906:図書館へようこそ
「セーダイさぁん、この間のマンガ、マジでグロかったから違うのオススメしてよ〜。」
「“司書さん”と呼べって言ってるだろうが。
……ってか、“はだしのゴン”はギャグ漫画じゃねぇって言ったし、ここに漫画が置いてある訳ねぇってのも、言ったよな?」
今の時代にしては珍しい、学ラン姿の男子生徒が、手に持っているコミックをヒラヒラとさせながら親しげに話しかけている。
空調の効いた静かな空間。
俺達のやり取りが聞こえた他の生徒達が、数人怪訝な顔でこちらを見る。
「それとな、図書室は大声での私語厳禁だ。
他の生徒達を見習って、大人しく返しに来い。」
「うぉ。
今そう言う“他人と比べる”とか、良くないッスよ。」
ニヤニヤとした悪い笑顔を浮かべながら、最近の学習方針を口にする男子生徒に、俺は少し呆れた顔を返す。
“まさしく、今がわが世の春だと気付いていないんだろうなぁ”と、そんな事を思いながら。
高校生という社会的な立場、成熟しつつあるもののまだ幼い精神構造、法的な保護。
大人になりかけているが子供ではなく、子供のままではいられないが社会から保護されている、そんな境遇だ。
ましてや、この学校という施設の中では、彼等が対面する大人は教師か用務員、或いは俺のような学校司書くらい。
どの大人も生徒を手厚く面倒見るのだから、こうして多少増長するのは仕方ないのかもしれない。
「ともかく、図書館ではお静かに、だ。
先生に言って、お前の内申点に影響を与えることだってできるんだぞ?」
ニッコリと笑いながら言うと、“冗談に決まってんじゃん、セーダイさんおもんな〜”と、ヘラヘラ笑いながら本を置いて逃げていく。
やれやれ、あぁいう子もいつかは“自分は社会に守られていただけだった”と、気付く日が来るのだろうか。
いや、意外にこうやって俺とも気さくに話せるコミュニケーション能力があるから、社会に出てもそれなりにうまく渡っていくのかも知れない。
少なくとも俺とは違う時代の、そして違う感性を持っている子なのだろうな、とため息をつく。
そしてふと自分が、“もうすっかりこの仕事に集中してしまっているな”と気付いてしまい、小さく笑う。
いかんいかん、“役割”はこなさなくちゃな。
「……転送完了っと。
ん?またいつもの出現場所みたいな森の中だが、現代文明的な世界じゃなかったっけ?」
<周辺生物の探査完了。
危険生物もいるようですが、アンダーウェアモードで対処可能。
標準的な環境のようです。>
そりゃ面倒が無くていいや、と、すぐにアンダーウェアモードを起動する。
これでノミやダニ、シラミに蚊みたいな厄介な生物から身を守れるのは本当にありがたい。
<周辺環境をスキャンしました。
ここは山の中腹で、麓には発展した街を検知しました。
おおよそ、勢大がいた世界の文明レベルと同等と思われます。>
「あぁ、なら予定通り、なのか?
セントラルの奴が言っていた、“設定”とやらはどうなんだ?」
今回は無理にスーツも通勤鞄もしまわなくて良いと思うと、スーツの内ポケットにあるタバコを取り出し、1本火をつける。
やぁ、こうした青空の下で吸うタバコも、また爽快で旨い。
<この世界のネットワーク上にアクセスできました。
勢大は……“学校司書”?
これはどういった事なのでしょうか?>
マキーナが疑問を持つとは珍しい。
俺はマキーナに言って、右目に情報を表示してもらう。
俺の戸籍はこの、咲玉市?という場所に存在し、“咲玉学園臨時雇用司書”という役職に就いている情報が見えた。
「あーと、あれだな。
いわゆる“図書館司書”みたいな仕事でさ、生徒への読書活動の推進とか、蔵書の管理とか、そう言うのをやるんじゃなかったっけか?
まぁでも、今回の……何ちゃんだったっけか?
あのセントラルの言ってた“対象”とやらに近付くのに、あんまり適切じゃない役職の気もするけどな。」
セントラルから“人として”お願いされた内容。
それは、“ある異世界の少女の心を解放してあげてほしい”という、何だかわかりそうでわからない内容のお願いだった。
なんでも、セントラルが今の異世界に流れ着く前、まだ人間としての肉体を保てていた頃に見た世界で出会った転生者だということだ。
その子にも、あの神を自称する少年を打破できる可能性を感じていたらしいが、結局は諦めたらしい。
なぜ諦めたのか、は教えてはくれなかったが、その後の各世界を回っている時にもずっと気になっていたらしい。
そのため、セントラルから“俺が原初の平原にたどり着くために必要な最終座標を教える代わりに、その前にあの世界を見てほしい、そして彼女が困っているならば、手助けしてほしい”と言われていたのだ。
更に、“出来るなら、彼女の心を解放してやってくれ”とも。
何とも不思議なお願いだった。
命令や指示なら反発したが、お願いされてしまうとどうにも弱い。
だから、その“お願い”を承諾したのだ。
その事に気を良くしたセントラルは、いつも異世界に転移したばかりの時に困ること、例えば身分だったり、住むところだったり。
そういう物を、超常の力で何とかするとも言われていたのだ。
転移して色々とチェックした結果、どうやら俺は既にこの世界の住人として身分が用意され、住所も存在しているらしい。
“毎回こうなら異世界の旅もだいぶ楽だったんだがなぁ”と今更なことを思いながらも、俺は山を降りながら登録されている住所に向かっていた。
「……まぁでも、この山って、結構な道のりあったよな。
とりあえず少し力を解放して、一気に麓まで降りるとするか。」
俺は両足に力を込め、大地を蹴る。
と、違和感に気付く。
「……ん?飛べない?」
<勢大、やられました。
セントラルがこの世界における勢大の立ち位置を固定するために使ったリソースは、どうやら通常モード等の力の解放分のようです。
現状、私も通常モードへの変身は不可能ですし、恐らくこの世界における常識を逸脱した力は使えないように制御されていると思われます。>
またこれかよ。
マキーナの解析結果に、俺は肩を落とす。
この世界での俺は、41歳の、年齢の割にはちょっと元気な中年、でしかないわけだ。
まぁ、マキーナの解析能力や通信が使えるだけまだマシか、とすぐに思い直す。
それすらも封じられた世界も何度も体験した。
それよりはいいだろと、すぐに切り替えてまた山道を歩き始めた。




