38 え?私浮いてる?
今日はついに、伯爵家へ泊まりに行く日だ。
贅を尽くした高級料理に、宝石のようなお菓子。そして泳げそうなほど広い浴場と、最高級のふかふかしたベッドが私を待っている。
……もっとも、ベッドのサイズに関しては私の特注品の方が絶対勝っているけれど、それはそれだ。
楽しみで、思わず足取りが軽くなる。
「さて、集合場所に向かいましょう」
私は雑貨屋の戸締まりを厳重に行うと、満足げに一度だけ店を振り返り、待ち合わせ場所へと出発した。
集合場所へと向かいながら、私は少しばかり考え事をしていた。
個別に調整するのは面倒だし、みんな一緒の方が楽しいだろうと安易に考えていたのだが……。
司祭ちゃんにアニマちゃん、そして看板受付嬢のシエルちゃん。
今更ながら、この三人の間で仲悪かったりしなかっただろうか、衝突が起きたりはしないだろうか、という不安が頭をよぎる。
「まあ、なんとかなるわよね」
私は小さく独り言を漏らし、無理やり考えを放棄した。
やがて集合場所に到着した。ここから伯爵邸までは、馬車での送迎が手配されているはずだ。
「クシナさーん!」
大きく手を振りながら挨拶をしてくれたのは、司祭ちゃんだった。
「あら、集合時間にはまだ早いはずだけど、待たせちゃったかしら?」
私は歩み寄りながら、再会時の定番ともいえる挨拶を投げかけた。
「いいえ、私も今来たところですから」
司祭ちゃんもまた、お手本のようなお決まりの返答を返してくれる。
真面目な彼女のことだ。たとえ三十分前からここで待っていたとしても、私を気遣って今来たと言うに違いない。そんなことを考えながら、私は彼女の正面に立つ。
それにしても、今日の司祭ちゃんは普段の修道服とは違い、上品なロングワンピースをまとっていた。
色は彼女のイメージ通り、落ち着いた紺色だ。長い髪も普段のようにただ垂らすのではなく、目立ちにくい髪留めでハーフアップにまとめられている。
いつもの教会の司祭としての雰囲気は残しつつも、お出かけ仕様になった彼女の姿は、どこか新鮮で可愛らしかった。
私が司祭ちゃんの装いを眺めていると、聞き慣れた声が届いた。
「すみませーん、遅れました?」
次に姿を現したのは、看板受付嬢のシエルだった。
「いいえ、まだ集合時間じゃないわよ。私たちが早く着いただけ」
私は司祭ちゃんの時のようなお決まりの挨拶はしなかった。
シエルちゃんは、普段のカジュアルな服装とは対照的に、足元まで隠れそうなオレンジ色のロングドレスを着ていた。
肩には金色のショールを羽織っている。髪型も普段以上に内巻きに巻かれ、念入りにセットされている様子だった。
「おっまたせー!」
最後に来たのは、予想通りアニマちゃんだった。
「待ちくたびれたわよ」
私はアニマちゃんに向かって言い放った。司祭ちゃんに言ったような気遣いや、お決まりの挨拶なんてしてやるつもりはなかった。
「ええー?! まだぎりぎり時間内だよね?」
「ええ、そうね」
私は軽く笑いながらそう答えた。
だが、私は内心驚いていた。あのアニマちゃんが、いつものようなスポーティな格好ではなかったからだ。
上品そうな素材の白いブラウスに、ダークグリーンのロングスカートをはいている。足元はハイヒールだし。
髪型も普段とは違うポニーテール、しかも低めの位置で結んでいるローポニーだった。
え? 私だけ普段のローブなんだけど。 周りの三人があまりにきれいに着飾っているせいで、私の見慣れた仕事着というか普段着が妙に浮いて見える。
ま、まあ。私は美少女だしね。問題ないわよね。 服は顔を引き立てるための飾りに過ぎない。素材さえよければ、着るものなんて関係ないはずだしね。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ私は動揺していた。
そう思っていたら、迎えの馬車が到着した。
石畳を鳴らしてやってきたのは、一目で高級だと分かる見事な馬車だった。
そして御者台から執事さんが降りてきて、私たちのために丁寧に扉を開けてくれた。
私たち四人は馬車に連れられ、伯爵邸へと運ばれた。
揺れる車内、司祭ちゃん、アニマちゃん、シエルちゃんの三人がこれからの時間に期待を膨らませる中、私はあえて深く座席に腰を下ろし、優雅に外の景色を眺めることにした。内心のざわつきを悟られず、常に堂々としていることこそが私の美学なのだから。
「それにしてもクシナさん、なんだか少し損をした気分です。あのとき、金貨をもらうんでした」
隣に座るシエルちゃんが、少しだけ不満そうにそう言った。
「え? なになに? なんかあったの?」
その言葉に、アニマちゃんも興味津々といった様子で会話に入ってくる。
「クシナさん、何かいじわるでもしたんですか?」
さらに司祭ちゃんまで追求に加わってきた。
「え? なんか私悪いことしたかしら?」
私は思わず聞き返した。なぜか攻撃の矛先がこちらに向いていそうなそんな感じがあるけれど、自分ではまったく思い当たることがないのだ。
「いえ、別にいいですよー」
シエルちゃんはどこか含みのある笑みを浮かべてそう答えた。
「ほら? クシナっちはがさつだからさー」
私の性格をよく知るアニマちゃんが、追い打ちをかけるように援護する。
「そうですね、クシナさんはこうですから」
さらに司祭ちゃんまでもが、穏やかな顔で頷きながら援護に加わってきた。
「居心地悪いわねー」
私は肩をすくめてそう言い放った。だが、不思議と嫌な気はしなかった。自然と笑みがこぼれ、内心では楽しいなあとそんな気持ちを抱きながら、私たちを乗せた馬車は伯爵邸へと向かった。




