889:約束したのに
-音も聞こえないのここ?-
-あ、俺だけじゃなかったんだ-
-オッサンの足音も聞こえんからな-
-ヘッドホンしてると動いてる音は聞こえてるよ-
「……ん?あぁ、すまん。
特に周囲の状況を解説も何もしてなかったな。
でもまぁ、今皆が書いてくれている通りだよ。
映像やネオンの光はやたらとビカビカしてるのに、音は全く出てない。
この女の子の後ろ姿も、じっと見ていると背景の雲や草が風に揺れて動いているようなんだけど、女の子は微動だにしてないな。」
今にも向こうへ一歩踏み出しそうな後ろ姿なのに、だ。
背景だけが動いて、人物が動いていない。
それに、動きがあるなら音もあっても良さそうなものだが、それは無い。
記憶のワンシーン?或いは心象風景?
“本人でなければわかる訳がない”という当たり前の思いは浮かんでくるが、こうまであちこちに表示されていると嫌でも考えてしまう。
「あぁ、悪い、実況の途中だったな。
歩いている地面?も、硬いのか柔らかいのかよくわからない、が本音かな。
もちろん水の上や泥の上、ってわけじゃないんだが、何というか……。
そうだな、アスファルトの上なのか、硬い土の地面なのかが判別し辛い、みたいな感じかな。」
正直、それよりも地面とそれ以外の境界が見えないのが辛い。
一歩踏み出した時につま先に何か当たったとして、それが地面の盛り上がりなのか壁なのか判断がつかないのだ。
-あっち、何か光ってない?-
-そりゃ看板は光ってるべ-
-それでなくて、あそこよあそこ-
-俺の下半身からは光が出ていないが?-
-おもんないよ-
「え?どこどこ?」
コメント欄の誰かが、何かを見つけたらしい。
足を止めて周囲を見渡すが、乱立する看板とネオンの光しか見えない。
<勢大、矢印を表示します。
視聴者が言っているのはこれの事ではないでしょうか?>
マキーナが表示した矢印の方を見ると、他のネオンよりも弱い光で、長方形の立方体が存在していた。
しかもどの方向から見ても、何かしらの看板が前に見えるような、まるで隠してあるかのような配置だ。
「あ、これか。
……いや、見つけた人、よくこれに気付いたな。」
マキーナの周辺探知が機能していない以上、肉眼での探索が全てというこの状況で、視聴者が一緒に探してくれるのはありがたい。
-どういたしまして-
-いやお前は見つけてねぇだろ-
-どいたま〜-
-何か綺麗-
-言ったもん勝ち-
-何の宝石?-
-まるで水晶でできたモノリスみたいやな-
コメント欄は無邪気に活気づいてるが、俺は何となくこの雰囲気に覚えがあった。
「……入らないほうが良い気もするが、多分これが60階層、ボスモンスターのいる部屋への入口……なんだろうな。」
深層心理に眠る、心の硝子。
本当に何となくだ。
何となく、その雰囲気を感じ取っていた。
ここから先は、多分ノリヤスにとって踏み荒らしてほしくない聖域。
だが、それでも80階層へ向かわなければならない俺には通過しなければならない場所。
覚悟を決めてその透明なモノリスらしき物に触れると、予想通り体が吸い込まれていく。
-どんなボスなんやろ-
-前人未到過ぎて楽しみ-
-これマジで貴重な映像やん-
それを見ながら俺は、“やはり視聴者は気楽でいいな”と、心のどこかで羨んでしまっていた。
「待って!止めてくれぇ!!」
吸い込まれた先は、同じように真っ暗な何もない空間。
もう入ってきた入口さえも見えない。
まぁ、ボス部屋は倒すか倒されるかするまでは出ることが出来ないから、これは普通の仕様だろう。
そして声のする方を見れば、血まみれなのに自慢の大剣すら構えず、左手を突き出して何かに大声で叫んでいる姿。
そしてその対象を見てみれば、1人の少女?が宙に浮かび、凍てつくような視線でノリヤスを見下ろしている。
[約束したのに]
「ちがっ、違うんだ!!
本当は君をっ……!?」
見えない鞭のような何かが、ノリヤスを打ちすえる。
言葉を最後まで紡げないまま、ノリヤスは吹き飛び、見えない壁にぶつかり地面へとバウンドしながら倒れる。
[待っていたのに]
「……違うんだ……ゴメン、ゴメンなさっ……!!」
倒れながらも、謝罪の言葉を言い終わるよりも早くまた何かがノリヤスを吹き飛ばす。
並の探索者なら、もうとっくに死んでいるだろう。
その辺は流石ノリヤスというところだろうか。 いや、そんなことを考えている場合ではない。
「ノリヤス!何で戦わない!死にてぇのか!?」
ギリギリのところで、マキーナの解析が一部通った。
宙に浮かんでいる少女は、魔力的な力で浮いているわけではなかった。
彼女の背中から何かが繋がっていて、その後ろに目には見えない巨大な“何か”がいる。
その物体からは、同じように見えない茨のような太い鞭が無数に伸びていて、それがノリヤスを襲っているのだ。
「だって、だって彼女は……。」
「ええい、クソがっ!!」
振り下ろされるその見えない茨の鞭を、刀で斬り落とす。
成人男性の胴回りくらいはありそうな太さだったが、想像よりはすんなりと斬り落とす事ができた。
[アァアァァ!!]
「やめ!止めてくださいセーダイさん!!
彼女が痛がっている!!」
苦しんだ瞬間、追撃をかけようとする俺を、ノリヤスがガッチリと抑え込んでくる。
<勢大、あのモンスターの弱点を観測できました。>
「……だろうと思ったよ。」
マキーナの観測結果に、思わず吐き捨てる。
迷宮のモンスター、他の世界では魔物や魔獣と呼ばれることもあるが、ともかくそれら全てには必ず共通している“代償”が存在する。
例えば炎を宿す、または炎に強いモンスターは反対に水や氷に弱い。
或いは単純に力が強いモンスターは、“明確な弱点”が存在したりする。
これはボスモンスターも例外ではない。
今回の、この60階層のボスの能力を分類するならば、“力が強い”、“不可視”が大きな特徴だろう。
その代償は、“防御がもろい”であり“弱点の可視化”だ。
あの宙に浮いているように見える少女。
その首元、鎖骨のラインの中央に、光る魔原石が見える。
それが核であり、あの少女自体が弱点なのだ。
「止めて……セーダイさん……止めて……。」
ノリヤスも、もしかしたら薄々気付いているのかもしれない。
だが、奴の中の何かが、アレを攻撃できないでいる、と言うことだろう。
「……俺には。」
ノリヤスを蹴り飛ばし、距離を作る。
必死の形相のノリヤスがチラと見えたが、もう遅い。
「俺には関係ない!!」
一瞬で少女の目の前まで飛び上がり、そして胸元の魔原石を斬る。
断末魔の声も、モンスターが倒れる音も。
ノリヤスの絶叫でかき消されていた。




