7−6 当主としての覚悟 (ウィリアム視点)
陞爵記念パーティーもようやく終わり、オウルニィに帰郷しようと準備をしていた矢先、辺境伯閣下から呼び出しがあった。
辺境伯閣下から話の内容を聞いて、陞爵パーティーの時の国王陛下の表情の変化の原因がこれだったかという納得感と、腹の中に石を飲み込んだかの様な重い不快感、そして体が熱くなる様な少しの高揚感が俺の体の中にぐるぐると渦巻いていた。
幸いと言っては何だがアルウィンはまだ学校に帰らず、まだ辺境伯の屋敷に滞在している。
この事はアルウィンが寮に帰る前に伝えなければならないな。
気が重いが、貴族家の後継として産まれたからにはいつかは言わなければならない事だ。
俺はジョンや義妹のメアリーにも立ち会ってもらう様に頼み、クーパー家の家族会議を開催する事になった。
「兄さん、辺境伯閣下からの呼び出しとは何かあったのですか?」
「それを今から説明する……。今から話す内容は、しばらくは他言無用だ」
「……しばらくで良いのですか?」
「ああ、すぐに話は公な物になる。だが、無用な混乱を避けるために公式に説明があるまでは口をつぐんでいて欲しい」
「……わかりました」
家族全員の同意を得られたので、俺は話の内容を説明する事になった。
「……ニヴルヘイム軍が、カフカースの国境付近に集結しているそうだ。間違いなくケルト王国との戦争となるだろう」
家族全員が驚きの余り言葉を失っていた。
この世界で、戦争はたびたび行われているが、ケルト王国では五十年程前のニヴルヘイムとの戦争以来、戦闘行為が行われていなかった。アルウィンは勿論の事、俺やジョンも戦争を知らない世代なのだ。
「……原因はやはりカフカースの爆発事件がきっかけなんでしょうね」
「おそらくそうだろうな。辺境伯閣下から聞いた話だと、王宮にニヴルヘイムから何度もカフカースに関する問い合わせや、抗議文が届いていたそうだ」
王宮も当初はあの爆発事件はニヴルヘイムの破壊工作ではないかと疑っていた。実際には精霊様がカフカースの領主に激怒され宮殿を吹き飛ばしたという事らしいが、つまり王宮もニヴルヘイムもどちらも関係がない話だったという事だ。それなのに、その事件がきっかけで両国は戦争状態に突入しようとしている。本当に愚かしい……。
「……カフカース付近に軍隊が集結しているという事は、開戦は時間の問題だと思いますが、これから冬が深まるにつれて国境付近はニヴルヘイム程ではありませんが雪が降り積もるはずです。行軍には不向きな時期だと思いますが?」
「ああ、その筈なのだが、ニヴルヘイムはジョンが言ったように雪が多い土地だ。その為、雪中での行軍は何度も経験しているのだろう。我々とは違って余程優位に軍を進められると思われる」
「となると、ケルト王国軍の方針は防戦に徹するといった所でしょうか?」
「当然そうなる。こちらから進軍しても、不慣れな雪で足を掬われる事になるのは避けたいだろうしな。それにニヴルヘイムの土地など奪っても、たいした価値もないしな」
ニヴルヘイムは、ケルト王国と北方諸国に跨るキボリウム山脈の麓にある国家だが、ケルト王国にある山々よりもニヴルヘイムやヘルヘイムにある山々の方が標高が高い山が多く連なっていて、そこから吹き下ろす乾燥した寒風の影響で農作物が育ちにくい土地柄でもある。近年はクン・ヤン教国からもたらされたという寒さに強い芋の収穫によって食料事情はマシになってきたと聞いているが、かつては少ない食料を奪い合って、北方諸国同士で幾度も戦争してきた。
当然、隣接するケルト王国にも度々戦争を仕掛けられていて、ケルト王国の戦争史の殆どは北方諸国の国との戦争で占められている。
「……そこで、クーパー家からも義勇兵としてこの戦争に参加する事になった。俺は直ちにオウルニィに戻り、辺境伯閣下とともにカフカースに向かう事になる」
「父上が何故、戦争に参加される事になったのですか!」
「……アルウィン、カフカースは後に辺境伯閣下の領地として与えられる事になっているという事は知っているな」
「はい、前に父上からお聞きしました」
「今はまだ内輪の話に過ぎないが、その様に内定しているのに辺境伯閣下が此度の戦争に不参加となる事は許されない。そして、クーパー家は現在の所、辺境伯閣下の臣下でありその辺境伯閣下から義勇軍への参加を命令された」
「……ですが、辺境伯閣下と同じ様に、父上も将来的にオウルニィ周辺の土地を与えられて独立すると聞いております」
「アルウィンが言ったように、そうなるのは未来の話だ。今現在、クーパー家は辺境伯閣下の臣下である事に変わりはない」
「それは……、その通りですが……」
やはり心配していた通り、アルウィンは未だに幼い考え方から抜け出せていない。これは将来的にクーパー家を担う者にとって良くない兆候だ。
「……アルウィン、其方はこの戦争で俺にもしもの事があった時、俺の後を継ぎクーパー家の当主となる。その事を考えた事はあるか?」
「……そんな事を仰らないでください!父上はまだ死にません!」
「俺とてまだ死ぬ気はない。だが、貴族家の当主としてはいつその様になるかはわからないのだ。もし、そうなった時、其方はクーパー家の当主、そしてオウルニィの代官となり、その後、国王陛下が確約されたクーパー領の領主となる。その覚悟はあるか?」
「……叔父上ではいけないのでしょうか?叔父上は父上の弟なのですから、その資格はあると思います」
「……其方がジョンの息子で、アリアが俺の娘ならばそうなったかもしれん。女性でも当主や領主になる事は出来るが、いずれも三十代を過ぎた経験豊富な女性ばかりだ。八歳の女の子では、たとえ才能があったとしても貴族社会では受け入れられないであろう。その場合は、ジョンが中継ぎの当主となり、アリアと其方が結婚してクーパー家の当主となっていただろう」
「……アリアと結婚……」
アルウィンはアリアとの結婚の話を全く想定していなかったみたいだ。
……やはり、アルウィンとアリアの結婚は無いか。
「どれも仮定の話だ。実際には其方は俺の息子で、当然、俺の後を継いでクーパー家の当主とならねばならん。だが、其方にはその自覚が薄い。だからこの機会に其方の覚悟を聞きたい」
「……覚悟ですか?」
「ああ、もしこの戦争で俺が死んだ時に、其方はクーパー家の当主になるつもりはあるのか?」
「……兄さん……」
「ジョンは黙っていろ!結婚した時にクーパー家の当主になる事を拒んだお前には口出しはさせぬ!」
「…………」
「アルウィン、其方は成人では無いからと思っているかもしれんが、人の死は突然訪れる。俺の父上も落馬事故であっけなくこの世を去られた」
父上も落馬事故が無ければ、今も健在だったはずだ。
俺にはジョンがいてくれたからオウルニィの代官として何とかやってこれたが、アルウィンはどうだ?
ジョンは引き続きアルウィンを支えてくれるだろうが、アリアは魔術師として国王陛下に取られてしまった。アルウィンにはあまり自覚が無いかもしれんが、アルウィンは賢いアリアに少なからず依存していた。アリアがいないという事は、今後のアルウィンにとって相当な痛手になるはずだ。
「貴族の当主という存在は其方が思っているよりも重い責任を伴う。我が家だけでも数十人の使用人が働いているし、オウルニィの住人は二千人を超える。その者達の暮らしを、安全を守らなくてはいけない。そして、将来クーパー領ともなればその責任の重さは更に増す事になる」
アルウィンはずっと俯いている。
……よく考えるんだ。……俺はあまり考えてこなかった、だから今まさに苦労している。
「貴族学校は、貴族の義務だから入学するのではない。貴族としての将来の為の知識や経験、そして覚悟を育てる為の場だ。そして、貴族学校に入学したということは、成人ではないが子供でいられる期間が終わったという事だ。アルウィン、その自覚はあるか?」
「……申し訳ありません。そんな自覚はしていませんでした」
「ならば、これからは自覚しなさい。そして、クーパー家の当主となる覚悟を身につけなさい。俺はアルウィンならやり遂げられると信じている」
「……父上……」
「……偉そうな事を言ったが、俺にはそんな事を言ってくれる人はいなかった。だから、俺には覚悟も知識も経験もなかった。だから、アルウィンは俺を反面教師として学ぶんだ。今、何もしなかったら将来俺の様に苦労する事になるぞ」
「……いえ、父上は昔も今も私が憧れている立派な貴族です。父上、未だに未熟な私ですが、将来必ず父上を超えるような立派な貴族、いえ、クーパー家の当主になってみせます!」
「……そうか、ならこれからも励みなさい。……ジョン、先程はきつい事を言って悪かった。もしもの事があったら、ジョンがアルウィンを支えてやってくれ」
「……もちろんです。兄さん、あの時はすみませんでした」
ジョンと共に義妹のメアリーも頭を下げている。
「ジョン、謝らないでほしい。本来なら今の形の方が正しいのだ。あの時の俺は兄としての自覚が無かった。だから、逆に謝らせてくれ。ずっと当主の座から逃げていてすまなかった」
今度は俺と一緒に妻のメアリーも一緒に頭を下げていた。
……この事はメアリーには関係はないだろうに。健気というか可愛らしいというか……。
「……メアリーも義妹も、俺の留守の間は屋敷の事を頼む。お前達がいるから俺は安心して留守を任せられる」
「はい、お任せくださいませ。ウィリアム様、ご武運を……」
「僕も父上のご武運をお祈りいたします。ですが、父上なら僕が祈らなくても何者にも負けないと信じています!」
「……ああ、そうだな。ニヴルヘイムの奴らにオウルニィの騎士の強さを存分に見せつけてやろう!」
アルウィンの心にクーパー家の後継としての覚悟が宿り、俺の迷いもようやく吹き飛んだ。
この家族がいたら、クーパー家は間違いなく大丈夫だ。
これで俺は何の憂いもなく戦える。
アルウィンに貴族の次期当主としての覚悟を促すウィリアム視点のお話でした。
第一章にも少し書きましたが、アルウィンはアリアに依存している兆候がありました。ウィリアムはその事を早くに気づいていましたが、どうすれば良いのかずっと悩んでいました。ウィリアムはアリアが普通の貴族令嬢だったならばそれほど問題になるとは思っていませんでしたが、アリアが魔術師となりクーパー家から離れる事になって、ようやく危機感を感じる事になりました。
次回はオウルニィに戻ったウィリアム視点のお話となります。




