30 聖遺物の正しい調理法 中
「さて……クシナさん。邪魔者も眠ったことですし、少し『真実』の続きを語りましょうか」
真実? さて、どの口がそれを言うのかしら。
「真実?」
「そうです、クシナさん。そもそも『聖遺物』とは一体何なのか、あなたは知っていますか?」
眼鏡が、教壇に立つ教師のような勿体ぶった口調で問いかけてくる。
「そんなの知らないわよ。興味もないわ。聖遺物で浄化を行うには、まず呪いの正体が分かってなきゃいけない……。私が知っているのはそれくらいよ。それ以上のことなんて、知る必要もないもの」
私はそう答えた。
「ふむ、そうですか。……まあ、この教会もそうですが、各地の分教会に置かれている**『紛い物』**の聖遺物なら、確かにそう(正体が分からなければ浄化できない)でしょうね」
「……紛い物?」
聞き捨てならない言葉ね。眼鏡はうっとりと呪結晶を眺めながら、禁忌の知識を披露するように語り出した。
「本来の聖遺物とは、かつて多くの信徒や司祭、そして聖女……それら膨大な命を犠牲にして産み落とされたものなのです。純粋な命の奔流から生まれた『真の聖遺物』は、たとえ呪いの正体を知らずとも、その理不尽な力で全てを浄化できる。それはかつて、歴代の王のみが所持を許された至宝でした」
ルキウスは皮肉っぽく唇を歪める。
「もちろん、こんな凄惨な真実、聖代教の教典には一行たりとも載っていませんがね。……そして各地にある聖遺物は、その真の聖遺物の欠片を切り取り、人工的に薄めて作り出された『模造品』に過ぎないのですよ」
その説明を聞きながら、私は目の前の禍々しい輝きと、街中から伸びる不快な糸くずを交互に見た。パズルのピースが、最悪な形で噛み合っていく。
「……それで? あなたはその『オリジナル』でも再現しようっていうわけ? 街中の人の命を勝手に『寄進』させて、自分専用の聖遺物でも作るつもりかしら。……言っておくけど、それだって結局は人工的な紛い物には変わりないわよ」
私は鼻で笑って、眼鏡の野望を真っ向から切り捨ててやった。
「この美学が理解できないとは……。ですがクシナさん、私はこれでもあなたを高く認めているのですよ。人々の生命力が渦巻き、普通の人間なら発狂しかねないこの強烈な『聖域』の中で、全く涼しげな顔で平然としているあなたをね」
ルキウスは心底惜しそうに肩をすくめると、背後の二人に顎をしゃくった。
「ほら、見てください。最高級の聖布を纏い、呪いへの耐性を極限まで高めたはずの私の護衛騎士でさえ、ただ立っているのが精一杯なのです。……それなのに、あなたは欠伸でもしそうな余裕ぶりだ。やはり、あなたは特別だ」
確かに言われてみれば、あの騎士たちは、鎧の下で膝をがたがたと震わせ、脂汗を流している。対照的に、私の体調はといえば……正直、この不快な香りのせいで気分が最悪なこと以外、特に変化はない。もっとも聖域というよりか、私に言わせると強い瘴気だと思うのだけれど。
「そこでもう一度、提案しましょう。私と共に、本山にある『大聖堂』へ行きませんか? この――そうですね、『真聖遺物』とでも呼びましょうか。これがあれば、国の王になることさえ容易い。富も、名声も、あらゆる望みも願いも思うがままですよ」
眼鏡は、まるで世界の半分を差し出す悪魔のような笑みを浮かべ、私に向かって優雅に手を差し伸べた。
「……ぷっ……あははははは! 面白いわね、新手のギャグかしら?」
私はお腹を抱えて、盛大に笑い飛ばしてやった。
「……何がおかしいのです」
心酔していた自分の計画を笑われ、眼鏡司教は見たこともないような不審極まりない顔でこちらを睨みつけてくる。
「いや、だってアンタの言ってること、めちゃくちゃに矛盾してるじゃない。アンタ今、自分の口でなんて言ったかしら? その護衛騎士が着ているのは『呪いへの耐性を極限まで高めた聖布』って言わなかった?」
私は笑い混じりの声を整え、冷ややかな視線で眼鏡を射抜いた。
「『聖域』だの『真聖遺物』だの御大層な名前を並べてるけど、結局アンタ自身、それが強烈な呪物だって認めてるじゃない。本当に聖なるものなら、そんな呪い除けの装備なんて必要ないはずでしょ?」
図星を突かれたのか、眼鏡の頬が微かに引きつる。私はさらに畳みかけた。
「あと、返答はもちろん『ノー』よ。こんな一貫性のない、口先だけの男が王なんて務まると思う? アンタがトップになったら、その瞬間に国が崩壊しそうだわ。そんな泥舟に乗るほど、私はお人好しじゃないの」
「……どうやら、どこまで行っても相容れないようですね。まあ、いいでしょう」 眼鏡司教は冷たく言い放ち、不敵な笑みを浮かべて言葉を継ごうとした。
「時間稼ぎ――」
「時間稼ぎなら、こちらこそありがとう」
司教が言い終わるより早く、私はその言葉を奪い取ってやった。
「なっ……?!」
余裕を崩さなかった眼鏡の顔が、初めて驚愕に歪む。
「私、これでもアンタのことは少しだけ認めているのよ。気分が良いからって、ペラペラと核心に触れるような情報を話すわけがないものね。アンタが私をこの場に留めようとしていたように、私もアンタをここに釘付けにする必要があったのよ」
私がニヤリと口角を上げると同時、背後から馴染みのある、そして最高に場違いなほど明るい声が響いた。
「クシナっち、お待たせー! 街中にあった変な匂いのする装置、全部ババババーンって破壊しといたよ!」
振り返らなくてもわかる。そこに立っているのは、大きな爆弾……もとい、最高の相棒マニアちゃんだった。




