899:はじまりの7人
「やぁやぁ、階層守護のモンスターを倒したんだね、おめでとう。」
暗闇を越えると、どこかの大きな講堂?のような場所に出た。
横長の大型ホワイトボードが2枚、縦に重なるように並んでいる前には教壇。
その教壇にはスタンドマイクが設置されており、語りかけてきた男の声を拾い壁に設置してあるスピーカーから聞こえている。
ひな壇のように並んでいる席には、誰も座っていない。
俺はゆっくりと一段一段降りていくと、教壇のど真ん中、中心も中心の席に腰を下ろし、深く座ると腕を組む。
『はじめまして、か?
或いはまたお会いしましたね、でいいのか?』
-え?どゆこと?-
-オッサンの知り合い?-
-何その挨拶?-
コメント欄が混乱するのも無理もない。
コイツは10階層で出会ったあのレアモンスター。
いや、それを操っていたヤツなのだから。
「おやおや、つれない返事だねぇ。
それよりも君はどれだけの世界を渡り歩いてきてしまったんだい?
ボクの読み取り機では、流石に計測しきれなかったよ。」
返事をする気はない。
ただ腕を組んで黙り、教壇にいる男を見下ろす。
教壇の陰になっていてそれまでは解らなかったが、スタンドマイクからマイク本体を抜き取り、教壇の横に移動した時にそれに気付く。
両足が膝から下がない。
車椅子に乗って移動していたのだ。
ただそれ以外はどこも不調がなさそうな、金髪で青い目、くたびれた薄水色のワイシャツを着たその男は、確かに若い大学教授か、どこかの講師のようにも見えた。
「色々と説明する前に、残念ながら無料放送はここまでだ。
次にボクの姿が見たいなら、アーカイブで確認するかちゃんと資格を持った探索者と来なさい。」
そう穏やかに言うと、青年は指を鳴らす。
次の瞬間、軽い爆発と火花を散らし、ドローンが床に転がる。
『……おまえが、“セントラル”とやらか?』
黒い煙を吐きながら地面に転がるドローンを一瞥し、俺は青年に向けて呟く。
物理的な距離はあるように見えるが、どうやら関係ないらしい。
俺の問いに青年はニッコリと笑う。
「そうだよ、ボクが“セントラル”だ。
それにしても驚いたよ、全ての“僕達”と出会い、まだ生きている人間がいるなんてね!」
本当に凄いことだ、と、身振り手振りを交えながら大げさなジェスチャーと共にそう言う彼に、他意を感じない。
心からそう思っているようだ。
『感動しているところ悪いんだけどな、俺としてはいつまでもここにいる意味がない。
既にノリヤスからは権限の一時的な移譲は受けている。
あの、“神を自称している子供”との接続を切って、サッサと次に行きたいところなんだ。
要は、“御託は良いからサッサとメダルを寄越せ”というところなんだが?』
「いや、いや、いや。
少し待ち給えよ異邦人君。
君はこのメダルが何なのか、そして私達は何なのか、知りたくはないのかい?」
“別に”と、ため息交じりに返答する。
推測はある。
マキーナの見立てだと、このメダルを集めればあの神を自称する少年がいた、“原初の平原”なる場所に行けるのではないか。
その正確な座標を示す鍵となるものではないか、という推測だ。
ただこれはあくまで推測であって、事実ではない。
このセントラルと言う名の青年?から語ってもらえるのが本当は一番良いが、ここで素直に教えを乞うのも少し癪だ。
先ほどの、俺の世界を勝手に読み取った事や、ランスの事もある。
この存在は、どこか信用を置きたくなかった。
「おや、今度の生徒は酷く頑なだな。
性格もやはり悪性が強い。
それでは、“あの方”には到底なる事は出来ないだろうね。」
肩をすくめ、ため息をつく青年に苛立ちを少し覚える。
『“あの方”ってのは、あのガキの事か?
あんなのを崇拝しているって事は、お前は俺の敵なのか?
それなら俺は別に悪でいい。
今すぐブチのめしてやろうか?』
そう言うと、俺は椅子からゆっくりと立ち上がる。
構えようとする俺を、青年は苦笑いしながら手で止めるような仕草をする。
「いや、いや、いや。
あの子はそんなんじゃないよ。
君は勘違いをしている。
あの子はただの緊急措置さ。
まぁ、あの子が勝手に暴走して、その役目にハマってくれたからね。
僕等としても、ちょうど良かったんだ。」
その言葉に、何ともいえぬ嫌な感覚があった。
ただ、動きを止めた俺を、話の続きを催促しているのかと思ったのか、青年は教壇の何かを操作すると、ホワイトボードの前にスクリーンが降りてくる。
「少し講義をしてあげよう。
この世界の成り立ちと、ボク達7人の事をね。」
完全に降りたスクリーンには、真っ暗な画面が映し出される。
それはただの黒い画像ではなく、宇宙を表現したものだった。
昔々、1人の偉大なる御方が、この何もない暗闇にたどり着いた。
その御方は、最初に自らの一部を圧縮し、「光あれ」と申されると破裂させた。
次に光る塊とそうでない塊を混ぜ合わされた。
次に混ぜ合わせた中からいくつかの塊を寄せ、渦を作られた。
その次に、渦の中に水と空と大地を持つ塊を作られた。
更にその次に、水と空と大地を持つ塊に、それぞれに住む獣を作られた。
そしてその次に、獣と己の一部を混ぜ合わせ、我等を作られた。
最後に、あの御方は我等の中から後継者を選ぶ事なく、御休みになられた。
これが、大きな流れだ。
気付くと、青年がスクリーンに映し出す映像に見入っていた。
今この瞬間に攻撃されていたら、危なかったかもしれない。
それでも、無意識にというか何故だか“見なければならない”と本能で感じるような、有無を言わせぬ感覚があった。
ボク達は困った。
その時一番あの御方に近かったのはボクだが、それでも大事な事は何一つ言ってくれなかった。
そも、あの御方の名前さえ教えてもらっていなかった事実に気付いた時、ボク達は酷く落胆したものさ。
それでも、土塊から世界を創造する方法は見て学んだ。
だからボク達は、“あの御方を創り出そう”と考えたのさ。
それぞれの方法でね。
君はもう全員に会っているんだよね?なら話は早い。
イチケの奴は、“月曜日”。
様々な世界を跨ぎ、あの御方の候補を探す。
レフトは“火曜日”、そしてライトは“水曜日”。
この2人は割と性質が似ていて、似た世界の中であの御方に相応しい候補を探す。
フロントは“木曜日”。
自らを超える者を候補として探す。
リアは“金曜日”。
次代の候補となる者を見つけ、イチケに繋ぐ。
私はセントラル、“土曜日”だ。
他の曜日が推薦してきた者に最後の審判を下し、自らの手で“あの御方”を育てる試みをしている。
『じゃあ、俺が出会った“神を自称するガキ”は、何なんだよ?』
ノリヤスも、たちの悪いのに目をつけられたなと心の中で憐れみながらも、つい口を挟んでしまった。
あの子供は、神の如き力を持っていた。
それでありながら、神ではない、と言うことだろうか。
俺の問いに、青年はますます笑みを深くしていた。




