7−8 モナハン砦 (ウィリアム視点)
カフカースの関所前で野営して二日後、ナヴァンから来たウェズリー騎士団が到着した。
ウェズリー騎士団を率いていたのは、騎士団長ではなく辺境伯閣下その人だった。
「まさか閣下御自身が騎士団を率いて来られるとは思ってもいませんでした」
「ハハッ、確かに年寄りの冷や水である事で間違いは無いな」
「いえ、そんな事はありません」
「いや、私とてわかっているつもりだ。だが、カフカースの事は我が一族の将来にも関わってくる話だ、それなのに当主である私が出ない訳にはいかないからな」
「確かにご尤もです」
「アーサーが成人していればこの役を代わってもらっていたのだが、未だ学生の身分で戦場に送る訳にはいかんからな」
「アーサー様は今年で卒業でしたか……」
「ああ、ウィリアムはいずれ我が家から独立する事になるが、アーサーの事をよろしく頼む」
「もちろんです。ですが、アーサー様は私の様な戦う事しか頭に無い男よりも弟の様な頭が優秀の者の方がお役に立てるでしょう」
「いや、其方達の双方が同時にいなくなるのは何とも惜しいものだ。其方達の独立は実に喜ばしい事だが、我が一族にとっては大誤算だ」
辺境伯閣下はそう言って豪快に笑い始めた。
私はどうしたら良いものかと途方に暮れながら、閣下が笑い終えるのを待っていた。
「ウィリアム、其方は領内から集まってくれた代官達の義勇兵達を率いる部隊の隊長となってくれないか。ウェズリー領で集まった義勇軍は私の騎士団と傭兵団、そしてウェズリー領内から来てくれた代官達の義勇兵を合わせたら五百人を超える集団となる。命令系統を整えなくてはいけないからな」
「かしこまりました。代官達の義勇兵部隊の隊長の任、謹んでお受けいたします」
「ウィリアム!そう緊張するな。そんな事では「オウルニィの戦鬼」の名が泣くぞ!」
そう言って、俺の肩を何度も叩きながら辺境伯閣下はまた大笑いされた。
……多分、閣下自身も緊張されているから大袈裟に笑っておられるのだろうな。
ウェズリー義勇軍がニヴルヘイムとの国境にあるモナハン砦に到着したのは五日後の事だった。
モナハン砦の中には多くの領地から来ていた義勇軍や、その兵士達相手に商売する者達が集まっていて、さながら市場の様な賑わいとなっている。
我々もその集団に加わり、野営の準備に取り掛かった。
辺境伯閣下は各隊長達を集め、総大将である王国騎士団の第三大隊の隊長の元に義勇軍としての参加を認めてもらう為の許可と挨拶を兼ねて尋ねる事になった。
「おお、これはウェズリー辺境伯閣下ではないですか。閣下も馳せ参じて頂けましたか」
「ギュンター殿、まさか騎士団長である貴方がここにおられるとは思ってもいませんでした。それに、魔術師団の副団長であるジャスパー殿まで」
「陛下に命じられましてな、急いで駆けつけたといった所です」
「私は敵の魔術師対策といった所です。国内が落ち着かない状態ですので、陛下は早期の決着をお望みです」
門閥貴族派の問題によって各地の国境付近の領主となっている侯爵家が軒並み弱体化している。ここでニヴルヘイムを跳ね返す力を見せつけないと、周辺の国に対する軍事的な圧力が弱まってしまい、政治的なバランスが取れなくなってしまいかねない。
「それで、ニヴルヘイムの戦力はどの様な感じなのでしょうか?」
「ニヴルヘイムの兵力はおよそ一万から一万五千といった所です。今の所、魔術師の気配はなさそうですが油断は禁物です。対してこちらの兵力は、王国騎士団と旧カフカース騎士団、それと傭兵団あわせて八千五百、ウェズリー辺境伯閣下の義勇軍を合わせると九千といった所です。最終的には一万は超えてくるでしょう」
「……兵力だけで見るとこちらが優勢ですな」
戦争は攻撃する側よりも防衛する側の方が有利になりやすい。
今回の戦いでは、こちらはモナハン砦に立て籠もり迎え打てるのに対して、攻撃側であるニヴルヘイム軍は砦を攻略しなければならないのだ。
国境と言っても、その境界線上に防御壁があるわけでも柵が作られている訳でもない。モナハン砦がある辺りは広大な平地が続いていて、砦を避けてケルト王国に侵入することも可能なのだが、もしそうしてしまうと砦から出撃したケルト軍に背後から攻められる事になりケルト王国内で孤立してしまう事になる。そうなるとほぼ負けが確定してしまうので、ニヴルヘイム軍はモナハン砦を必ず攻略しなければならない。
だが、モナハン砦は鉄壁な砦とは言い難い。
カフカースとニヴルヘイムとの国境線には三つの砦が存在していてモナハン砦は一番南側にある砦なのだが、他の二つの砦は山の上に建てられていて堅牢な砦であるのに対し、モナハン砦は平地に建てられていて攻め込みやすい砦なのだ。それ故に、過去にモナハン砦の周辺で何度も北方諸国との戦争が行われていて、その内の何度かはモナハン砦を攻略されている。その度にケルト王国軍が奪い返しているのだが、モナハン砦の内部構造や攻め込みやすいポイントなんかは敵に筒抜けになっていると考えた方が良さそうだ。
「ニヴルヘイム軍もあの兵力だけでこの砦を突破する事は難しいでしょう。だとすると、敵の魔術師が何らかの対策を講じているはずです」
「……そうですね。五十年前の戦争の時はニヴルヘイムの勝利になりかけていた時に、こちらの魔術師団の団長の魔術によって敗北しましたからね。敵も魔術師対策はしてくると思われます」
「……団長殿はこちらには来られませんか?」
「おや?私の実力を疑っていらっしゃるのでしょうか?確かに私の魔術では団長の足元にも及びませんが、私もそれなりの実力を持っていると自負しております」
「失礼致した。もちろん、ジャスパー殿の実力は存じておりますが、もはや伝説となっている団長殿の魔術を一目見たいと思いましてな」
「確かに団長の魔術は伝説級ですからね、一目どころか何度でも見たくなるのは頷けます。ですが団長は今、アリア嬢の教育に夢中になっておりまして……」
アリア……、まさかこの様な戦場で姪っ子の名前を聞く事になるとは思わなかった。
「……アリアというと、噂になっている精霊様の弟子でしたかな」
「はい、どうやらアリア嬢を次代の魔術師団の団長にすべく全力で教育されているみたいです」
はあ!聞いてないぞ、そんな事!
「それ程優秀な魔術師なのですね。ですが、アリア嬢と言えばまだ子供だったと聞いた覚えがあるのですが……」
「次の春で九歳になります。……ここにおられるクーパー子爵の姪御さんでいらっしゃいます」
「おお、クーパー子爵。子爵の名は幾度か同僚達から聞いた覚えがあります。何でもキボリウム山脈の魔物退治では無双の強さを誇り、同僚達が王国騎士団に入らなかった事をいまだに悔しがっておりますからな」
「……恐縮です」
「いやはや、ご自身の強さもさる事ながら姪御さんも優秀とは羨ましい限りですな」
「……恐れ入ります。ですが、今はその事は置いておきましょう」
「そうですね、今は戦争に勝つ事に集中しましょうか」
その後、話し合いは続けられ、辺境伯閣下は他の領地などから来た義勇軍を束ねる隊長に任じられ、モナハン砦の北門の防衛にあたる事になった。
城壁の上からニヴルヘイム軍の方を見てみると焚き火の煙が何本も立ち上っている。
「敵も飯の準備をし始めましたな。こりゃあ、明日にもここを攻めてくるかもしれませんな」
戦争が始まる。
この国にとっては五十年ぶり、俺にとっては初めての戦争だ。
初めて魔物を討ち取った時もこれ程緊張していただろうか?
遠くなっていたはるか昔の記憶を思い出しながら唾を飲み込んだ。
戦場に到着したウィリアム視点のお話でした。
次回は一旦アリアのお話に戻ります。




