52 世界には超絶美少女が三人もいるってこと
結局、迷宮の件については答えが出ないまま、お昼を過ぎてしまった。
そろそろ何か食べようかしら……。そんな風に思ったときだった。
カランコラン、と乾いた音を立てて店の扉が開く。
「あ、ほら、やっぱりいるじゃないですかー、クシナさん!」
「ほんとだ!」
聞き覚えのある声と、あまり聞き慣れない声が重なって店内に響いた。
「そりゃあ、いるでしょ。ここは私の家なんだから」
私は空腹を訴え始めたお腹をそっと押さえながら、入り口の方へと声をかける。
そこに立っていたのは、看板受付嬢のシエルちゃんと、どこかで見覚えのある探索者の少女だった。
シエルちゃんはいいとして、もう一人は誰だったかしら。
私はカウンターに軽く身を乗り出し、記憶の糸を辿るように少女の顔をじっと見つめた。
「あの、こんにちは。確か前回は名乗りもしなかったですよね、ごめんなさい。私はリネットです。迷宮第一階層ではお世話になりました」
ああ、思い出したわ。あの「通せんぼ石像」の時にいた子だわ。
確か、ベリルちゃんの友達だったはず。
私はリネットの後ろに、今はいないはずのベリルちゃんの熱烈な視線を幻視した気がして、わずかに眉をひそめた。
よく考えれば、あの事件をきっかけにベリルちゃんが私の狂信者に変貌してしまったのよね……。一体何を吹き込めばこうなるのかしら。
私はそう考えると、この子に対して複雑な気分になるのは致し方ないことのように思う。
「あー、こんにちは。ベリルちゃんから話は聞いているわ」
私は、ひとまずそう返した。
「え? ベリーですか? ……あの、私のこと、何か言ってました?」
「ええ。おかげさまで伯爵三姉妹、特にベリルちゃんとは、それはもう……深く仲良くなれたわよ」
私が遠い目をしながら言葉を返すと、リネットは理解が追いつかないといった様子で、軽く首をかしげた。
「?? はぁ……。よく分かりませんけど、それなら良かったです」
あの時の恩人が、まさか狂信的なファンに変貌して私に天使の格好をさせた張本人だなんて、彼女は夢にも思っていないのでしょうね。
そして、その横でニコニコしているシエルちゃん。私にあのクソ暑いペンギンの着ぐるみを着せた元凶が、どの面下げて「やっぱりいるじゃないですかー」なんて言っているのかしら。
私は空腹のせいで少しだけ尖った視線を二人に向け、本題を促した。
「ええっと、それで? 今日は二人揃って何の用かしら」
「ああ、そうですそうです」
シエルちゃんが思い出したように会話に入ってきた。
「実はさっき街中でクシナさんを見かけたって、リネットさんが言っていたんですよね」
それにリネットが答える。
「はい、後ろ姿だけだったんですけど。でも、やっぱり勘違いだったみたいで、本当によく似た人だったものですから」
まあ、私に似ている人くらい世界にはいるでしょう。ましてや後ろ姿だけならなおさらだわ。
「世界には自分とそっくりな人が三人はいるっていうし、似ている人がいてもおかしくないわね」
後ろ姿だけでも私に間違われるということは、その人は恐らく、とびっきりの美少女に違いないわ。
私は心の中でそう確信した。
リネットが私のことをじろじろと、何か言いたそうに見つめていた。
「そんなに見て、どうしたのよ?」
「いえ、クシナさんもそういう格好をするんですね。雑貨屋以外でもたまに街で見かけることがあって、いつもローブ姿だったので……」
リネットは私の猫耳パーカー姿を見て、少し意外そうにそう答えた。
「まあ、……色々あったのよ」
私が過去六日間の惨劇を思い出し、どこか遠くを見るように答えると、事情を知っているシエルちゃんも深く同情するように、うんうんと頭を振っていた。
「おかしいかしら?」
私は椅子から立ち上がり、軽くその場で一回りしてリネットに聞いた。
「いえ、めっちゃ似合ってます! クシナさんも、もっと色んな格好をしたらいいですよ。どんな服でも、絶対に似合いそうですし」
リネットは屈託のない笑顔で、そう答えてくれた。
「そうですよねー。ペンギンとか、すごく良かったですよね!」
隣でシエルちゃんが、また意味不明なことを言っている。
というかシエルちゃん、その口を動かす暇があるなら、あのペンギンの着ぐるみをいい加減に持ち帰ってくれないかしら。
私は、部屋の隅で無残に転がっているあの巨大な塊を、恨めしげに一瞥した。
そんなことを思っていたら、勢いよく鐘が鳴り、扉が開いた。
飛び込んできたのは司祭ちゃんだ。
「大変です! クシナさん!! クシナさんを街で見かけました!」
……。
??
司祭ちゃん、何を言っているのかしら?
私の聞き間違いだろうか。あまりの言葉に、私は自分の耳を疑い、もう一度聞き返してみることにした。
「ごめんね、司祭ちゃん。もう一度言ってくれる? 私の耳がおかしいみたいだから」
「ですからクシナさん! 街に、クシナさんがいたんです!!」
え? 聞き間違いじゃない?
私は呆然としたまま、首をゆっくりと巡らせてシエルちゃんとリネットの方を見た。
二人は私と視線を合わせ、「大丈夫です! 私たちも同じように聞こえましたから」という表情を浮かべていた。
え? 本当にどういうこと??




