890:約束
ノリヤスの大剣が、まるで宙を舞う木の葉のように軽やかに舞う。
子どもが振り回す木の棒のようにでたらめに、だが、確実に致命の威力を持ったそれが、俺を何度もかすめる。
「どうして!なんで!彼女を!!」
烈火のような怒り、般若のような形相。
ここまで豹変したノリヤスを見るのは初めてだ。
もうまともに言葉は届かない。
この動きや俺自身の体力を加味すると、多分俺よりノリヤスの方が体力の限界は早いはずだとは思う。
だから暴れさせるだけ暴れさせ、その後で諭そうかとも考えたが、ノリヤスが疲れる前にあのボスモンスターが再配置してしまうだろう。
(……とは言え、こちらの武器じゃ受ける事すら出来ねぇな。)
刀身の最も厚い部分、鎬で受けようにも、所詮は日本刀だ。
日本刀同士なら、それこそ鎬を削りながら打ち合う事も出来るだろうが、なにせノリヤスは大剣だ。
打ち合えば確実にこちらの刀が折れるか曲がるかするだろう。
<勢大、これまでの戦いで刀にはダメージが蓄積しています。
下手をすると砕けて、あなたもそのまま斬られるという想定もお願いします。>
おっと、もう少し深刻だったようだ。
とはいえ、元々刀は打ち合うようには出来ていない。
始めから鍔迫り合いをしようなどとは思っていない。
「あれは……、あれはお前の想い人なんかじゃねぇだろう?
それは、お前もよくわかっているんじゃねぇのか?」
戦いながら、精神を揺さぶるしかない。
真っ向から挑んだとして、ノリヤスに……いや、あの神を自称する少年から貰った不正能力に勝てるとは思えない。
力と力のぶつかり合いでは、確実に俺が負ける。
「違う!彼女は僕を待っていたんだ!!
ここに来る前に神様が約束してくれた!!
今度こそ!今度こそこの世界で有名になったら!
その先で彼女は待っていると!!」
脳裏によぎる、妻の姿。
俺が元の世界に帰りたいように、コイツはコイツで、いなくなった彼女を追い求めているのだ。
「しまった!?」
一瞬の感傷、思考停止。
それは、人を超えた超人同士の戦いでは致命的な隙になる。
深く踏み込んできたノリヤスの大剣を、かわすタイミングを失う。
苦し紛れに刀で大剣の軌道を逸らした結果、刀は粉々に砕けてしまった。
「はぁ、はぁ……。
ようやく、僕の武器破壊スキルが当たりましたね。」
やれやれ、ご丁寧に武器破壊のスキルまで使ってやがったか。
刀があんなに派手な壊れ方をするはずがないとは思ったが、そういう事だったようだ。
「そうだな、もう俺は武器を持ってない。
ここらで探索者同士で殴り合うのも終わりにしねぇか?
それこそ、お前にとっちゃこの先の攻略をするのに無駄な消耗しても良いことないだろ?」
「うるさいっ!アンタは本来無手格闘の方が得意だってのは知ってるんだ!!
待っててやるからあの変身をここでしろよ!
アンタを倒して、僕は彼女の仇をとる!!」
大きく息を吸い、そして吐き出す。
こんな事をしている場合ではない。
でも、もうやるしかない。
「……後悔するなよ?やれマキーナ。」
<通常モード、起動します。>
へそ下にかざした、名刺ケースサイズの金属板。
そこから光の線が俺を包み、輪郭を形作る。
線と線が面になり、面に淡い光が広がると、ラバースーツのようなモノに全身を包まれる。
肩当て、胸当て、手甲に足甲が続いて現れ、最後に髑髏の意匠を施したヘルメットが頭を包み、変身が完了する。
『どうなっても、知らねぇからな?』
加速モードを使わないレベルでの加速。
周辺の地形を無視すると、それだけで周囲が崩れかねない。
まずは様子見、と思っていたが、やはりノリヤスも転生者として能力を十分に使いこなしているからか、完全に俺の動きを捉えていやがる。
「彼女に!約束したんだ!!
“有名になったら、迎えに行く”と!!」
絶叫に近い叫び声を上げながら、ノリヤスは大剣を振るう。
振り下ろされる剣の腹に右拳の手甲を添えて、力の流れを変えて軌道をずらす。
『だがお前はそうしなかった。
多分、約束を忘れた訳ではないんだろう。
だが、世間知らずだった。
都会に飲み込まれ、夢は色褪せていった。』
右手を引き、その力の流れをそのまま肩に伝わせ左拳に流す。
体重の乗っていない、上体だけのパンチ。
それでも、ノリヤスの心にダメージを与えるには十分な威力だ。
「かはぁっ!な、何故それを……!?
いや、違う!チャンスを待っていたんだ!!
僕は……僕は……!!」
これまでの階層で見た風景。
あののどかな駅前は、生まれ育った土地なのかも知れない。
そこで“売れたら迎えに行く”と将来を約束した相手。
その後の都会の街並み。
あれは、成人したノリヤスが見た風景。
看板に映るのは願望と思い出。
……もしかしたら、登場したモンスターは、ノリヤスの心が創り出した“承認欲求”というモンスターであり、“誰にも頼れない孤独”から“見える人々全てが敵”という、心の奥底で変質してしまったノリヤスの苦しみだったのではないか。
途中から、全ての敵は俺を見てもノリヤスの名を叫びながら襲ってきた。
あれは、この男が味わってきた苦しみの一端を投影していたのではないか。
『……1つ、聞きたい。
お前があったという“神を自称する存在”は、お前に何を言ったんだ?』
立ち上がり大剣を向けながらも、ノリヤスの目の中に迷いが生じる。
“今この瞬間を狙えば殺れる”と心の中の獣が叫ぶが、そうする気にはなれなかった。
この異世界は、やはり本来は“転生者”が新しくやり直すための、苦しみを和らげる場所だ。
部外者である異邦人の俺ごときが、それを断罪していいはずがない。
「……言って、くれたんだ。
この世界で、きっと君の望むものが手に入る。
前の世界ではうまくいかなかったかもしれないけど、大変だった君には特別に転生ボーナスをあげるから、それでまた世界一有名な人気者になる夢を追ってごらん、その先に、死んだ彼女も待っているよ、と!!」
『……そうか、アイツは、アイツが。
“死んだ彼女”と、言ったのか。』
拳を下ろし、構えを解く。
『マキーナ、解除だ。』
<通常モード、終了します。>
変身が解除され、マキーナは元の金属板に戻る。
俺の姿を見たノリヤスは困惑した表情を向けている。
「な、何故!?
まだ戦闘は終わっていないぞ!!」
ノリヤスは吠えるが、俺にその気はなかった。
それよりも、今まで体験した上で知る、絶対のルールを伝える方が先決だ。
「……ノリヤス、俺は今までいくつもの異世界を回ってきた。
そこでな、1つだけ、どの異世界でも絶対に変わらないルールを知った。
……“死んだ人間は、絶対に生き返らない”んだよ。」
しかも、あの“神を自称する存在”が言った、言ってしまったのだ。
俺自身はアレを神と認めていないが、その力は神に等しいモノがある。
そういう存在が、“死”を告げているのだ。




