898:再会、そして決着
どこか穏やかながらも、空気は破裂寸前の風船のように張り詰める。
「シッ。」
身を深く沈め、強く引き絞った矢のように引き寄せていた穂先が、ランスが短く吐いた息と共に煌めく。
(光が)
(七つ!)
もはや、頭の中で文を構成できない。
浮かぶのは単語のみ。
ほぼ同時に、7度の突きが俺を襲う。
全ての穂先を左右の手甲で受け流し、俺も距離を詰める。
(前へ!)
槍は横に逃げられない。
そうすれば永遠に相手の間合いで、一方的に突かれるだけだ。
見切り、前へ詰める。
有利な位置などどこにもない。
常に命を的にして、死中に活を見出すしかない。
(また来……!)
本気の殺意と共に、槍の穂先が俺の喉を突き破ろうと伸びてくる。
それをまた手甲で逸らそうとした瞬間、槍が消える。
(幻影!?)
一瞬で槍は引き戻され、完全に発射体制。
『マキーナァ!』
<ブーストモード・セカンド。>
槍が俺に突き込まれるその瞬間、加速状態に入りつつ、俺の体を光の粒子に変える。
こうする事で空気すら俺の粒子の隙間を通り抜け、空気抵抗を受けることなく移動することが出来る。
俺自身も攻撃能力は失うが、今のような状況では使わざるを得ない。
「む?勢大さん、おかしな技を使うようになりましたね。」
槍を突き刺した手応えが無いとわかった瞬間、ランスは大きく後ろに飛び退き、距離を取る。
『まぁな。
伊達に死線は潜っちゃいねぇ、ってトコだ。
それよりお前、あの時はそんな技使ってこなかっただろうが。』
俺の言葉に、ランスは薄く笑う。
「そうですね。
実際あの時は“自分の技を使ってしまうと、この世界は後どれくらい保つのか?”とか考えてましたし、何より戦う気力も失せてましたから。
最初の一合で、“まぁ、この人になら殺られてもいいか”とも思いましたし。」
『そりゃ随分と買いかぶってくれたようで。
今回もそんな気持ちになってくれないかね?』
肩をすくめてそう提案すると、本当に楽しそうに、ランスは少年のように笑顔を見せる。
「嫌ですよ、せっかく貴方ともう一度戦えるようになったんですから。
今度は本気の本気です。」
今度は俺が笑う番だ。
だが、今のひと言でうっすら湧いていた疑問に、答えが出たような気がした。
『なるほど。
ただ俺の記憶を読み取った、ってだけじゃなく、俺がいた世界からも引っ張ってる、ってところかな?
お前は再転生を望まなかった。
お前の命で、あの世界を再構築したのだから。』
ランスは少し驚いた顔をしたが、また笑顔になる。
少年の笑顔とも疲れた笑顔でもない。
彼という青年のごく自然な、しかも見る者も自然と穏やかな気持ちにさせる、そんな暖かな笑顔だ。
「大体当たり、というところでしょうか。
後はこの先にいる、せっかく穏やかに混沌と1つになっていた俺を叩き起こした、張本人にでも聞いてください。」
-何々?全然話が見えないんだけど?-
-オッサンの知り合い?なん?-
-ってかメッチャ強くね、この人?-
-同じ探索者目線で言えば、最上位ランクでも厳しい?かもな-
-セーダイさん頑張って!-
チラと、コメント欄も大騒ぎになっているのが見える。
目の前にいるこの偉大な男がどれだけ偉大なのか説明してやりたいが、今それをしている時間はない。
『そうだな、そうさせてもらおう。
だが、戦う前に一言だけ。
……たった一人で世界のシステムに抗い続けたお前に、俺は敬意を持っていたよ。
俺にはそんな事は出来ない。』
ランスは一度構えを解くと、槍を立てて体の中心に持ち、背を伸ばす。
俺も合わせて構えを解いて背筋を伸ばし、両の掌を合わせて合掌し、礼を返す。
「勢大さん、どうせなら最後は前のようにいきましょうか?」
ランスが、ちょっと悪戯を思いついた子供のような表情になる。
すぐに察した俺は、小さく頷く。
「我が名はランス、ランス・プロー。
かつての英雄、この場の守護者なり。
これ以上の問答は不粋なり、我と我が槍ガエ・ブルグに勝てるなら、この先へと向かうがよい!」
ランスはそう言い放つと、礼の構えからまた深く身を沈め、槍を引き絞る。
相変わらず大層な物言いだ。
だが、そうならば、そうしよう。
『どこの誰でも無い、ただの人間。
名前は田園 勢大。
謹んで、お相手致す。』
同じく右足を引きながら腰を落とし、中段に構える。
あの時と全く同じ。
ただ違うのは、今は俺にマキーナがいることか。
「シッ!」
『ブーストモード!!』
<ブーストモード、起動。>
まるで止まったような時の中を、空気の抵抗を受けながら前に進む。
目の中の血液の影響か、視界は真っ赤に染まる。
止まったように見える世界で、一番の障害は目に見えない空気だ。
透明な粘土、或いは水飴か。
鍛え上げた筋肉で、無理やり粘りついて抵抗してくる空気を押しやり、前へと進む。
俺のこれは“超加速”であって“時間停止”ではない。
当然、ランスも俺の動きを目で追ってきている。
ただ、それに追随する筋力までは無かったらしい。
本当に一手だけ、俺の方が早かった。
槍の穂先を通り抜け、拳がランスの心臓の位置まで到達する。
「ありがとう。」
声が聞こえた気がした。
だが次の瞬間に加速は終わり、大気の衝撃音や肉を貫き骨を砕く音、そして見えない壁にぶつかる衝撃音など、様々な雑音にかき消された。
-え?は?もう終わり?-
-ごめん見えなかったんだけど今の何?-
-時間停止?-
-いきなりすごい音がして吹っ飛んだんだが-
-今のスキル?-
-もしかしてオッサン、マジのガチで強い?-
-探索者ならあれくらい余裕だろ-
-今のはオッサンの攻撃をあの槍使いが避けられなかっただけじゃん、つまりあの槍使いが弱かった、Q.E.D-
-余裕ニキ再現ヨロ-
流れていくコメントを見ながら、“わからなければそんなもんなんだろうな”と遠い目をしてしまう。
画面を通すと、そして他人事になると、いくらでも論争は起きる。
こういうのは当事者だけが理解していればいい。
それを他人に求めるのは、ナンセンスというものだ。
ランスのいた場所を見ると、もう跡形も残ってはいない。
もう少しだけ、彼とは語り合いたかった。
だが、こんなものだろう。
そういうものだ。
<ランスが吹き飛んだ先に、時空の歪みを検知しました。
どうやら次への道、のようです。>
ようやく、マキーナの検知に引っかかる何かがあったらしい。
真っ暗過ぎて俺には何も見えないが、何かがある、と言うことなのだろう。
『それじゃあ、先へ進むとするか。』
ここが何階層だろうと、もう関係ない。
ランスと再び会って、また想いを強くした。
俺は、絶対に元の世界に戻る。




