892:ツギハギの世界
<全く、どうして勢大はそうやってすぐに重要なことを忘れてしまうのですか。>
へいへい、悪かったと思ってるよ。
とはいえ、こうしてノリヤスから権限の一時移譲も受けられたし、システムもいつでも書き換えを完了できる、結果めでたしじゃないか。
ホレ、ノリヤスの転送を見送る時ぐらい小言は中断してくれよ。
<その、“結果めでたし”になるために、私の多大なる努力があったことを忘れないで頂きたいですね。>
マキーナからの小言を聞き流しつつ、転送装置から地上へと離脱していくノリヤスを見送る。
管理局には先に連絡しておいた。
もうこれで、思い残すことはない。
-オッサン、さっき管理局の人と喧嘩してたけど、もしかしてここでタヒぬつもりかよ?-
-もう地上に戻らないってどゆこと?-
-探索者資格剥奪されてんじゃん-
そう、管理局からは俺とノリヤスが戦っている最中の事を観測されていて、色々と俺が口走った裏事情に興味を示していた。
本来であればノリヤスと共に帰還し、出頭することと言われていたが、その要請を断り、探索者資格も剥奪と脅されていたのだ。
俺がこの世界の住人であったなら、それは十分過ぎるほどの脅しになっただろう。
俺くらいの実力がある人間であれば、普通に働くより探索者の方が稼げる。
しかもこれだけ大々的に、それこそ配信中に資格剥奪されようものなら、普通の会社に就職することすら難しくなる。
息の根を止められるに等しい脅しだ。
だが、俺は違う。
異世界を渡り歩き、あの神を自称する存在との接続を切ってまわり、その時に溢れ出る余剰エネルギーを回収している異物、“異邦人”だ。
ノリヤスが言っていたことは、ある意味で正しい。
最初にあの存在が提示した条件は、俺が元の世界に戻るため、死の直前のあの瞬間に戻るため、世界のエネルギーを集めること。
神への叛意を持つ転生者の世界を破壊し完全に潰し、その世界のエネルギーを回収してくること、だった。
それに俺が従わなかったからこそ、こんなにも遠回りをしているのだ。
だが、いよいよ指定されたエネルギー量が貯まる。
多分、この世界が最後になるだろう。
ようやく、俺の旅が終わりを迎える。
「あぁ、まぁ、そうだな。
ここまで見てくれている人にはうっすら伝わってしまったかも知れないけどな。
俺は元々この世界の住人じゃないし、ここに長くもいられない。
だからまぁ、探索者という生き方に固執もしてなかったんだ。」
目で追えないくらい、矢継ぎ早に質問が書かれていく。
神はいるのか、この世界に来たのはノリヤスを殺すためなのか、世界の成り立ちとは何なのか、宇宙の先には何があるのか。
答えられることと、答えられないことがある。
ただ、その全てに対して答えてはいけない気がしていた。
宇宙の真理とは、その世界で生きる者が悩み、考え抜いて見つけるものだろう。
それにまさか、“君達の世界は嘘っぱちで、勝手に創造された世界なんだ”なんて言ったところで、誰も幸せにはならないだろう。
全ての人を幸せにすることは難しい。
だが。
多くの人が、幸せではあってほしいと思う。
俺の回答が、誰も幸せにならず不幸しか生まないのだとしたら。
それを俺が言うはずがない。
俺はハッピーエンド厨なのだから。
「さて、申し訳ないがいつここのボスが再配置してくるかわからないからね、楽しいお喋りはここまでとさせてもらおう。」
俺は下層へと降りる階段のフチに、通信ビーコンを貼り付ける。
これが役に立つのかどうなのかは知らないが、管理局としてもこの下には興味があるはずだ。
これを無下にはしないだろう。
「さて、人類史上初となる、61階層へご到着……って、何だここは?」
四角い箱をつなぎ合わせ、その内側にまっすぐ1本の道を作っている、そんな通路。
俺一人が立って歩くには十分な広さだが、人間が4〜5人並べば少し手狭に感じるくらいの通路。
そんな場所に降り立っていた。
「……宇宙船の通路が、こんな感じだったんだよなぁ。」
-宇宙船!?-
-オッサンマジで何してた人なの!?-
-元の世界の話?-
-おー、宇宙船の中ってこんな感じなんや-
コメント欄の騒ぎを見ると、どうやら通信は届いているらしい。
それを見て、“ここはまだ迷宮の中なんだな”と安心もする。
用心しながら前に進むが、本当に何もない。
ただの一本道。
しかし、マキーナの周辺探知はやはり機能していないらしい。
「……歩いていたら壁からドカーンと何かが出てくる、ビックリ箱の通路だったりしてな。」
-え-
-やめてよ、私ホラー苦手なんだから-
-出てくる時危ない!って言ってね!目を閉じるから!-
-やべぇ、ホラー大好きだからワクワクする-
コメント欄の呑気さも相変わらずだ。
こんな未知の深層にいても、こいつらはいつも通り。
そのコメントの流れにホッとしながら、俺は先へ進む。
だが、予想に反して何も起きない。
結局そのまま突き当たりの壁まで到達し、未来的な自動ドアが目の前に見えた。
「……別にキーロックされているわけでは無さそうだし、普通の、感知センサー式の扉っぽいなぁ。」
<勢大、アレはどういう意味なのでしょうか?>
扉のある正面の壁をチェックしても、別におかしな所は見当たらない。
無重力空間では重力感知式の開閉手段は使えないから、タッチパネルか人物センサー式が主力だ。
人物センサー式なら、金のかかっている高級艦によくある方式だ。
壁の中心に長方形の扉、その上に感知センサー、そして更にその上、天井近くに各フロアを表示するパネルが……。
「■7F……?どういう意味だ?」
マキーナに言われてようやく気付く。
パネルに表示されている文字がバグっているのだ。
-あれもオッサンの所の言語?-
-しかくに、ななに、えふ?なにこれ?-
-なんて書いてあるの?-
-武器庫?ねぇ武器庫はないの!?-
コメント欄をチラと見ても、どうやら意味のある何かには見えない。
「いや、今コメントで書いてくれたのと同じ読み方しか俺も出来ないな。
表示がバグってる、と見るのが正しいのかもな。」
扉の前に立つと、音もなく扉が横にスライドする。
その仕様はやはり迷宮だ。
通り抜けなければ何も見えず、一見すると真っ暗な闇だけがある。
「行ってみなきゃわからない、って所だな。」
覚悟を決めて飛び込む。
扉に張られていた闇をくぐり抜けると、そこに広がる風景に思わず言葉を失う。
「……マキーナ、状況を把握できるか?」
<計測不能。
私のセンサー上には、何もない平面としか映っていません。>
目の前に広がる風景が、ツギハギになっていた。




