894:記憶の寄せ鍋
「何なんだよアレ!このエリアは安全地帯じゃないのかよ!!」
<口を動かすのは後です、いいから足を動かしてください。>
マキーナに不満をたれながらも、必死に階段を駆け下りる。
もう走っているのか滑り落ちているのかわからないくらいだ。
どうやら、歩兵殺しはセンサーとバルカン砲の銃身を出し終わったらしい。
低いモーターの音が微かに聞こえてきたと思えば、まるで巨大なチェーンソーを回転させたかのような轟音が響き、周囲の階段が弾け飛ぶ。
「で、出口……っ!!」
辛うじて見えた木の扉に、体当たりをするように飛び込む。
思いっきり破壊しながら飛び込んだはずだが、地面に転がるのは俺だけ。
後ろを振り返ると、何もない空間に、ポッカリと黒い穴が浮かんでいるだけだ。
「はぁっ……はぁっ……。
危ねぇ、何とか切り抜けた……のか?」
やれやれと思いながら、額の汗を拭い立ち上がろうと正面を向く。
目の前には、2人の女の子が立っていて、俺を見下ろしている。
(……どこかで?)
片方はレオタード、いや、子供の頃に見た女の子用スクール水着のような、ピッチリした服を身に着けている。
もう片方は、ビキニ水着のように、上下分かれているやや布面積が少ない服を身に着けている。
ただ、普通の水着少女ではない点と言えば、その女の子達は両肩に金属の肩アーマー、手甲や足甲、そして、背中に翼のような大型の金属羽が装備されている、という所だろうか。
<勢大の視覚情報からアーカイブヒット。
あれは“戦闘人形”です。>
[見つけました異分子。]
[マスターの指示に従い、あなたを排除します。]
スク水少女がゆっくりと右手に持つ重機関銃をこちらに、そしてビキニ少女は右手を上げて、手甲の一部が変形して銃身を展開すると、銃口をこちらに向ける。
-おぉ!可愛い!-
-え、こんなモンスターいるなら俺も探索者になりたいんだが-
-これだから男は……-
-オッサン!1人持って帰ってきて!-
-俺スク水の子で-
-じゃあ俺ビキニの子-
コメント欄に反応している余裕など、とても無い。
反応できていたら思いっきり怒鳴りたかったが、放たれる銃弾の雨がそれを許さない。
全力で横方向に走ると、今度は廃墟ではなさそうな無数の民家が見えた。
「あそこに!隠れるぞ!!」
何かを引き裂き、へし折るような激しい音が聞こえて後ろを振り返る。
「……嘘だろ?」
先ほど空間に浮かんでいた穴を無理やり押し広げ、歩兵殺しが姿を現す。
しかも最悪なことに、戦闘人形達はそちらを一瞥もしない。
歩兵殺しの方も同じだ。
飛び出してきて周囲を索敵する時にバッチリ人形共と目が合っているが、まるで友軍と合流したかのように無反応で、並び立ってこちらへ進んでくる。
[上空から探索します、地上は任せます。]
何やら人形が指示を出しているのも聞こえる。
やれやれ、どうやら俺を倒すという目的のために、共同戦線を張ったらしい。
<猟犬の動きがおかしいですね。
ロックしていたはずなのに、まるで見失ったかのような挙動をしています。>
物陰から様子を伺っていると、マキーナが歩兵殺しの挙動が変わっている事に気付く。
「仮説としては“階層が変わったことで、情報がリセットされた”ってとこか?」
<或いは、この表示がバグを起こしている事に関係があるのかもしれません。>
俺の右目に、マキーナが画像を表示する。
先ほどの、次の階層に飛び込む寸前の映像だ。
階段とその先にある木製の扉。
そしてその上には電光掲示板のような長方形のプレートがあり、そこには赤い光で“▲來F”と表示してある。
「何だ?これ。
さっき■に、6Fとかだったよな?」
<不明ですが、先ほど勢大が言っていた“無数の異世界を取り込む”ということが影響しているのかも知れません。>
窓ガラスが割れていた民家の1つに忍び込み、何か使えるものは無いかと探す。
探しながら、これまでの情報からある程度の仮説を考えてみる。
ノリヤスの世界を再現した、51階から59階。
最初は恐らく生まれ育った場所の投影。
そこから成長した風景の投影。
段々とそれらが入り混じり、わけの分からない空間を形成し、そして最後に深層心理の世界らしき場所で、ヤツ自身の心残りである、想い人を投影してきた。
変な言い方だが、ちゃんと段階を踏んでいる。
ところが、61階からは俺の事を取り込もうとして、その内包している記憶や世界が膨大すぎて、飲み込みきれずにツギハギの世界を形成している。
今のところ、出会った敵は俺が過去に出会った敵ばかりだ。
10tAHM猟犬はロボット世界で出会った厄介な奴、戦闘人形は、思い出すのに時間がかかったが、世界を複製しきれていない出来損ないの世界で、お人形に囲まれて幸せそうにしていたオタクが転生者だった世界で出会った敵だ。
そういう意味では、本当に俺の経験を1つの鍋にぶち込んでかき混ぜ、そのまま床にぶちまけたようなもんだ。
その過程で階層分けすら出来なくなっていて、無数のエラーが発生しているのか。
そして歩兵殺しの挙動から見るに、一見すると繋がっているようなこの迷宮は、実は階層ごとに何かしらの分断が存在している?
「……だめだ、考えがまとまら……ん?何?」
-オッサン、後ろ後ろ!-
-今人影あったよね?-
-オバケ!?オバケ!?-
-大体こういう時ホラー映画なら来るよね-
何やらコメント欄が騒いでいるので、何となく後ろを振り返る。
「……い゛っ゛!?」
思わず変な声が出た。
全く気配を感じなかったが、リビングの隣、恐らくは台所だろうか。
その戸口に、虚ろな顔をした中年の女性が立っていた。
よく見れば、その右手には包丁を持っている。
「あ、あの、すいません、緊急事態でして!
その、不法侵入とか、そういうつもりじゃなくて!
あの、すぐ出てい……。」
「う゛……あ゛あ゛あ゛……。」
手元から包丁が滑り落ち、そのまま両手をこちらに突き出して、壊れかけの人形のような足取りでこちらに向かってくる。
一歩歩くごとに、その両目からまるで涙のように赤黒いものが垂れ始める。
「そうだよねぇ!ホラー映画のゾンビってこういう動きだよねぇ!!」
思わず叫びながら、中年女性のゾンビを蹴り飛ばす。
とりあえず、床に刺さった包丁を抜くと、台所の勝手口から飛び出す。
[振動を感知しました。
牽制射撃を行います。]
案の定、次の瞬間には民家に向けて鉄の雨が振り注ぐ。
クソッ、誰だこんな面倒くさい敵と戦った奴は!
……俺だよチクショウ!!




