912:噂の行方
「セーダイさん、ちょっといいですか?」
朝礼の後、いつも通り図書室に向かおうとする俺を主幹教諭が呼び止める。
“何だろう?”と思いながらも、促されるまま近くの部屋に招き入れられる。
そこは通常、生徒たちの進路や家庭環境に関してなどを聞くために用意された通常の教室とは違う部屋、いわゆる“進路相談室”というところだ。
“この歳で進路相談も何もないもんだがな”と思いながらその部屋に入ると、中には校長に教頭、それに地学の教師と、何だか珍しい3人が並んで座っている。
「セーダイさん、とりあえずそこに座ってください。」
指示された席を見ると、1つポツンと置かれているパイプ椅子がある。
“まるで何かの面接みたいだな”と思いながらも、言われた通り椅子に腰を下ろす。
「セーダイさん、あなたが教育熱心な司書さんであることは、私たちも十分承知しています。
ただ、いささか生徒と近すぎやしないかと、そういう危惧も我々は持っているんですよ。」
放課後の事だろうか?
確かに、これまでいた司書とは違い、閉館時間を過ぎても開けたままにしているのは、教師側から見ても異例だろう。
その分、教師の帰りが遅くなるから注意しておきたい、ということだろうか?
「あぁ、当初規定の閉館時間を過ぎても開けていますが、しかし完全下校時刻の19時前には絶対閉館しておりますし、その時間であればまだ残られている先生方もいらっしゃると思っていますが……。」
「いや、そうではなくてですね、そのぉ〜、なんと言いますか、若干生徒との距離が近いと言いますか、随分と“親密”ではないかと、校長はそう申し上げているのです。」
校長の隣に座る教頭が、汗を拭きながら校長の後を引き継ぐ。
どうでもいいが、校長はロマンスグレーで背筋をシャンと伸ばしたいい男なのに対して、教頭は小太りでバーコード頭でいつも自信がなさそうにソワソワ猫背で歩いている、なんというか、とても“それっぽい”組み合わせだ。
「まぁ、子供たちが私のことをフランクに呼んでいるのは確かですが、それとて教師ではない立場の私ですし、気さくに話しかけてもらえるということは職務上、有用ではないかと思っていますが?」
「いえ、ですから、そういう事を言っているわけではないんですよ。」
今度は主幹教諭が口を挟み、やや苛ついたような表情で割り込んでくる。
そう言われても、俺には何のことか一向にピンと来ない。
この3人は、何を危惧しているのか、自分たち教師よりも目立つな、とでも言いたいのだろうか?
「いえね、セーダイさん。
皆様が仰っているのは、先日1人の女生徒が、図書室で女の子に言い寄っているあなたを見かけた、と。
そう言っておりましてね。
教師ではない大人が、その立場を利用して女生徒に言い寄っているのではないか、遅くまで図書室が開いているのも、逢瀬のためではないか、そういう噂話が広がっているんですよ。」
全く話が噛み合っていないことを察した地学の教師が、ようやく助け舟を出してくれる。
そこまで言われて、俺もようやく“あぁ!”と気がついた。
先日の、フネちゃんと会話していた際、扉から覗き見していた女の子。
きっとあの子が、あられもない噂を流したのだろう。
「いや、アレは男子生徒に言い寄られていた女生徒の悩み相談に乗っていただけで、やましいことは何一つありませ……。」
「君ィ!そんなことはどうでもいいんだよ!!
何か問題が起きたら困るというより、何か問題らしき噂が流れる時点で、我々も非常に困るんだよ!!
大体そんな羨ま……けしからん相談にのるなど、言語道断!!」
そう怒鳴ると、主幹教諭は机を叩く。
どうでもいいが今コイツ、“羨ましい”とか言いかけなかったか?
顔を真っ赤にして怒鳴る主幹教諭を見ながら、“そういえばコイツ変態って噂されてたな”とも思い出す。
落ち着いて周囲の面々を観察すると、顔を真っ赤にしている主幹教諭と、無表情の校長、そして主幹にあきれている教頭と地学の先生、という図式だ。
なら、この状況を利用させてもらおう。
「お言葉ですがね。
件の女生徒は、男子生徒に言い寄られて困っていました。
そういった“不純な異性交遊”に対して、本来であれば私ではなく先生方に相談すべきことでしょう?
でもそれが出来ずに1人抱え込んでいたから、私が話にのってやった。
ただそれだけの事です。
逆に言えば、何故皆様方が相談に乗ってやれないのか、その方が私には不思議です。
それが出来ていれば、今回のような噂が出回ることがそもそも無かった、違いますか?」
「田中先生、どの生徒なのかご存知ですか?」
俺の剣幕に主幹教諭は一度怯むが、また何か言い返そうと息を吸い込む。
だが、主幹教諭が何か言い出すよりも早く、校長が地学の教師に真相を問う。
機先を制された主幹教諭は、吸い込んだ息を大きく吐き出すとまた背もたれに体重を預ける。
「ええ、今回通報のあった女生徒と同じ学年の、C組のキョウニシ・フネという女生徒ですね。
E組の、ハマ・マイトから言い寄られているらしい、という噂話は他の生徒からも聞き及んでおります。」
「あぁ、浜グループの……。」
地学の教師からそう報告を受けた校長は、ひと言呟くと黙って目を閉じる。
部屋にいる全員の視線が、校長に集まる。
「セーダイさん、我々教員の至らぬ所をサポート頂きまして、いつもありがとうございます。
我々は生徒を教え導く立場から、どうしても距離が遠くなりがちです。
生徒と教師、その間を埋める存在、そして良き大人として、今後も行動していただけると幸いです。
では、本会はこれまでと致します。
セーダイさん、朝の忙しい時間にありがとうございました。
業務にお戻りください。
また、ヒラスケ主幹は、後で校長室に来てください。」
校長はそう言い放つと、サッと立ち上がり部屋を退出していく。
皆が呆気にとられたが、すぐに教頭と主幹教諭は校長の後を追う。
後に残された俺は未だに状況が飲み込めないし、地学の教師はクスクスと含み笑いをしているだけだ。
「あ、あの……これはどういう……?」
「いや、お疲れさまですセーダイさん。
無理言って僕も参加させてもらって良かった。
ヒラスケの奴、うちのクラスのヤスウラって子がしていた雑談を拡大解釈して、学生に人気のあるあなたを追い詰めようとしていたんですよ。
いや、防げて良かった。」
どうやら、知らぬうちに学園の争いに巻き込まれていたらしい。
皆からは“デコハゲ”とあだ名されているこの地学の先生を、俺は思わず好きになってしまいそうだった。
この間夏休みを頂いたばかりなのですが、8/13と8/15のお盆は法事の為お休みを頂きます。
次の更新は8/18(火)の3時頃を予定しております。




