47 クシナちゃん招待される3
謎の生き物、ステランは淡々と語り始めた。
「アナタ方人間が、願わなくなったからデスヨ。豊かになったのか、危険が減ったのかはワカリマセンガ、昔に比べると人間の欲そのものが減ったンデス。そして、その願いや欲望こそが迷宮を維持シマス。呪物は、たんなるその過程で生み出される副産物でしかアリマセン」
ステランは壁の隙間を細い指先でいじりながら、さらに言葉を続ける。
「デスカラ、副産物である呪物から迷宮を維持スルためのエネルギーを吸い出すために、回収されたのデス。モットモ、回収したのはワタシではアリマセンカラ、そこらへんの詳しいことは知らないデスヨ」
彼は興味がなさそうに首を振ると、また元の作業に戻ろうとした。
まだまだ聞きたいことはたくさんあるけれど、まずは一番気になることをぶつけてみた。
「迷宮が維持できなくなったら、どうなるの?」
私の問いに、ステランは面倒そうに鼻を鳴らして答えた。
「そんなの簡単デスヨ。迷宮が崩壊して消滅シマスヨ」
さらりと言われた言葉の重さに、私は思わず息を止めた。
ここ迷宮都市ファンタズムは、主に迷宮から得られる資源をあてにして成り立っている都市だ。もし迷宮が消滅してしまえば、生活の基盤は失われ、都市機能が完全に麻痺してしまう可能性が高い。
それはつまり、私が雑貨屋を営みながら、たまにみんなと遊びに行ったり、たまに美味しいものを食べたりして過ごす……そんな平和なスローライフが、根底から崩れてしまうということだ。
(ちょっと、冗談じゃないわよ……!)
「そもそも、あなたは……」
私が言いかけたとき、ステランはぴしゃりと私の言葉を遮った。
「これ以上、邪魔をしないでくだサイ。ワタシは忙しいのデス」
そう言って、謎の生き物ステランは細い腕をすっと天に掲げた。まるで、この場の空気に命じるような、奇妙で力強い動きだった。
「退去を命じマス」
抗う間もなく、私の足元からまばゆい光が溢れ出す。視界が真っ白に染まっていく中、私は自分の体がどこか遠くへ引き剥がされるような感覚に襲われた。
私が消え去った静かな通路で、ステランは再び壁へと向き直り、独り言を漏らした。
「ソレニシテモ、おかしいデスね。呪物のみを回収シテイタト聞いてたはずナノデスガ……」
謎の生き物は、不思議そうに壁の質感を確かめながら、ひっそりとそうつぶやいていた。
謎の生物に退去を命じられた私は、ふわふわとした浮遊感を覚えた。次の瞬間、先ほどとは打って変わって、地面が土のようになった洞窟のような場所に放り出されていた。
私はローブについた土をパッパとはたきながら、誰もいない暗がりに向かって思わず叫んだ。
「……どうせ転移させるなら、地上にしなさいよ!」
私の叫び声が洞窟内に響き渡る。すると間髪入れずに、聞き慣れた声が返ってきた。
「え? クシナっち!?」
暗がりの奥から、アニマちゃんがこちらへ猛スピードで走ってくるのが見えた。彼女は今にも泣き出しそうな顔をして、そのままの勢いで私に突っ込むと、全力で抱きついてきた。
「え、ちょっと……!」
「うえーん、よかったよぉ、クシナっち! どこいってたのさ、急にいなくなって、本当に心配したんだから……!」
アニマちゃんは私の胸に顔をうずめたまま、しゃくり上げるようにまくしたてた。抱きついてくる力は思いのほか強く、私は少しだけよろけてしまう。
「ちょ、ちょっと、分かったから。落ち着いて、ね? とりあえず離れて。アニマちゃんも多少は耐性があるかもしれないけど、これ、呪いのローブだからね」
私はアニマちゃんの肩をそっと掴むと、そのままゆっくりと押し返して距離をとった。
「……ひっく……ふえっ……ひっく……」
離れたあとも、アニマちゃんは自分の袖で何度も涙を拭いながら、小さな肩を揺らして泣き続けていた。
「ごめんね。心配をかけたみたいで。ほら、私はこの通り、どこも怪我なんてしてないから大丈夫だからね」
私はアニマちゃんにそう声をかける
「ま、まあ、ここはまだ迷宮の中だしね。詳しい話は、ここを出てからね。ね?」
私が続けてそう言うと、アニマちゃんはまだ少し震える手で涙を拭い、力強くうなずいた。私たちは肩を並べて歩き出し、もと来た迷宮の道を戻り始めた。
「クシナっちがお腹を空かせてると思って、食料も持ってきたんだよ!」
アニマちゃんは、ぱんぱんに膨らんだ背負い袋を叩きながら胸を張った。
「そ、そうね……」
丸呑みちゃんの中には、まだまだ食料がたくさん入っているなんて、今は言わないほうがいいわね。
「喉も乾いてると思って、重かったけど水も持ってきたんだよ!」
「あ、ありがとうね」
さっき思いきり水を飲んだばかりだけど、これも黙っておいたほうがいいわね。
「私だけじゃなくて、シエスタさんも、シエルさんも、マーガレットさんも、ベリルさんも、コーデリアさんも……。みんな、みんな心配したんだよ!」
「そ、そう……。ありがとね。あとでみんなに謝らないといけないわね」
並んで歩きながら次々と溢れ出すアニマちゃんの言葉に、私はすっかりたじたじだった。




