911:協力者
「う〜ん……、まぁ私も、そういうのも良いと思うんですがねぇ。」
俺は先日生徒たちから聞いて思いついたアイデアを、主幹教諭である国語の先生に話すと、なんとなく予想通りの反応が返ってきた。
「年々、子供たちはケータイをみる時間が増えているそうじゃないですか。
図書の貸出記録者数も、年々減少傾向にあります。
本に触れさえすれば、子供たちが活字に興味を持つ可能性だって……。」
「いや、仰っしゃりたいことはわかりますよ?
私もそういうのも良いんじゃないかなって思いますからね。
しかし、私の一存だけではどうも決めきれないというか、まぁ次の職員会議で、議題だけでも挙げてみてはいかがですかね?」
実に気のない返事だ。
“私はいいと思っている”といいながら、その実反対の姿勢というのが透けて見える。
こういう手合いは本当に面倒くさい。
こちらに好意的な姿勢を向けているが、実際に話が始まると真っ先に否定する、あるいは何か発生した時に真っ先に“だから私は反対だったんだ”と手のひらを返す手合いだ。
「そうですね、もう少し色々と考えてみようと思いますよ。」
最初の問答としては、これくらいで十分だろうと判断し、俺は図書室の休憩室に戻る。
こんな簡単な相談で通ると思ってはいない。
まぁ、相手が乗り気だったらラッキーくらいの気持ちだった。
主幹教諭が大抵の議事を統括、そして賛否が決まるから、彼をこちら側に引き寄せる、あるいは反対できないようにするのが一番の最善手だ。
校長や教頭に持ち込み、強引にトップダウンを狙う手もあるが、そちらはある意味最終手段に近い。
俺がいる内はいいが、いなくなったらすぐに破棄されてしまうだろう。
やはり実際に現場で生徒と触れ合っている、最前線にいる教師たちを納得させないと、こういう仕組みは継続しない。
さてどう攻めようかと考えていると、珍しく昼休み時間にフネちゃんが現れる。
何かソワソワと周囲を見渡し、入口から見えづらい位置に座ると、近くの棚にある本を手に取り、読み始める。
「……?」
随分珍しい本の取り方をするな、と、ついそちらを意識してしまう。
彼女は本棚でじっくりと吟味し、そしてコレと決めてから読むタイプだ。
あんな無造作な本の取り方はするタイプではないと思っていたのだが。
「やぁレディ、ここにいたのかい。
少し探してしまったよ。
よければ、これから一緒にお昼でもどうかな?」
少し後に図書室に入ってきた少年が、図書室を一周し、フネちゃんを見つけると優雅に歩いてランチのお誘いを始めた。
その姿を見て、何となく色々と察する。
男の子の方を見ると、栗色の髪に整った目鼻立ち。
均整の取れたスタイルと、新品のような制服。
この子が噂のマイト君とやらなのだろう。
そして彼からの誘いを断るべく、フネちゃんはここに逃げ込んできた、というわけだ。
「いえ、私は本を読むのに忙しいので。
お昼は別の機会にさせていただきますわ。」
「それは残念だ。
では放課後は?
僕はこの街でも多少コネがあるからね。
君とのディナーであれば、いつ、どこでも予約できるんだけどね。」
捕まえたら逃さない、そういう意思が、男の子の背中から感じられる。
俺はため息をつきながら、カウンターの席から立ち上がる。
「オホン、図書室ではお静かに願えますか?」
俺が後ろから声をかけると、最初は完全に無視を決め込み、反応すらしない。
やれやれ、と思いながら“おい君”と肩を掴もうとした瞬間、それを感じた。
(コイツ……。)
肩をつかんだ瞬間、こちらを投げ飛ばそうとする重心移動、そして掴み手。
俺は右腕で、彼の左肩を掴もうとしていた。
もし、それを食らえば、肘か肩、あるいはその両方の骨折は免れない。
掴み手を裏拳ではじくと、ようやくこちらを見た。
「あぁ、これは司書さん、騒がしくして失礼いたしました。
ですが、気をつけてくださいね。
前の司書さんみたいにいなくなったら、我々学生が困りますからね。」
嫌な捨て台詞を俺に吐いて、“今日のところはこれで失礼しますね”とフネちゃんには笑顔を向けて、彼は笑みを浮かべたまま図書室を後にした。
その後姿を見ながら、“前の司書がいなくなった理由も確認するか”と、俺はぼんやり考えていた。
「あ、あの、すいません、変なところをお見せして……。」
振り返ると、フネちゃんが縮こまってこちらを上目遣いで見ている。
なるほど、こんなに可愛い仕草を見せられたら、大抵の男はイチコロってやつなんだろうなぁ、と場違いな感想が浮かんでしまった。
「あぁ、いや、別に問題ないよ。
ここは図書室で、俺が治める場所だ。
ここの秩序は俺が守らなけりゃな。」
そう笑うと、フネちゃんもほんの少しだけ表情を崩す。
「また何かありそうなら、すぐにここに駆け込みなさい。
ここが開いているなら、つまりは俺がいる時だ。
いつでも、とは言いがたいが、俺がいるなら多少は力になってやるからよ。」
ようやく、心からホッとしたように笑う。
それを見た俺は、“やはりこの子は笑った方が絵になるな”と思うが、流石にそれは口に出さない。
それを言ってしまえば、ナンパになってしまうからだ。
「でも、助けてもらってばかりも申し訳ないと言うか……。
なるべくなら、自分で対処できるように、ご迷惑はおかけしないようにしますので……。」
あぁ、こういう子なんだなぁ、と思う。
なまじ自分で何とかできてしまう頭の良さがあるからか、うまく大人にSOSを出せない子もいる。
こういう子に、“そんな事はない”と言っても逆効果だろう。
一方的な助けは借りとして認識してしまい、借りを増やしたくないと思ってしまうからだ。
「……じゃあ、ここは相互契約といかないか?」
「……え?」
“契約”という言葉の響きに、少し驚いた表情になってしまう。
「あぁスマン、契約は言い過ぎだな。
実は、この図書室にラノベを置きたいなと考えているんだよ。
ただ、俺一人じゃどうにも実態に即したアイデアというか、生徒目線の意見が無いと気付いてね。
それを補完するためにも、生徒側の協力者、しかもいつもここに来ていて、よく本を読むような子に、ご意見を賜れたらなぁー、とか、そんなことを思っていてね。」
しまったと思った俺は、慌てて弁解するために言葉を重ねたが、少しは納得してくれたようだ。
“賜るだなんて”と言いながらも、彼女も少し乗り気になってくれた。
結果として、ちょうどいい協力者を得られた。
ある意味では、彼に感謝しないとだな。
そんな気持ちで、立ち去った彼のことを思い出して扉を何気なく見ていた時、扉がかすかに開いていて、その向こうから顔半分だけでこちらを覗いている少女と目が合った。
目が合うと、すぐに逃げ出してしまったが、いったい何なんだと不思議に思わずにはいられなかった。




