35 知性溢れる才女クシナちゃん
クシナ雑貨店。 扉が開き、カランという鈴の音と共に誰かが入ってきた。
「やっほー。クシ――」
ガガガガガ――ゴゴゴゴゴ――!!
店内に、腹に響くような地響きと、金属を無理やり削り取るような不快な音が爆音で鳴り響いた。お世辞にも耳に優しいとは言えない、聞いているだけで神経が逆撫でされる音だ。
「あら、久しぶりね」
私は、いつも通りの明るい調子で入ってきた呪物マニアのアニマへ、平然と声をかけた。
「いやぁ、実はついに――」
ゴゴゴゴ――ギギギギギギ――!!
さらに音量が上がり、会話を無慈悲に掻き消す。
「なんなのさ、この音、うっさい!!」
ついに耐えかねたアニマが、喉が裂けんばかりの大声で絶叫した。
あまりの騒音に耐えかね、場所を変えて近くのカフェで話し合うことにした。
「んで? あのうるさくて不快な音はなんなのさ」
向かい合わせに座ったアニマが、不機嫌そうに問い詰めてくる。私は運ばれてきたコーヒーを一口飲み、至極冷静に答えた。
「私考えたのよ。ベッドが大きくて入らないなら、店の方を大きくすればいいじゃないって」
「は? ……いや、だから何の話をしてるのさ!?」
話の前提が一切見えないアニマは、困惑を通り越して絶望的な顔をしていた。
私はカフェの喧騒の中で、アニマに事の経緯を詳しく話した。
「なるほどね。クシナっち、それただのバカじゃん」
「は?」
よりによって、この美少女に向かってバカと言い放ったのか。他ならぬ呪物マニアの口からそんな言葉を聞くことになろうとは、到底納得できるものではなかった。
「あ、それよりさ! クシナっち、私ついにレコードホルダーになったんだよ。迷宮十二階層到達、一番乗り!」
アニマはそれまでの話を放り出し、身を乗り出して嬉しそうに語り始めた。
「私バカだから、何言ってるか分からないわ」
私はコーヒーカップを置き、冷ややかな視線を向けて突き放した。
「もぉー、拗ねないでよ。……ごめんって、言いすぎたから!」
私の露骨な反応に、アニマは慌てて両手を合わせ、必死に機嫌を取り始めてきた。
まぁいいわ、私は優しい美少女なのだから、これくらいで怒ったりはしないもの。
「ああ、一番乗りの件ね。知っているわよ。私の情報収集能力を侮らないでほしいわ」
私は澄ました顔でコーヒーを啜った。あの店の看板を見ていたから、知っていて当然でしょ。
「え? なんで? どうして引きこもりのクシナっちがそんなこと知ってるのさ?」
アニマが素っ頓狂な声を上げた。 この子はまた、さらっと失礼なことを言ってくる。 最近、シエルもそうだが、私に対して遠慮がなくなってきている気がするわ。
「可哀そうよね……。喫茶店の店主さん、あんなセンスのない看板にされてしまって」
私はわざとらしく悲しそうな表情を作って言った。もちろん、ただの演技だ。
「勢いでついね。でもあの店主さん、探索者に戻るためにリハビリ中みたいなんだよ。私のおかげだね、結果オーライ!」
アニマは悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに胸を張った。 本当にこの子は……。呆れかけたが、そこでふと嫌な予感が頭をよぎった。
店主が探索者への復帰を目指してリハビリ中ということは、あの喫茶店が閉まっている時間が増えるのではないか。 常連というほど通い詰めているわけではないが、近所の憩いのスポットが減ってしまうのは困る。
何かいい方法がないかと思案していると、アニマが怪訝そうにこちらを覗き込んできた。
「それにしても、店の拡張って具体的に何やってんのさ」
私はアニマにさらりと答えた。
「え? ああ、別にそんな難しいことじゃないわよ。隣の空き家と土地を買い取って、解体してからうちの店と繋げようと思って。だいぶお金は積んだから、一ヶ月くらいでできるそうよ」
さらりと答える私を、アニマはジト目でじっと見つめてくる。
「ふーん。よくそんなお金持ってたね?」
「そうね、伯爵から報酬をもらったのよ」
私がそう言った瞬間、アニマの顔色が変わった。
「私! あんだけ活躍して! 何の報酬も! もらってないんですけど!!」
アニマは今にもテーブルを叩きそうな勢いで食いついてきた。
「そ、そうだったかしら……」
私は視線を泳がせながら、コーヒーを口に含んで誤魔化した。
「わかったわ。この前の借金、これでチャラってことでどう?」
「うーん、なんか納得いかないけど……まあ、それでいいや」
アニマはとりあえず了承した。 まあ、あの時のようなバカな真似はもうしでかさないだろうが、念のため釘を刺しておくことにした。
「アニマちゃん、この前みたいなことはしないでよ。本当に面倒なんだから」
「分かってるって。もしやるなら、次はクシナっちに相談してからにするから」
アニマはそう答えた。
こいつ本当に反省しているんだろうか……。まあいいや。
「それにしても、今回は呪物の鑑定に来たわけじゃないのね?」
ふと思い立ち、私はそう尋ねてみた。
「うん。最近、あんまり呪物が出ない気がするんだよね。なんでだろう?」
呪物が出回らないのは良いことだし、そういう波がある時期なのだろう。
……波ってなんだ?とは思うけれども。
「気のせいじゃない? それに、平和なのは良いことでしょう」
私が言うと、アニマはつまらなそうに手元のカップをいじった。
「まー、そうなんだけど。つまんないっていうかさ」
アニマがふと思い出したように聞いてきた。
「そういうクシナっちこそ、最近鑑定してないんじゃない?」
「そうね。店ではしていないわ。迷宮が閉鎖されていたこともあるし、今は店が工事中だから」
私はコーヒーを飲みながら答えた。すると、アニマが首を傾げて疑問を口にする。
「前から疑問だったんだけどさ。なんでクシナっちは普通の鑑定ができないの? 普通の鑑定士だって呪物を見ることはできるじゃない。鑑定すると呪いの被害を受けるから、みんなやらないだけでさ」
「あなた、何も分かっていないわね」
私は呆れて、その無知なアニマに説明してやることにした。
「いい? 一般的な鑑定には膨大な知識が必要なのよ。これはどんな素材でできているか、経験則でどんな効果があるのか、とかね。でも、私の呪物鑑定はもっと感覚的なものなの。直感で分かってしまうから、知識の積み重ねが必要な普通の物を見ても、何も浮かんでこない。ただそれだけよ」
自慢げに、そして論理的に説明した美少女私。
…………。
…………。
「……クシナっち、やっぱバカなんじゃん」
はあ????




