48 クシナちゃん招待される4
アニマちゃんと地上へと戻る道すがら、私はひたすら彼女の小言を聞かされることになった。
「ちょっと、なんでクシナっちそこを歩くのさ! 罠があるの丸わかりでしょ!」
アニマちゃんは私の腕をぐいっと引っ張り、危うい足元から強引に遠ざける。
「ほらそこ、地面の色が違う! なんでわざわざ踏もうとするのさ!」
「もう、なんで急に壁によりかかるのさ! そして、なんでそんなあからさまなスイッチを押そうとするのさ!」
慌てて私の手を軽くはたきながら、アニマちゃんは顔を真っ赤にして叫んだ。私は耳を塞ぎたい気持ちを抑えて溜め息をつき、言われるがままにトボトボと歩みを進める。
まったく、うるさいったらないわね。やっぱり慣れない迷宮なんて、もうこりごりだわ。
もっとも、今回だって好き好んで迷宮に来たわけではないし。それに、あのステランとかいう生き物の話が本当なら、迷宮は維持のために呪物を回収していることになる。 このローブや丸呑みちゃんを身に着けている限り、またいつ迷宮にさらわれるか分かったものではない。早急に、何かしらの対策を考えなくては……。
私は自分のローブの感触を確かめるように指先で触れ、考え込んだ。
「ちょっと、クシナっち、聞いてるの?」
アニマちゃんが足を止め、私の顔をじっと覗き込んできた。
「ええ、聞いてる、聞いてるわ」
私は視線を泳がせながら、上の空で返事をする。
「絶対聞いてないじゃん!」
アニマちゃんは頬を膨らませて、不満げに私の顔の前でひらひらと手を振った。
ようやく、懐かしい地上の光の中へと戻ってきた。
まぶしい日差しに目を細めながらあたりを見渡すと、そこには司祭ちゃんや受付嬢のシエルちゃん、そしてなぜか大勢の探索者たちが集まっていた。
「けっ、結局見つけたのはアニマかよ。あーあ、あの伯爵の美人姉妹から直接、感謝状を渡してもらえるって聞いたから頑張ったのに。これじゃあ探し損だぜ」
一人の探索者が、不満げに肩をすくめてそう吐き捨てた。
「無事に見つかったんだから、いいじゃない。一応、少ないけど謝礼は出るって話だしね」
隣の探索者がなだめるようにそう返し、男は「まあ、そうなんだけどさ」と力なくうなずく。
探索者たちはそんな話をしながら、ぞろぞろとその場を去っていった。 どうやら私の知らないところで、外はずいぶん大騒ぎになっていたみたいだ。
「「クシナさん!」」
重なり合う二つの声が響き、司祭ちゃんと看板娘のシエルちゃんがこちらへ駆け寄ってきた。
「心配をかけたわね」
私が少し気恥ずかしそうに声をかけると、二人は間髪入れずに言葉を返してきた。
「本当にそうですよ!」 「はい、本当に、本当に心配したんですから!」
伯爵の三姉妹やギルドの面々、さらに多くの探索者まで巻き込んで、ずいぶん大規模な捜索が行われていたらしい。事の大きさを聞き、さすがの私も申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「さあ、まずはマーガレットさんたちに報告しましょう。みなさん、お屋敷で待っていますから」
シエルちゃんが私の顔を覗き込むようにして、先を促した。
「ええ、そうね。まずは顔を見せないと」
私は一度深くうなずき、アニマちゃんたちと一緒に、待たせている人たちがいる伯爵邸へと向かった。
伯爵邸に到着した私達を、いつもの顔ぶれであるメイドさんや執事たちが、どこかホッとしたような様子で迎えてくれた。 そのまま案内されたのは、重厚な家具が並ぶ応接室。私はふかふかのソファに深く腰を下ろし、ようやく一息ついた。
「無事でよかったわ、クシナさん」
マーガレットが私の手を取り、安堵のため息をつきながらそう話した。
「ですから私は言いました。クシナ様は、必ず生きておられると」
ベリルちゃんも、胸をなでおろすようにして柔らかく微笑む。
「ま、よかったですわ。お騒がせでしたけれど、結果オーライですわね」 ドリルちゃんも、相変わらずの調子で、けれど少しだけ瞳を潤ませてそう言った。
「本当に、心配をかけてごめんなさいね」
私は三人の顔を順番に見つめ、申し訳なさそうに頭を下げた。
……とはいえ。 正直なところ、私は一ミリも悪くないと思っている。ただ普通に寝ていただけなのに、勝手に迷宮のに選ばれて拉致されたのだ。これ以上ないほどの被害者と言っても差し支えないはずだ。
「それで、一体どういった経緯でこうなったのかしら?」
マーガレットさんに身を乗り出して尋ねられ、私は記憶を整理しながら語り始めた。
呪物が無造作に積み上げられた、保管庫のような奇妙な空間に転移したこと。そこで「ステラン」と名乗る謎の生き物に遭遇し、迷宮の維持について不可解な話を聞いたこと。そして、気づけば洞窟のような場所でアニマちゃんに救出されていたこと……。
私は温かいお茶で喉を潤しながら、体験した出来事を順を追って説明した。
応接室に沈黙が流れる。
「うーん、そのステランとかいう謎の生き物、そんなの見たことも聞いたこともないよ。それに、床が大理石みたいに人工的な造りになっている場所なんて……。少なくとも、私が到達した十三階層までには存在しないよ」
アニマちゃんは腕を組み、不思議そうに首をかしげた。
そうなのね。つまり、私が飛ばされた場所は、凄腕の探索者である彼女ですら知らない迷宮のさらに奥深くということになるのかしら。
(……待って。ってことは、もしかして私が現在のレコードホルダー!?)
ふと、この前あまりにも可哀そうな店の名前『包丁とんとんとん~料理超たのしいな。あはは~』
に改名されたことを思い出す。
確か、喫茶店の店主が「迷宮の最深部に到達した探索者に、この店の命名権を譲る」なんて豪語していたはずだ。 もし私が、誰よりも深い場所にいたのだとしたら。
(あの店の名前、私が決めていいのかしら……。『クシナ雑貨屋二号店』とか……いいじゃない)
もはやカフェですらない名前に決めようと、そんな私がそんな不謹慎極まりない野望を抱き、にやけそうになる口元を必死に抑えていると、マーガレットさんが真剣な面持ちで口を開いた。
「迷宮が消滅!? それはただ事ではないわね。もし本当にそんなことが起これば、我が伯爵家にとっても、この都市にとっても一大事よ」
マーガレットさんが眉間にしわを寄せ、深刻な声を出す。
「人々の欲や願いが減ったから呪物を回収して迷宮を維持している……なんて、どう受け止めていいのか分かりませんわ。確かに、今の迷宮都市ファンタズムはかつてないほど栄えていて、不自由はなくなっていますけれど」
ドリルちゃんも髪を揺らしながら、困惑した様子で口を挟んだ。
私たちがそんな緊迫した会話を交わしていた、その時だった。 突如として、私の体に――正確には、身に着けていた呪物や丸呑みちゃんごと――強烈な光がまとわりついた。
(……ちょっと、また!? デジャヴにしては早すぎるわよ!)
「クシナっち!」 「クシナさん!」
咄嗟にアニマちゃんと司祭ちゃんが手を伸ばしてきた。私も必死に二人の手を掴む。 三人の手が固く結ばれた、次の瞬間。
「きゃあぁぁぁ!」
私たちは抵抗する間もなく光の渦に飲み込まれ、応接室からその姿を消してしまった。




