27 罠ばっかり
喫茶『最凶』を出て、私は歩き出した。
「いっそのこと新規開拓を目指して、普段通らない道を歩いてみるのもありかもね」
表通りを外れ、あまり馴染みのない道を散策してみる。
辺りをきょろきょろと見渡すと、意外と見たことのない店が多いことに気づく。
もっとも、並んでいる服やアクセサリーにはこれっぽっちも興味がないけれど。
だって、私自身が宝石なんだから。美少女っていうのは、わざわざ着飾ってなくても美少女なのである。
そうこうしているうちに、前方からいかにも柄の悪い男二人が歩いてきた。 運が良いのか悪いのか、ちょうど周りに人気はない。
「お、綺麗な姉ちゃんだな」 「ひひひ、こんな裏通りを一人で歩いていていいのかい?」
二人は好き勝手なことを言いながら近づいてくる。
(なんか前にも似たような展開があったわね……) デジャヴを感じつつ、この街の治安はいったいどうなっているのかしらと、他人事ながら心配になってくるわ。
二人は私の行く手を塞ぐように立ちふさがった。
「おい、無視してんじゃねえよ。美人だからってなめてんじゃねーぞ」
ふふふ、褒められたわ。美人ですって。
ほんの少し気分が上がった私に、強引に触れようとした瞬間――ごろつき二人はそのまま意識を失い、道に崩れ落ちた。
「ま、自業自得でしょ」
足元に転がっている二人を無視して、私はそのまま通り抜けようとした。
けれど、それを遮るように背後から硬い靴音が響く。
「その女、止まりなさい。治安部隊だ」
振り返ると、衛兵の格好をした一人の男がこちらへ向かってきていた。 男は私の前まで来ると、地面で無様に転がっている大男二人と、涼しい顔で立っている私を交互に見比べる。その表情には、明らかな困惑が浮かんでいた。
「……何があったのか、説明してもらえますか?」
私は乱れた髪を指先で軽く整えながら、あくまで自然に答えてやった。
「この男たちに襲われそうになったから、自衛したまでよ」
衛兵はあろうことか、私に向かって淡々と告げた。
「わかりました。では詳しく事情を確認するため、詰め所までご同行願えますか?」
「……はあ?」
思いがけず、少し大きな声が出てしまったわ。美少女が自衛のためにゴミを片付けたというのに、あろうことか連行しようとするなんて。
けれど衛兵は表情を崩さず、「これも確認のためです。第三者の目撃者がいない以上、手続きを省くわけにはいきませんので」と、有無を言わせぬ口調で同行を促してきた。
すると、背後から聞き慣れた声が響いた。それも、ついさっき耳にしたばかりの、あの慇懃無礼な声だ。
「では、第三者がいればいいんですね?」
ゆっくりと近づいてきたのは、眼鏡の司教――ルキウスだった。
(……嘘でしょ、ストーカーかよ)内心で毒づく私を余所に、彼は衛兵に向かって穏やかに微笑んでみせる。
「彼女の言った通りですよ。私がその場面を見ていました。彼女を解放してあげてください」
「司教様……! 失礼いたしました。……承知しました、ではこの男たちを詰め所へ連行します」
相手が教会の高官と知るや否や、衛兵は即座に居住まいを正した。すぐに応援の者を呼び寄せると、気絶したままの二人組をずるずると引きずって、足早に去っていく。
路地裏に残されたのは、私と、この一番会いたくない眼鏡だけ。
「いやはや、本当に縁がありますね」
「……私は、微塵も感じてないわ」
私は即座に、全力でその言葉を否定してやった。
「それで、どうして助けたのかしら?」
本当は一秒だって言葉を交わしたくないけれど、借りを放置したままだと後で何を言われるか分かったものじゃない。私はこの眼鏡――ルキウスに向かって、隠しきれない不快感を隠そうともせず問いかけた。
「ははは、神に仕える者として、困っている者は放っておけませんからね。それにこの道は、教会へ戻るための近道なのですよ」
眼鏡は相変わらずのうさん臭い笑みを浮かべて、さらりと言ってのける。
「ふーん、どうだか」
私は気のない相槌を打って、その場を立ち去ろうとした。けれど、ルキウスの言葉がそれを引き留める。
「ああ、そうだ。クシナさんは周囲からも大変素晴らしい方だと伺っています。……このくらいのお願いなら、快く引き受けてくださいますよね?」
(……きたわね)
ついに本題か。
私は内心で身構え、逃げ道を確保しながら、最大限の警戒を込めて言葉を返した。
「……それで? 内容次第では、聞くだけなら聞いてあげるわ。一応、助けられたのは事実だしね」
眼鏡は少しだけ間を置いて、こともなげに告げた。
「簡単なことです。お嬢様方の相手をしていただきたいのです」
「……え?」
聞き間違いかと思って、私は思わず気の抜けた声を上げてしまった。けれど眼鏡は、どこまでも真面目な顔で同じ言葉を繰り返す。
「ですから。お嬢様方の相手をしていただきたいのですよ」
は?




