905:スローライフの果て
「その首、ここで刎ねてくれる!!」
女騎士が玉座の隣から俺の目の前まで、普通の人間には出来ない速度で距離を詰めてくる。
他の人間には、女騎士が消えていきなり俺の目の前に現れたように見えていることだろう。
ただ、俺の目にはしっかりと見えている。
俺の左斜め前、振り被ったその剣の軌道は、正確に俺の首を狙っている。
「……なるほどな、“採用された奴”の話が数件ある程度で、“採用されなかった奴”の話は逆に殆ど聞かなかったのは、こういう実態があるからか。」
「なっ!?」
剣の軌道を見極め、流れに逆らわず前に進み、女騎士とすれ違うように抜ける。
騎士殿から見れば、突然近付いて消えたように見えるだろう。
俺のその行動が予想外だったのか、周囲の人間が慌て出す。
その間も国王を見ていたが、その表情は困った顔のままだ。
「貴様っ!よくも私の剣を避けたな!!」
「……アルスル、もうそこまでにしてよ。」
振り返った女騎士が、怒りに任せて俺を背中から斬ろうとまた剣を振り上げた瞬間、困った顔のままだった国王が、穏やかに、しかしハッキリと言い放つ。
その言葉が聞こえた瞬間、女騎士はすぐに片膝をついて剣を床に置く。
「はっ!出過ぎた真似をして申し訳ありません!!
しかし、王の貴重な時間を……。」
「いいよ、僕はこの人と話したいんだ。」
頭を下げながら、それでも言い訳しようと言葉を並べ立てていた女騎士の言葉を遮り、王は改めて俺を見る。
「セーダイさん、アルスル……あぁ、そこの騎士の名前なんですが、彼女が失礼しました。
この国の人は僕の事を大事にし過ぎてくれているので、すぐに結論を出そうとする悪い癖があるんです。
何もしていないのにいきなり襲われて、命を奪われる所だったこと、本当にごめんなさい。
この謝罪、受け入れてくれると嬉しいです。」
一生懸命丁寧な言葉遣いで、でもある程度威厳を持たせなきゃ、という思いが伝わるような喋り方だ。
どうやら、善人を演じている訳ではなく、心から朴訥な善人、というところなのかもしれないな、と思えてしまい、なんとなく表情が緩んでしまう。
「いや、こういう事は慣れっこでね。
人目があってアレかも知れないが、良ければ普通に話してくれても問題ないですよ、王サマ。」
俺の返しに国王はクスリと笑う。
その表情は、青年に相応しい年相応の笑い方だ。
「助かります。
こんな格好でこんな場所に座っていますけど、本当はのんびり楽しく暮らしたいだけなんですよ。
色々あって、あれよあれよと発展して、今やこんな事になってるんですがね。」
「……のんびり暮らす……。
あぁ、“スローライフ”か!
実は、ここに来るまでの村で聞いた、“スリューラーフ”って何のことだろうと、ずっと気になってたんですわ。」
俺の言葉で、国王がハッとした表情に変わる。
何かおかしなことを言ったのかと思ったが、国王はポロポロと泣き出し始める。
それを見た女騎士は“貴様!何を言った!”と騒ぎ始めるし周辺も騒ぎ始めるしで、また一悶着発生してしまう。
「……あぁ、泣き出してすいません。
セーダイさん、もしや転生者ですかね?
良かった、僕以外にもこの世界に来ている人がいると知って、少し安心しましたよ。」
「あぁ……、いや、俺は転生者ではないんだ。
君のような転生者に会って1つのお願いをして回る、何というか……転移者?とでも言えばいいのか。」
周りに側近やら騎士やらいるが、まぁ話しても大丈夫だろう。
どうせ最後にはいなくなるのだ、この情報も、普通は信じられない。
そう思い、俺はこれまでの経緯と、“神を自称する存在”と世界を切り離し、余剰エネルギーをもらい受けている事を話した。
「……なるほど、にわかには信じ難いですが、きっとそうなのかも知れませんね。
……でも“少年みたいな存在”かぁ。
僕の時は優しい顔をしたお爺さんでしたけどね。」
「陛下!この者は陛下の境遇をどこかで聞きつけ、それを利用しようとしている悪漢かも知れません!
私に、真偽を問わせてください!!」
先程の女騎士が、何とかイチャモンをつけようと俺達の会話に割り込んでくる。
それを見て、俺は呆れながらため息をつく。
「いいか、国王様よ。
下のモンがこうして跳ねっかえるのは、アンタがこういうのを飼い慣らせてないからだ。
アンタは確かに優しい。
だが、それだけだ。
上に立つなら、自分を強く持って、決めたことを守らせなきゃならねぇ。
そうやって、自分の言いつけを守らせないから、何でもかんでもアンタがやることになるんだ。」
「貴様!国王様を侮辱するのか!?」
女騎士がまた殺気立ち、床に置いていた剣を拾い上げてこちらに構える。
周りにいる側近たちも、侮られたと思ったのか殺気が滲んでいる。
「侮辱しているのは俺じゃない、お前らだ。
なぜコイツを助けない?なぜ“代わりにやります”と言わない?
階級や王の側近になった時期が早かっただけで、何1つコイツの“スローライフ”を手伝っていねぇじゃねぇか。」
怒りを周囲にまき散らす。
こう言ってはなんだが、俺一人でこの城や兵士などは壊滅できるくらいには力の差がある。
それを本能で理解してしまうのか、全員萎縮して一歩も近付けないでいる。
「セーダイさん、そんなに皆をイジメないであげてください。
僕が好きでこうやっているだけな……。」
「お前もだ!
なぜ全部1人でやろうとする?
お前の気持ちはわかる、でもそれができるのは自分の手が及ぶくらいの、小さな集落レベルの話だ。
ここまでの規模になったなら、“信じて用い、任せる”ことができなければ、いずれ破綻するだけだ。
お前が皆を信用しないから、皆も自分で考えなくなるんだ!
お前自身、スローライフがしたいと言いながら、もっとも遠い状態になってるじゃねぇか!!」
俺に言われ、気不味そうに下を向く転生者。
彼自身、薄々気付いてはいたのだろう。
でも、それを言い出すタイミングを逸してしまっていたのだ。
「お前の理念は素晴らしい。
この発展した国を見れば、それは本当によくわかる。
一瞬、元の世界に戻れたのかと錯覚したほどさ。
でも、だからこそ、これ以上問題が深くなる前に、色々と人に任せたほうが良い。
俺が本当に伝えたかったのは、それだけさ。
ご納得いただけたかな、国王様?
納得してくれたなら、報酬として権限の一時委譲をお願いしたいね。
次の世界に行かなくちゃならねぇからよ。」
少しおどけてそう伝えると、国王は穏やかに笑う。
もう大丈夫だろう。
この世界は、きっと良い世界になる。
そうして、権限の一時委譲を受けてあの存在と世界を切り離すと、ゆっくりと足元から光に変わっていく。
「また、次の世界に行かれるのですね。
知らぬ世界へ行き、そしてまた次の世界へ、か。
異邦の地をさまようあなたに、祝福のあらんことを。」
「ははっ、“異邦人”か。
そりゃいいな、今度使おう。」
そうして、笑って別れの挨拶を告げると、光で何もかも見えなくなった。
ちょっといつもよりは早いのですが、キリが良いところなので2週間ほど夏休みをいただきます。
次回更新は7/28(火)の午前3時頃を予定しております。
どうぞよろしくお願いします。
キツそうなら、7/27中にはここ更新しますので、文字が変化してたらそういう感じでお願いします(汗)




