900:人としての願い
「あの子はね、元々は“日曜日”なのさ。
……いや、“だった”と言うべきかな。」
笑みを浮かべながら、しかしどこか寂しげな表情のセントラル。
俺はその顔が気になって、構えを解くともう一度椅子に座り、顎で続きを促す。
「あの子はね、ボク等の中で一番年若かった。
だからなんだろうねぇ。
“自分ならあの御方の後を継げる、いや、もっと上手くやる”と、言い出してしまったのは。」
過去を思い返すように、何もない暗闇を見上げる。
まるで、その方向にあの少年がいるかのように懐かしみ、そして目を閉じる。
「だから、ボクはそれを利用した。」
もう一度目を開けて俺を見た時、その表情に悪意が混じっていると感じさせる、そんな笑みを浮かべていた。
「“あの御方”無しでは世界は回らない。
“世界を調整する役”が必要だからだ。
既に数億を超える宇宙は生まれていた。
わかるかい?君がいた世界と全く同じ状況、全く同じ規模、全く同じ空間が数億存在するんだ。
いや、全く同じではないかな。
1つの“原典”が存在し、後は“複製品”が数億ほど、だけどね。
君はその、“原典”から来た人間だよ。」
『……よく、わからないな。
なんでそんなコピーを作る必要がある?
オリジナル?というのがあれば十分じゃないのか?』
思わず口を挟んでしまう。
1つのしっかりした世界があるなら、それで十分ではないのか?
それを、何故わざわざコピーを大量に増やして、管理を面倒にしているのか。
「君は、“パラダイムシフト”という言葉をご存じかな?
アレを“あの御方”は“ルール改定”と呼んでいたがね。」
パラダイムシフト……確か、時代の大転換点というか、価値観がそれまでのモノから大きく変わる現象に名付けられた言葉、だったような気がする。
天動説から地動説へ、人力から機械への産業革命、そういうこれまでの常識を大きく覆すような事象が起きた時に、後にそう呼ばれ……。
『もしかして、その複製品で発生した偶然の事象を、原典にも適用したのか?』
青年は、これまでのような皮肉めいた笑顔ではなく、目を丸くしながら“心から驚いた”表情で俺を見つめる。
「これは驚いた……、それなりに察しの良い生徒と話すと、実に話の通りが良くていい。
だが“適用した”は少し惜しい。
正確には“移植した”だね。
平行世界を無数に存在させている理由はそこだよ。
原典ではまだ時間がかかるような事象や進化も、平行世界では先にブレイクスルーを果たす瞬間がある。
そういうモノを原典に移植する事を、我々は“奇跡”と呼んでいる。
“あの御方”は、そうして原典の世界を大切に育てていらっしゃったからね。
その後の僕等も、同じようにしていたさ。」
『……移植なら、複製品の方はどうなるんだ?』
何となく、嫌な予感はした。
複製はしょせん複製だ。
とは言え、そこには紛れもない進化した世界があったはずだ。
俺は少しだけ足に力を入れる。
返答次第によっては、この椅子から飛び出し、あの車椅子の青年に殴りかかるつもりだった。
「……嫌なことを聞くね、君は。」
ただ、予想に反して、教壇でこちらを見る青年は少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。
憐憫、悲哀、自己正当化、そういった感情が渦巻いているように見える。
「仕方のないことだ、とは、言い切れない。
でも、“あの御方”は、そうしていた。
なら、“あの御方”に生み出されたボク達は、その意志を途絶えさせないようにするべきではないかな?」
足の力を抜く。
これが、俺がもう少し若ければ。
もう少し俺の考えが青かったら。
すぐにでも“それは違う!”と怒鳴り、掴みかかって殴り飛ばしただろう。
だが、そうするには歳を取りすぎている。
創造主がいなくなり、見てきたこと、与えられたことに盲目的に従ってしまったからといって、彼等を悪とも、そして善とも判断できない。
それなりに、彼等だって苦労したんだろう。
これからどうやって生きていけば、と悩み抜いた末の行動なんだろう。
俺は神様なんかじゃない。
コイツを裁く必要もなければ、事の善悪を押し付ける立場にもいない。
<本当に、それが貴方の答えなのですか?>
マキーナが、珍しく咎めるような口調で俺に問う。
『そうだマキーナ、これが俺の答えだ。
俺はここに、世界の善悪の討論をしに来たわけじゃない。
元の世界に帰るエネルギーを貯めたついでに、事情を知ってそうな奴の招待に応じただけだ。』
「マキーナ、というのか。
お仲間は異論を挟みたいようだけど、それでいいのかい?」
青年には、まぁ、この超常的な存在には当然マキーナの声は聞こえるらしい。
俺が頷くと、青年は少しだけホッとしたような、どこか寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに真顔に戻り、ポケットから1枚のコインのような物を取り出す。
「これが、君の求めているメダルだ。
これと、他の異世界から得た座標があれば、正確に“原初の混沌”の座標にたどり着ける。
これまでの複製世界にもその座標は埋まっていたが、その行き先は完全ではない。
そしてこのメダルもまた、完全な座標を示してはいない。」
やれやれ、これまでの無数の旅がただのエネルギー集めの単純作業と思わなくて済むのか、そんな事を思いながら、放り投げられたメダルを受け取る。
<システム、バージョンアップしました。>
受け取ったメダルは、即座に手の中からマキーナに吸収されてしまう。
しまった、コイツメダル食うんだった。
<食べるとは失礼な。
こうして、メダル内に内在しているエネルギーと情報を毎回読み取っているだけです。>
あ、そうなん?
今まで勝手にメダルを食べてたから、これが主食なんだと思ってたわ。
「さて、事情は話したが予想に反して断罪はされなかった。
そして、今の君にはあの子にもう一度“奇跡”を使わせる為のエネルギーを集め終え、そして間違いなくあそこへ辿り着けるだけの道しるべを得た。」
青年は両手を広げ、妙に芝居がかった台詞回しで俺に語る。
すぐに嫌な予感が俺の頭の中に巡る。
もしかしたら、今渡したメダルには何かしらの細工がされていたのではないか?
もしかしたら、ここから戦って行く資格があるか試そうと言うのではないか?
そう感じ、立ち上がり構えを取るが、そんな俺を見て青年は笑う。
「いや、いや、いや。
物騒な事じゃないんだ。
ちょっとお願いがあってね。」
その雰囲気に、嘘は感じられない。
改めて変身を解くと、元の俺の姿になって青年を睨むが、物怖じするような気配もない。
「……お前が勝手に話すだけなら、そしてそれを俺が聞くだけなら。」
俺の回答に、気を良くしたようだ。
うん、うん、と頷きながら、先ほどのスクリーンに1人の女性の姿が映し出される。
「彼女が今、どうなっているか見てきてほしいんだ。
これはあの御方や土曜日としてのボクの役目から来る話でも何でもない。
ただ一人の、“かつて人間だと思っていたボク”の、個人的なお願いだ。」
そう告げる青年の顔は、これまで見せてきたどの表情よりも自然で、そして人間らしかった。
「神だの悪魔だの、天使だのお役目だの、そういう理由があるなら断ろうと思った。
だが、人として頼まれちゃ、断れねぇな。」
俺の旅が、また始まる。




