904:王への具申
<勢大、そろそろお昼になろうとしてますよ?>
「はいっ!資料はこちらに出来……なんだ、夢か。」
俺は上半身をゆっくりと起こしながら、布団をどかす。
いやはや、ヒデェ目にあった。
何だかやたらに文字の読み書きや計算の事を言われて、“なるほど、商人ギルドの方が割のいい仕事があるんだな”と思った俺は、そちらの仕事を試しに受けてみたのだ。
確かに破格の待遇だった。
事務仕事を1日手伝うことでバリウ銀貨2枚……簡単に言えば、一度仕事を受ければ、この国に滞在している間は普通に宿泊して観光も出来るくらいの稼ぎにはなるのだ。
バリウ銀貨1枚でディセン銀貨3枚の価値、ディセン銀貨1枚でメニ銅板30枚くらいの価値、メニ銅板1枚でアンソー銅貨10枚くらいの価値、そしてアンソー銅貨3枚で一食分の費用と考えれば、その価値はわかるかも知れない。
平均的な宿がメニ銅板2枚で一泊できるのに、更に冒険者割引がついて、メニ銅板1枚で泊まれるのだ。
よっぽどの豪遊をしなければ、普通に観光を楽しめる。
ただ、その分仕事量がえげつなかった。
全てが国王向け許認可の解説、移住希望書類の清書などが主な仕事なのだが、とにかく量が多い。
ちゃんと文字が書けて計算もできるという事で、ギルドの人間も大喜びで俺に仕事を押し付けてきていた。
追加料金やら報酬を出すからと、丸2日にわたり監禁され、書類の束と延々格闘していた。
流石に途中で断ろうかとも思ったのだが、“これで1週間ぶりに家に帰れる!”と泣きながら帰宅準備をしているギルド員の姿を見て、何も言えずに他のメンバーも抱えていた大半の仕事を引き受けてしまったのも原因ではあるが……。
そして解放されたその日は、ギルド員全員で拍手のお見送り付きだったり、ギルド長からは“セーダイさん何とかここに勤めてもらえないだろうか?移住許可なら私が最優先で国王様に交渉するから!”と熱烈に勧誘されたが、流石にこの地に骨を埋める気はないので丁重にお断りさせてもらった。
「……しかし、やっぱり異常だよなぁ?」
<そうですね、昨日までの勢大の作業を確認していましたが、全ての書類が最終的に国王の承認を必要としているようです。
通常、各種大臣や権限を移譲された者が最終承認となるはずですが……。>
まぁ、帝政ならそういう事はあるだろう。
しかし帝政だとしても、皇帝が選んだ複数の人物に権限を与え、そいつに承認させるはずだ。
そうしなければ、社会は回らない。
「いってみりゃ、ワンマン経営企業の社長みたいなもんなのかなぁ?」
<そうですね。
しかも、それが通用する中小企業規模でのやり方、と言えるでしょう。
この国は、規模が既に大企業のソレです。
このやり方では、破綻するのは目に見えていますね。>
やれやれ、と、ため息をつく。
しかもたちが悪いことに、国王は全国民から支持されているくらいには善良なのだ。
民のため、国のためと、何かあればすぐに駆けつけるフットワークの軽さも人気の理由の1つらしい。
ただ、フットワークが軽ければ軽いほど、他の仕事が溜まっていく一方だろうが。
「手っ取り早いのは、何か良いアイデア的なモノを持っていく、なんだろうけどなぁ。」
もはやこの世界がどうこうよりも、国王……恐らく転生者の身が心配になってきていた。
既に限界点は突破しているだろう。
遅かれ早かれ、国民から不満が噴き出ることになるはずだ。
<それなら、この国を覆う魔法防御のエネルギーに関しての提案、というのはどうでしょうか?
昨日の資料の中で、防御壁のエネルギー補給を国王に依頼する文章が紛れていました。
あれを国王自らが受け持っているようですので、そちらの改善という名目なら食いつくのでは?>
流石マキーナ、いや、マキーナ先生と呼んでいきたい。
俺が心を無にして作業していた書類を、しっかり読み込んでいたらしい。
<先生ではありません、私は勢大を守る意志ある鎧、マキーナです。>
まぁそんな些細なことはどうでも良い、俺はさっそく冒険者ギルドへ行き、すぐに受付にある“国王への意見具申書”に書き込み、受付嬢に渡す。
彼女は目を輝かせ、“いいですね?くれぐれも可愛い受付嬢ギネビアの名前を出してくださいよ!”と強く念押ししながら、ウキウキとした表情でその書類を上司へと持ち込んでくれた。
そうして翌日には、早速王宮から呼び出しの連絡が来ているところを見ると、本当にフットワークが軽いらしい。
滞在最終日に国王と会うに向けて、ギネビア嬢から様々なマナーやしきたりを教わり、そして彼女を推薦する口上をきっちり一言一句間違えないようになるまで叩き込まれた。
「して、その方の身分と今回の意見具申の内容を説明し給え。」
「はっ、私めはここから山3つ越え、海を越えたさる東の貴族に仕えております従者、セーダイと申します。
故あって仕えている御方のお名前は申し上げる事は出来ませぬが、その御方より“西の文化、文明を見聞せよ”と命を受け、こちらを観光させて頂いておりますれば!
こちらの御国にて、我が知識が役立てばと、恐れながら具申させて頂きました次第にございます。
先日、商人ギルド様にてお手伝いをさせて頂きましたところ、こちらの御国では全て国王様が魔力を注ぎ魔法防御壁を維持していらっしゃると伺いまして、より効率的な維持の仕方をお伝えできればと!
そのような次第にございます!」
辺境に飛ばされた魔術師で、よくわからない単語を唱えながら嬉々として向かい、次々と開拓して国を広げた男。
その割には痩せていて、あまり血色の良くない顔色をしている。
だが、本人は至って楽しそうに、俺が何を言うのか楽しみという雰囲気の、期待を込めた眼差しで見つめてくる。
ただ、周囲の側近──皆、グラマラスで、痴女みたいな格好をしている美人ばかり──が、冷たい眼差しを向けている。
このやり取りも、報告と言うよりは詰問と言ったほうが合っていると思う。
とりあえず俺は、考えたのは殆どマキーナだが、この国の魔法防御壁術式の簡易化と増幅化、それによりある程度の魔力を持つ魔術師がいれば国王に頼らなくても良い方式、を、説明する。
国王は嬉しそうな表情を見せていたが、側近らしき女騎士が怒りをあらわにする。
「貴様!王の崇高なる御業を侮辱するか!?
そのような発言、王が許しても私が許さん!!」
随分と血気盛んなようで、すぐに抜刀してしまう。
周囲も、慣れたもののようで誰も騒がない。
“面倒な事になったが、こっちの方が手っ取り早いかもな”と俺は思いながらゆっくりと立ち上がる。
これまでは、それで通用したのだろう。
だが俺は違う。
“かかってこいよ”と、人さし指をちょいちょいと曲げて女騎士サマを挑発すると、より一層顔を真っ赤にしてくれた。




