896:良くないこと
[異分子兵器の消失を確認。
世界の敵も所在消失。
我らのうちどちらかが地上に降りる必要を認めます。]
[ではベータ、あなたが陸上の捜索を。
私はこのまま上空より目標を探索します。]
ベータと呼ばれた戦闘人形は、何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに無表情に戻ると地上へと降下する。
今自分に指示を出した機体はガンマ型。
我々の上位存在となるべく、マスターの知識により最新鋭の技術で身を包んだあちらの方が、自分よりも高性能で索敵範囲も広い。
性能の低い自分が支援に回り、高性能機のガンマが地上索敵を行った方が効率的ではないか、マスターの敵である“世界の敵”相手に、非効率な戦術を組む意味がわからない。
“戻り次第、マスターに本件を報告しなければ”と考えた時に、ふと回路の一部にエラーが発生する。
「……“マスター”とは、誰でしょう。」
周辺を索敵しながらも、誰に問うでもなく1人呟く。
マスターは私達を作成した創造主。
標準体型からは大きく外れた肥満型の体型で、いつもビカビカと光るだけの剣を自慢気に持って……。
最終的には、世界の敵の中年と和睦し、元の世界に戻り……。
[エラー、強制コード発令。
マスターの為に責務を果たせ。]
外部からの強制指示により、ノイズのかかった思考がクリアになる。
そうだ、マスターのために世界の敵を倒さねば。
改めて前を見れば、フラフラと動き回る有機物ばかり。
ホバー移動するには障害になると判断、肩のビームキャノンで薙ぎ払い、道を作る。
[先ほど、白い大きめの構造物に飛び込んで行きましたね。]
ホバー移動でビームキャノンで作った“道”を通り、あっという間に到着する。
同じようにビームキャノンで建物ごと薙ぎ払えばいいと思ったのだが、先ほどの上位命令と矛盾するため却下。
探索のため、破壊された入口から侵入する。
「ホバー移動では、余計な粉塵が舞う……。
歩行モードに移行。」
静かに地面に足をつき、展開していた翼を収納する。
閉鎖空間ではガトリングガンは長すぎるが、自分の即時展開装備はこれかアームブレードしかない。
それに、先ほど見た個体は武器を所持しておらず、こちらの攻撃から逃げるだけだった。
接近戦だとしても、並の人間には遅れは取らない。
命中精度を上げるべく、両腕でガトリングガンを構えると、ゆっくりと歩き出した。
-オッサン、本当に上手くいくのかよ-
-これでやられたら逆に笑う-
-セーダイさん強いから大丈夫だよね?-
コメント欄に何とか反論したいところだが、今は大人しく黙っているしかない。
例の戦闘人形のうちの1体が、この警察署に入ってきたのは音で聞こえている。
今も、隠密行動をする気はないようで、バキバキと色々な残骸を踏み潰しながら屋内を探し回っている音が響いている。
(マキーナ、ドローンも静止させてるよな?)
<問題ありません。>
ドローンの映像が俺の右目に映る。
部屋の隅、スチールラックの上に置かれているドローンが、部屋の扉を映している風景だ。
半開きの扉からも、閃光の一部や舞う埃が見える。
だいぶ近くにいるようだ。
[……マスターの言う、“かくれんぼ”というやつですか。
無駄な事です。
私にも熱源探知その他は装備されています。
あなたの情報は先ほどの異分子兵器から共有済みです。
見つけるのは訳ない事ですよ。]
ベータの音声が、虚しくこだまする。
やれやれという表情を浮かべながら、彼女は建物内を探知する。
どういう訳だかは分からないが、熱源なし。
もうここを出て逃げてしまったのではないかと思われたが、まだ見ていない部屋もある。
壁をぶち抜いてでも全ての部屋を確認するかとガトリングガンを持ち上げかけたその時、物が動く音を感知した。
[……そこにいましたか。]
2つ先の部屋、そこから、ザリザリと壁を擦る音がした。
なるほど、ドアの裏側で隠れて、こちらの様子を見ているのか、と、理解し、騙されたフリをして返り討ちにしようと、ゆっくりと扉に近付く。
[出てきなさい。]
扉を蹴飛ばし、ガトリングガンを構えて室内に入る。
どうやら、先ほど通り過ぎた部屋とこの部屋は繋がっているようで、隣の部屋に向かう扉が開きっぱなしになっている。
“あぁ、そこか”と理解するが、念には念を入れる。
熱源を偽造しているにせよ、X線での感知からは逃れられない。
透視映像を確認すると、案の定扉と壁の間に、人間が縦にすっぽり入るような袋らしき物体が、そこに映っている。
何も知らずあちらの部屋に行こうとしたら、扉を蹴飛ばして反撃でもする予定なのだろう。
[所詮は猿知恵、と言うことでしょうか。
限られた状況の中であなたは良くやりました。
しかし、これでお別れです。]
ガトリングガンによる一斉射。
人が入っているらしき袋は、中から液体をまき散らしながら粉々になっていく様子が確認できる。
[ベータよりガンマ、目標を撃破しました。]
[ガンマよりベータ、撃破の確認を。
私もすぐに向かいます。]
戦闘人形はガトリングガンを構えながらゆっくりと袋に近付く。
銃身で少し小突き、全く動かないことを確認するとガトリングガンを下ろし、しゃがみ込んで袋をめくろうとしている。
俺は、突っ張り棒のように天井と壁を押さえていた手足を素早く縮め、自由落下しながら包丁を逆手に握る。
[あぐっ……!?]
狙いは頚椎。
落下エネルギーを乗せながら刃をうなじに突き立て、そして喉まで貫通させる。
まだ抵抗しようと動く気配を見せたので、喉から突き出た刃先を左手で掴み、半円を描くように回す。
金属の砕けて折れる音、生体部品の引きちぎれる音、吹き出る生命維持用の液体。
[ガ、ガガ……。]
ひび割れたラジオの音の様な声を上げながら、戦闘人形は沈黙した。
-うわ……-
-えっぐ……-
-まだ使える-
-機械とはいえ相手女の子よ?-
-マジか……-
-オッサン死ななくて良かったけど、これは流石にドン引き-
「そうだろうな。
これを、“良くないことだ”と認識できる君達は、ある意味でまだ正常だ。
その感性は、どうかそのままであって欲しいよ。」
ここに味方はいない。
全てがモンスター、全てが俺の命を脅かす存在。
ここは、俺の記憶を映しているのかもしれないが、俺が帰るべき世界じゃない。
だが、ここで生きている人間には、どうかそのまま、“良くないこと”に良くないと言える人間になって欲しい。
そんな事を、引きちぎった戦闘人形の首を持ちながら思っていた。




