31 聖遺物の正しい調理法 後
「どうせその臭い香りのする装置の周辺で、街の人々の生命力を吸収していたんでしょう? 装置さえ壊せば、これ以上の供給は止まる……。私の読み、当たってるかしら?」
私が冷ややかに指摘すると、ルキウスは一瞬だけ天を仰いだ。
「……本当に脱帽ですね。こうも見事に計画を崩されるとは。ですが、供給が止まったところで、たかが小娘二人に何ができるというのでしょう」
ルキウスが冷酷な命令を下そうとした、その時だった。 教会の周囲から、地響きのような足音が迫り、十人ほどの影がなだれ込んできた。
「おい、ふざけんじゃねえぞクソ眼鏡!」 「あたしたちを電池扱いしたこと、後悔させてやる!」 「聖代教の面汚しめ、ぶちのめしてやるです!」「ぶっころ!」
マニアちゃんが装置を破壊し、呪いの供給が絶たれたおかげで、眠らされていた探索者たちが次々と目を覚ましたのだ。怒り狂った彼らが、一斉に護衛騎士二人を取り押さえ、ルキウスを囲む。
私はその隙にマニアちゃんに手招きし、耳打ちをした。 「……お願い、あれを持ってきて」
「りょーかい! ちょっぱやで戻ってくるね!」
マニアちゃんは小気味よい返事とともに、爆風のような速さでこの場を離脱していった。
「……おかしいですね。生命力をだいぶ奪ったはずなのですが、もう動けるようになるとは」
ルキウスは包囲されながらも、困った子供を見るような目で探索者たちを眺めた。
「いやはや、迷宮の力を本当に舐めていましたね。……確か、迷宮のモンスターを倒した探索者は、体内に取り込んだ魔素によって身体能力が向上する……でしたかね。なるほど、一般人ならまだ泥のように眠っているはずのところを、彼らはその底力で強引に覚醒してきたというわけですか」
それでもこの眼鏡は、余裕の笑みを崩さない。まるで、この状況さえもまだ「想定内」だと言いたげな、不気味な落ち着きを保っていた。
「クシナさん。あなたは、装置を破壊したと言いましたね」
眼鏡が、冷ややかな笑みを崩さずに問いかけてくる。
「ええ、そうね。街中に置かれていたあの臭い香りのする装置は、マニアちゃんがあらかた破壊して回ったはずよ。もう補給路は断たれたわ」
私は勝ち誇った顔で答えてやった。けれど、ルキウスはそれさえも楽しむかのように、さらに深く口角を上げた。
「そうですか。……ですが、私自身が身に纏っているこの『清浄華』については、いかがでしょうかね?」
「……なっ?!」
不吉な予感が背筋を走る。 不敵な笑みを浮かべた眼鏡司教が、その手に掲げた『真聖遺物』を高く掲げた。
「咲きなさい、清浄華」
刹那、真聖遺物から毒々しい光が溢れ出し、教会内の空気が一変した。 街中にあった装置など比較にならないほどの吸引力。収束していた呪いの線が、今度は触手のように周囲の探索者たちへと襲いかかる。
「が……はっ、力が……っ?!」 「くそっ、さっきよりも……きつい……ですわ……」「くっ……」
「ぶっ……ころ……」
威勢よく詰め寄っていた十人ほどの探索者たちが、次々とその場に膝をついた。魔素で強化された彼らの強靭な肉体から、みるみるうちに生命力が吸い上げられていく。 地面に手をつき、荒い呼吸を繰り返す彼らには、もはや立ち上がる気力さえ残されていないようだった。
「……っ、こいつ、自分自身を中継地点にしてやがったのね」
「これであなたも終わりですね、クシナさん。……ああ、一応教えておきましょう。あなたのそのローブが持つ何らかの効果も、私には一切通用しませんよ。何せ私の纏っている司教服は、あの騎士たちのものとは格が違う、正真正銘『最高位の聖布』なのですから」
ルキウスは勝ち誇ったように眼鏡のブリッジを押し上げ、冷酷な宣告を下した。けれど、私は動じない。むしろ、彼の言葉を噛みしめるように、静かに問いかけた。
「……ねえ、その『真聖遺物』って、要は街中の人から集めた生命力の塊……つまり、純粋な『生命力』そのものを素材にして構成されているのよね?」
私のあまりに場違いな確認に、ルキウスは心底呆れたように鼻で笑った。
「クシナさん、極限状態に陥って気でも狂いましたか? 今さら何を言い出すかと思えば……。そんなこと、先ほどから私が説明している通り、当たり前のことでしょう。それがこの結晶の強さの源なのですから」
「ふーん。当たり前、ね……。そう、ならいいのよ」
私は口角を不敵に上げた。絶望している人間の顔ではないことに気づいたのか、ルキウスの眉がピクリと動く。
「アニマちゃん、頼んだわよ!」
私の合図とともに、教会の空気が爆ぜた。
「りょーかい! こう見えて私、呪いにはちょっと自信があるんだよねー。その程度の吸収じゃ、私の足は止まらないよ!」
凄まじい速度で肉薄するアニマちゃん。手元でぎらりと光るのは、小ぶりな刃物――。 眼鏡が鼻で笑う暇さえ与えず、彼女は目にも留まらぬ連撃で、ルキウスが掲げる『真聖遺物』を文字通り「切り刻んで」いった。
「な……!? そんな包丁のような端くれで何ができるというのです! これは神の力を宿した結晶、そう簡単に破壊できるはずが――」
嘲笑を浮かべていたルキウスの顔が、一瞬で驚愕に凍りつく。 彼の目の前で、不可壊のはずの真聖遺物が、まるで熟れすぎた果実のように無残に細切れにされ、床へとこぼれ落ちていく。
「ば、馬鹿な……。私の、私の最高傑作が……!」
「『素材』だと聞いて安心したわ。……それね、素材や料理に関わるものなら、どんなものでも好き勝手に切り刻める『奇品』なのよ」
腰に手を当て、私は呆然と立ち尽くす眼鏡司教を見下ろしてやった。
「アンタが誇らしげに語るその真聖遺物も、所詮は『生命力』っていう生臭い素材の塊。この子の包丁にかかれば、ただの調理実習の材料に過ぎないの」
床に散らばった結晶の破片を一瞥し、私はさらに追い打ちをかける。
「あれだけ大層な講釈を垂れておいて、最後はキッチン用品にバラバラにされるなんて……最高に滑稽ね」
無惨に切り刻まれた『真聖遺物』は、もはやその形を保つことすらできず、まばゆい光とともに霧散していった。 それと同時に、結晶に無理やり閉じ込められていた膨大な生命力は、持ち主を捜し求めるかのように光の筋となって、街の人々や倒れていた探索者たちのもとへと還っていく。
教会の冷たい空気の中に、温かな光が満ちる。
「さて。これだけのことをしでかして、さらにこれだけの証人がいるのよ。何か言い残すことはあるかしら?」
私は、絶望に染まる眼鏡――ルキウスへと歩み寄った。 つい先ほどまで、この世の理を支配しているかのように振る舞っていた傲慢な男は、今や見る影もない。
「……」
ルキウスは何も答えることはなかった。 ただ、すべてを失った呆然とした表情で、うなだれるように地面に手をついた。その震える指先が、散らばった結晶の残骸に触れることもできず、ただ力なく空を切っていた。
生命力の呪縛から解き放たれ、自由になった数十人の探索者たちは、即座に手際よく動き出した。ある者は事の顛末を報告すべくオスマン伯爵邸へ走り、ある者はぐったりとうなだれるルキウスを幾重にも縛り上げ、それぞれの役割を分担して後始末に当たっている。
私はようやく一息つくと、隣に立つ最高の功労者へ視線を向けた。
「よくやったわ。さすがよ、アニマちゃん」
「でしょー! やっぱクシナっちは、私がいないとダメだね!」
私の素直な称賛に、アニマちゃんはこれ以上ないほどご機嫌な様子で胸を張る。けれど、ふと思いついたように、彼女は私の顔を覗き込んできた。
「それにしてもクシナっち。街を救うだなんて、クシナっちらしくないよね? 何か心境の変化でもあったの?」
その問いに、私は鼻で笑って即答してやった。
「そんなものあるわけないでしょ。……まあ、あの眼鏡が最高にムカついたのが一番の理由ね。それに、このまま街が無くなったら私の雑貨屋も閉店になっちゃうじゃない」
私は少しだけ声を潜め、計算高い笑みを浮かべて続ける。
「おまけに、今回はあの伯爵様だけでなく、彼が溺愛しているお嬢様方まで救ったのよ。これだけの『貸し』を作ったんだから、報酬が金貨で済むはずがないわね。……そうね、白金貨でも請求してやろうかしら」
「あはは! なんだー、いつものクシナっちじゃん! ちょっぴり心配して損しちゃった」
アニマちゃんは、呆れたように、けれどどこか安心したようにケラケラと笑った。
「あ、そうそうアニマちゃん。この後、精一杯頑張りなさいよ? 私、心から応援してるわ」
「……え? 何のこと? クシナっち、なんでそんなにニヤニヤしてるのさ」
私の唐突なエールに、アニマちゃんが露骨に不審な顔をして足を止める。私は彼女の持っている「包丁」を指差し、楽しそうに首を傾げてみせた。
「さっき、その包丁で何回あの真聖遺物を切り刻んだかしらね……」
「え? ……そりゃ、粉々にするまで刻みまくったけど。それがどうしたの?」
「私、前に説明したわよね。その奇品、使ったら刻んだ回数分だけ『料理』をしないと、持ち主にえげつない不幸が降りかかるって」
「……え!?」
アニマちゃんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
私は追い打ちをかけるように、指を折り曲げてカウントし始めた。
「さっきの連撃、ざっと見て百回は刻んだわよね。……おめでとう、今日からしばらくは厨房に引きこもりね」
「げっ!? ひっ、ひどいよクシナっち!! なんで今言うのさー!」
「あはは、大丈夫よ。悪友のよしみで、出来上がった料理の味見くらいはしてあげるわ」
「全然大丈夫じゃないってば! 誰のせいでこんなに刻んだと思ってるのさー!」
半泣きで抗議するアニマちゃんを適当にあしらいながら、私は教会の外へと歩き出した。
「さあ、行きましょうか。まずは特大の請求書を伯爵に叩きつけて、それからアニマちゃんの『ノルマ』のために最高級の食材をたっぷり買い込みましょう!」
「もう! クシナっちの鬼! 悪魔! 守銭奴ー!」
背後で騒がしく叫ぶ相棒の声を背景に、私は軽やかな足取りで伯爵の館へと踏み出した。
第二章『聖遺物編』おしまい
このあと一話エピソードを挟んで第二章終了になります。




