36 鑑定の神髄を見せてあげる
私は新たな決意を固めた。
いいだろう、よし、やってやろうじゃないか。
あれだけアニマちゃんにこけにされては、美少女の名が廃るというものだ。
ゴゴゴゴゴ――ガガガガガ――!!
クシナ雑貨店では、依然として凄まじい音を立てて拡張工事が行われている。
本来、鑑定士とは迷宮の出土品だけでなく、市場に出回る武器や防具、さらには家具や装飾品に至るまで、あらゆる品を目利きできる者の総称だ。 得意分野によって「武器専門」や「宝石専門」を名乗ることもできるが、最低限、全般的な知識を持って試験に合格しなければ、公に鑑定士を名乗ることは許されない。
ジジジジ――ガガガガ――!!
「こんにちは」
工事の音が激しく、扉が開いた音には全く気が付かなかった。
「あら、こんにちは。司祭ちゃんじゃない」
現れた司祭ちゃんは、いつもの修道服姿だった。だが、その髪型は以前とは違い、耳のあたりで切りそろえられたショートカットに変わっている。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「色々とご迷惑をおかけしました。また教会で普段通りに働き始めましたので、呪物の件ではまたお世話になるかもしれません」
「別にいいわよ。もちろん、その時は有料になるけどね」
私はいつものように、商売人としてのスタンスを崩さずに答えた。
ダダダダダ――ドンドンダンダン―――!!
会話を断ち切るように、凄まじい音が店内に響き渡る。
「それにしても、随分と賑やかですね」
この不快な騒音を賑やかと表現するとは、なかなか良い性格をしている。今度から私も、都合の悪い爆音はそう呼ぶことにしようかしら。
「ただうるさいだけよ。今、拡張工事をしているからね」
私は耳を塞ぎたくなるのを堪えて答えた。
「あと、これありがとうございました」
司祭ちゃんは手元から皿を数枚差し出した。
私はカウンターの中に座っていたため、差し出された彼女の手元が隠れてよく見えなかったが、どうやらこの前アニマちゃんが料理を振る舞った時の皿のようだった。
「よく食べきれたわね?」
「いえいえ、流石に無理だったので近所の方にも分けましたよ。凄く評判が良かったです。アニマさん、料理の才能があるんですね」
司祭ちゃんは穏やかに笑って答えた。
あれだけ呪いの効果で強制的に料理を作らされていたのだ。嫌でも腕は上がるだろう。
「……そうね」
私は短くそう答えた。
キュイイイイイン――ドドドド――――!!
相変わらず、耳を劈くような「賑やかな」音が店内に鳴り響いている。 それにしても、アニマの話題が出たせいで、彼女に「バカ」呼ばわりされた記憶がふつふつと蘇ってきた。よし、ここらで鑑定士としての本領を発揮してやろうじゃないか。
私は唐突に思い立ち、まずは目の前の司祭ちゃんをじっくりと観察することにした。
「え? な、なんですか……?」
私の視線に射抜かれ、司祭ちゃんは怯えたように身を縮める。
私は無言でカウンターから出ると、彼女の元へと詰め寄った。そして、司祭ちゃんに触れようと手を伸ばす。
「いいからいいから。悪いようにはしないわ」
自分のローブに彼女が触れないよう細心の注意を払いながら、私は司祭ちゃんの肩をさわさわと撫で回した。
「クシナさん、なんだか怖いです……」
司祭ちゃんの震え声など気にも留めず、私は指先の感覚に全神経を集中させる。
うーん、この確かな弾力、そしてこの肌触り。さらには、吸い付くようなこの感触。 私は全神経を指先に集中させ、勝利を確信して告げた。
「司祭ちゃん、あなたの修道服の素材はウールね。しかもこれ、かなりの上等な羊毛だわ」
ガガガガガ――ドドドド――!!
私の宣言に、司祭は心底申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「ええと……シルクと聖布の混紡です……。ごめんなさい」
「……。まあ、天才にも調子が悪い時くらいあるものね」
私は平静を装って手を離したが、内心では激しく動揺していた。アニマの「バカ」という言葉が呪いのように脳裏をよぎる。 それにしても、この司祭ちゃん。改めて至近距離で見ると、やけに胸が大きい。司祭ちゃんのくせに、この若さでこれほどの実力?を備えているとは。なんだか無性に腹が立ってきた。 この、この……。ちょっと揉んで分からせてやろうか。
「ちょ、ちょっとクシナさん!? どこ触ってるんですか! 怒りますよ!!」
どうやら、心の中で思っただけのつもりが、手が勝手に動いていたらしい。
「司祭ちゃんのくせに、そんなに大きいのが悪いのよ!」
「なんですか、それ……っ! 理不尽すぎます!」
言い争う私たちの背後で、ふと人の気配がした。 扉の方へ視線を向けると、そこには看板受付嬢のシエルが、信じられないものを見たという顔で固まっていた。
「あ、あの……お取り込み中だったようで、申し訳ありません。失礼しますね……!」
シエルは顔を真っ赤にしながら、凄まじい速度で方向転換し、逃げるように帰っていった。
「」
「」
騒がしい工事の音のせいで、彼女が入ってきたことに全く気づかなかった。
「なんか、変な誤解をされちゃったようね」
私が他人事のように呟くと、司祭は顔を赤くして鋭く言い返してきた。
「一体、誰のせいだと思っているんですか。もう……!」
彼女の抗議はぐうの音も出ないほど正論だった。
どうやら、真っ当な「鑑定士」への道は、想像以上に険しく遠いらしい。
素材の鑑定一つとっても、私の直感は呪物以外には全く機能してくれなかった。
それからしばらくの間、なぜか看板受付嬢ことシエルの態度は、驚くほどよそよそしいものになったのだった。




