、身を乗り出すようにして割って入った。
震える声での必死な訴えに、さすがの眼鏡女も一瞬だけ言葉を詰まらせた。
まあ、あの時とっさに手を伸ばして司祭ちゃんを巻き込んでしまったのは私なんだけど。
そこについては、心の中で少しだけ反省している。
眼鏡の女は司祭ちゃんをまじまじと見つめ、「あー、なるほどね」と納得したように頷いた。
「確かに、君なら危険かもしれない」
さらりとそう言うと、彼女は独り言のように言葉を漏らした。
「別に、危険にさらすつもりはなかったんだよ。こっそり呪物だけを回収する予定だったし。でもおかしいなぁ。ちゃんと設定したのに。間違いはなかったはずなんだけど」
え? 私は危険じゃないっていうの?
いやいや、絶対におかしい。
私の方が圧倒的に美少女なんだから、モンスターにまともな美的感覚があれば、真っ先に私を狙って当然のはずだ。
私は自分の美貌を軽視された屈辱から、彼女を鋭く凝視した。
美少女である以上、常に危険と隣り合わせなのが世の常。
それをそんなわけないで片付けられるなんて、心外にもほどがある。
「まあいいや。じゃあ、何から話そうか……。あー、まずは名前を名乗ろう」
眼鏡の女はそう言うと、面倒そうに言葉を継いだ。
「本当は名前なんてどうだっていいんだけどね。でもほら、不便じゃん? そうだなぁ……」
彼女は店内をぐるりと見回し、カウンターの隅に置いてあった裁縫道具にふと目を留めた。
「アタシの名前はハサミ。ハサミね。それでよろしく」
絶対に偽名だわ、これ。
この女、明らかにカウンターの道具を見て適当に決めたでしょう。
本当に名前がない……なんてことはないだろうけれど、ここで追求しても話が逸れるだけだわ。
私は特に深追いはせず、「わかった。ハサミね」とだけ答えた。
「私はクシナよ。別に覚えなくてもいいわ。私は情報と、さっき立て替えた食事代を返してくれればそれでいいから」
私はテーブルの上に置いたままの、中身が軽くなった財布を指先でトントンと叩き、支払いの重みを無言で強調した。金銭の恨みは深いのよ。
「ハサミさんですね、よろしくお願いします。私は教会の司祭、シエスタです。……ですが、拉致されたことはまだ許していませんからね」
司祭ちゃんも言葉を重ねた。丁寧な挨拶ではあるけれど、その声には実害を被った被害者としての確かな怒りがこもっている。
「あれ? お互い名前を名乗れば人間は仲良くなるって聞いたんだけど。なんだか、すごいアウェーじゃん」
ハサミは「おかしいなー」と独り言をこぼしながらも、話を続けた。
「まず、アタシとステランは別に仲間でも何でもない。ただ、一時的に互いの目的のために協力していただけ、と言っておくね」
彼女はそこで言葉を切ると、赤い眼鏡のフレームを指先でクイッと押し上げた。
「次にアタシの目的――呪物を回収していた理由なんだけど。それはね……」
一呼吸置き、もったいぶるように彼女は告げた。
「アタシが地上へ出るために、必要だったんだよね」
「なんで迷宮から出るのに、呪物の回収が必要なんですか?」
司祭ちゃんの疑問はもっともだ。私も同感だった。
迷宮から出るなら普通は出口まで歩いていくだけの話。呪物を集めるなんて、脱出の手段としては聞いたこともない。
ハサミは不気味な笑みを浮かべ、首を少しだけ横に傾けた。
「それはね、アタシ自身が『呪い』そのものだからだよ」
さらりと言ってのけたその言葉に、店内の空気が重くなるのが感じられた。




