28 私のファンがもう一人
話はトントン拍子に進み、私はあれよあれよという間に豪華な馬車に放り込まれ、ドナドナされて伯爵邸へと運ばれた。
案内役は、例のドリルちゃん付きのメイド、リズさんだ。彼女に連れられて通された部屋では、すでにお茶会が真っ最中だった。
「あら、クシナさんじゃありませんか。ごきげんよう。お話は伺っておりますわよ、さあ座って」
私に気づいたドリルちゃんが、有無を言わせぬ勢いで豪華なソファへと私を座らせる。 ……もう、こうなったらどうにでもなれって感じね。 まあ、私は別にコミュ障じゃないし、お嬢様の相手くらい楽勝よ。
リズさんが手際よく紅茶を淹れてくれる間、私はさりげなく周囲のメンツを確認する。 左にはドリルちゃん。正面には、あの式典で見かけたあの子。そして右側には、全く見覚えのない初めて見る顔が座っていた。
「どーも。ひょんなことからここに招かれちゃった美少女、クシナよ。一応、これでも雑貨屋を営んでいるわ」
適当に挨拶を済ませて、並んでいる美味しいものを食べてさっさと帰る。これが今日のベストな立ち回りね。
私の投げやりな挨拶に真っ先に反応したのは、正面に座る金髪の女性だった。
頬のラインで綺麗に切り揃えられたサイドに、肩のあたりでパッツンと整えられた後ろ髪。いかにも規則正しく、手入れの行き届いた「姫カット」が印象的な彼女は、見た目からして長女だろう。
「はじめまして、クシナさん。長女のマーガレットよ。コーディからあなたの話はよく聞いているわ」
マーガレットは穏やかに微笑むと、さらに言葉を続けた。
「今日は公の場でもないのだし、私たちには気安く話しかけてちょうだいね」
次に声を上げたのは、私の右側に座る女性。同じく輝くような金髪を、ハーフアップにして丁寧に編み込んだ凝った髪型にしている。
「はじめまして、クシナ様。次女のベリルです。好きなように呼んでくださいね!」
「……え? 様?」
思わず、変な聞き返し方をしてしまったわ。だって、初対面の伯爵令嬢がいきなり「様」付けなんて。
「はい、クシナ様!」
ベリルは弾けるような笑顔で、まっすぐに私を見つめてくる。 え、何なの? 初対面なのに、この好感度マックスなキラキラした視線は。理由がわからなすぎて、ちょっと怖いわ。
最後に口を開いたのは、左側に座る縦巻きロール――もはや説明不要の「ドリルちゃん」こと、三女のコーデリア。
「わたくしの場合、改めて挨拶する必要はありませんわね。クシナさん、本日は楽しみましょう」
「ええ、よろしくお願いするわ」
ひとまず挨拶はこれで終わりね。私は内心の戸惑いを隠して、優雅に頷いてみせた。
私は紅茶を一口含み、まずはこの中で一番不可解な存在――ベリルに視線を向けた。 ……ベリルちゃん。呼び捨てだとよそよそしいし、何かいい愛称はないかしら。編み込みちゃん……。うーん、語呂が悪いわね。まあ、呼び方は後で考えればいいわ。
まずは、なぜ初対面の私を「様」付けで呼ぶのか。その謎を解明しなきゃ。
「えっと、ベリルちゃん? なぜ私のことを『様』付けで呼ぶの? どこかで会ったことがあったかしら」
単刀直入に聞いてみた。すると、正面からクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「うふふ、ベリーは本当にクシナさんのことが好きねえ」
長女のマギー姉様が、からかうように口を挟んだ。けれど、当の本人であるベリーは、その言葉に頬をわずかに膨らませて食ってかかった。
「マギー姉様、今は口を挟まないでください! 私は今、クシナ様とお話ししているんですから!」
その声には、さっきまでの甘いトーンとは違う、焼きもちが混じっていた。せっかく大好きなクシナ様の意識が自分だけに向いているのに、お姉様に邪魔されたくない……そんな子供っぽい独占欲が透けて見えるような、必死な様子だった。
ベリルは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して語り始めた。
「クシナ様は、あの迷宮で起きた『あの大事件』をご存じでしょう?」
(あの大事件……?)
そんなことあったかしら。そもそも私は、泥臭い迷宮になんてほとんど潜らない。記憶の索引をどれだけ辿っても身に覚えがなかったけれど、とりあえず話の続きを促すことにした。
「私の親友であるリネットが、迷宮の深層に閉じ込められてしまったのです」
(誰よ、それ……)
知らない名前が次々と出てくる。けれど、ベリルの熱量は上がる一方だった。
「リネットは言っていました。自分が迷宮で行き倒れにならずに済んだのは、ひとえにクシナ様がいたからだと!」
「……それ、たぶん別人よ。私が誰かを助けたなんて記憶、これっぽっちもないもの」
あまりの勘違いっぷりに、私は思わず口を挟んだ。けれど、ベリルは全く揺るがない。
「いいえ、別人なはずがありません! ……ふふ、さすがはクシナ様。どこまでも謙虚でいらっしゃるのですね」
「いや、謙虚とかじゃなくて……」
「禍々しい呪物を事もなげに封印し、道を開けてくださったと聞いています。大親友を救い出してくださったクシナ様を、私は心から尊敬しているのです!」
キラキラとした羨望の眼差しを向けられ、私は反論する気力さえ失いかけていた。
……ふと、記憶の片隅に引っかかるものがあった。
(……あ、もしかして)
「ねえ、ベリルちゃ……」
「はいっ、クシナ様!」
反応、速すぎ。私が続きを口にする前に食い気味に返されてしまったわ。
「その大事件って……他にもう一人、一緒に救出された人っていなかったかしら?」
「? そんな野郎のことなんて、どうでもいいのです」
一瞬、ベリルちゃんの声のトーンが氷点下まで下がったような気がして、背筋に冷たいものが走ったわ。あのおっとりしたベリルちゃんが、今ものすごく怖かったんだけど……。
でも、なんとなく状況が掴めたわ。 あの『困ったちゃん』――通せんぼをしていた石像の件で、私がどかしてあげた新人冒険者の片割れ。あの時の女性の方が、ベリルちゃんの親友だったってわけね。
私は肩をすくめ、努めて冷静に言葉を返した。
「でも、本当にそんなすごいものじゃないわよ。仕事として受けたことだし、その分のお金だってきっちりもらっているんだから」
「そんなのお金なんて関係ありません! 大切な親友のリネットを救ってくださったのは、紛れもない事実なのですから」
食い気味に答えるベリルちゃんの勢いに、私は少しだけ気圧される。すると、正面からマーガレット……マギー姉様が楽しそうに追い打ちをかけた。
「うふふ。ベリーったら、ずっと言っていたものね。クシナさんに会いたい、直接会ってお礼が伝えたいって」
「……お姉様、余計なことを!」
「わたくし、そんなの初耳ですわ。おっしゃってくださればもっと早くお呼びしましたのに」
左隣からドリルちゃん……コーディまでが、少し意外そうに、けれど面白がるように話に加わってくる。
「なっ……コーディまで!」
大好きなクシナ様の前で、秘めていた(つもりの)情熱を姉妹に次々と暴露され、ベリーはみるみるうちに顔を赤くした。最後には耐えきれなくなったのか、恥ずかしそうに俯いて、手元のティーカップをじっと見つめてしまった。
私は三姉妹のやり取りを見て、自然な笑顔が出てしまっていた。
仲良い姉妹なのね。
「では次は、私の相手をしていただきましょうか。クシナさん」
末っ子たちの騒ぎを優雅に制し、長女のマーガレットが涼やかな笑みを浮かべてそう告げた。 結局、その後の「優雅なお茶会」は延々と続き、気づけば豪華な夕食までもが振る舞われる運びとなった。
お腹も心も満たされ、重い腰を上げて「そろそろ帰るわ」と告げようとした、その時。
「せっかくですもの、今夜は泊まっていってくださいな。お部屋の用意はもう済ませてありますわよ」
お嬢様方の熱烈な引き止め。本来なら断るところだけれど……。 最高級の羽毛を使った「ふかふかベッド」の誘惑に、王宮レベルだという「大浴場」の魅力。それらに抗う術を、私は持ち合わせていなかった。
(……ま、たまにはこういう贅沢な一夜も悪くないわよね)
結局、私は伯爵邸の甘い罠にまんまと嵌まり、一夜を過ごすことに決めた。
翌朝、私は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めると、鼻腔をくすぐる妙な残り香に違和感を覚えた。甘いような、どこか沈殿するような独特の香り。
どこかで嗅いだことあるような……
昨夜は気づかなかったけれど、少しだけ胸がざわつく感覚を抱えながら、私は身支度を整えて部屋を出た。
「……あら?」
廊下に出た瞬間、異様なほどの静寂に包まれる。 伯爵邸ともなれば、朝はメイドたちが忙しなく立ち働き、朝食の準備や掃除の音が響いているはずなのに。
「おかしいわね。メイドさんが起こしに来るかと思っていたのだけれど」
辺りは人の気配が全くなく、まるで屋敷そのものが眠りに落ちてしまったかのようだ。 私は一人、誰もいない静まり返った廊下を歩き出した。
次話18時頃投稿予定です。




