888:誰もいない風景
「……そうか、ノリヤスも君達から見ると、そう見えているんだな。」
視聴者が語るノリヤスという男の人物像は、これまた混沌としていた。
視聴者を大切にする
視聴者を軽んじていて踏み台の扱いだった
実力は高い
人気や同時視聴者数にやたらとこだわっていた
嫌われるのを非常に恐れていた
視聴者に嫌われようとしているフシがあった
“人気請負人”を名乗ってからおかしくなった
初期の地道な攻略が好きだった
などなど……。
当然、探索者側の苦労や苦悩を理解していない、視聴者側からの視点だ。
そこは一方向からしか見ていない、“見ている人間それぞれに都合の良い真実”が含まれているだろう。
ノリヤスの考えを聞いていない以上、これは1つの方向から見たノリヤス像でしかない。
人間は複雑だ。
自己の視点、社会的立場からの視点、私的な立場からの視点、そして他者からの視点。
それぞれに見せる面があり、それぞれを組み合わせて初めて人物像となる。
俺が見たノリヤスは、お調子者のフリをしながら生き急いでいる若者だった。
視聴者達が語るノリヤスは、統合すると人気を第一に考えて無鉄砲な事を平気で行うちょっとお馬鹿な奴、というイメージだろうか。
多分どの視点も正しい。
だが、ノリヤスの考えがなければ、きっと俺の“何故?”は解消されないだろう。
「しかし、いい加減この風景は目がくらむな。」
ようやく59階層に向かう階段が見えてホッとする。
もう出てくるモンスターは人の形を成していない。
ただ一様にノリヤスの名前を叫びながら俺に突撃してくる、スライムから頭や手足が生えた様な肉色の何かになっていた。
そして、景色もまた。
空は七色に光り、建物なのか看板なのか分からない物体が乱立している。
しかも、まるでデジタルサイネージのように、全ての看板はノリヤスの映像を繰り返し流している。
犬と一緒に原っぱを走り回る少年、学生服を着て駅の改札を通る青年、疲れた顔をしてビルの中を通勤しているらしい青年……。
チラチラと映るその背景は、これまでの階層で見てきたモノと同じだ。
51階層からは、ノリヤスの心象風景が映し出されたものだと改めて実感する。
-この看板さ、何か変じゃない?-
-ノリヤスのナルシズム全開よね-
-今までの階層、ノリヤスの思い出なんかな?-
「……変って、何がだい?」
通信用ビーコンを壁に貼り付けている時に、ふとコメントの1つが気になり、思わず尋ね返す。
俺にはただの“ノリヤスの記憶”にしか見えない。
ヤツのこれまでの印象的な思い出が、ただ映し出されているとしか感じない。
-いや、ノリヤスばっかりだなって-
-当たり前だろ、ノリヤスの記憶なんだから-
-深読みしすぎ-
-おぬぬーの記録とか流れてないかなww-
-そこなんだよ-
コメント欄では一部下ネタでコメント削除される寸前の冗談などで盛り上がっているが、一部の考察好きにはやはり違和感を感じるようだ。
俺はそういう物好きが考察しやすいよう、ドローンを手に取り周辺の風景を写す。
「ホラ、見やすいようにもう一回周辺を見渡してやったぞ。
ここじジッとしてるとモンスターがまた来るからな。
これで地下への階段を降りるぞ。」
-ありがとう、違和感の正体がわかった-
-何に気付いたんだよ?-
-全然普通?じゃない?-
-勿体つけんなよ-
-あの看板さ、ノリヤスしか写ってなくない?-
-は?どゆこと?-
-ノリヤスを撮影してる奴の視点ってこと?-
-いや、違くて、他に誰もいなくない?-
コメントを見て、降りかけていた階段をもう一度登る。
階段の中からだけだが、改めて看板を見渡す。
本当にそうだ。
ノリヤス以外の全てが、よくわからない。
駅に入るノリヤスも、通勤しているノリヤスも、同僚らしき存在に肩を組まれて飲み屋街を歩いているノリヤスも、遊んでいる犬の顔すら。
全てにすりガラス状のモザイクでも入っているのか、ボヤけて見えない。
「……こいつぁ。」
言葉が続かない。
ノリヤスの、ノリヤスの心の中には、誰もいない。
愛するペットも、子供の時の友達も、友人も、同僚も。
あいつの中には、いないのだ。
思い出の風景のはずなのに、他人の存在が欠落している。
“人気者になりたい”という欲望。
それはつまり、自分の中に誰もいないという、心から信頼できる存在を作れなかった男の渇望なのではないか。
そう、思えてならなかった。
「と、とにかく、次が59階で、その次がボスモンスターだ。
そろそろノリヤスに追いついてもおかしくない。
もし俺が見逃していたら、悪いけど教えてくれな。」
-合点承知-
-オッサン歳だもんな-
-見つけたら教えるからね!-
-ジジイは認識力が低いからな-
-ボスどんなんなんやろ-
-お気をつけて〜-
コメント欄の視聴者も、ここまで残って見ている奴等だからか、全体的に協力的だ。
いや、俺が視聴者とコミュニケーションというか、初めて“交流”をしたからだろうか。
何となく、一体感のような空気を感じる。
「……え?」
59階層に降りて、思わず足を止めて辺りを見てしまう。
真っ暗だ。
あ、いや、完全に前が見えない訳じゃない。
やはり無数の看板が大小乱立している。
ただ、全て同じ画像。
白いワンピースを着て、麦わら帽子を被った女性の後ろ姿。
よく晴れた青空と入道雲、青々とした草が生えている舗装されていない砂利道。
後ろ手に組みながら、こちらから見て奥へと歩き出そうとしている女性。
その、全く同じシーンの画像が、全ての看板に表示されているのだ。
「……多分、女性?なんだろうけど。
誰か、心当たりある奴いる?」
-知らん-
-上に同じ-
-ノリヤス様から聞いたことないよ-
-アイツ元いた世界の話あまりしないし-
-好きな女とかなんかな?-
-母ちゃんとかじゃね?-
-そう言えば俺らノリヤスのこと、なんにも知らんな-
-むしろオッサンの方が知ってるんじゃねぇの?-
-裏では何か話してないの?-
視聴者も、誰も知らないらしい。
確かに一緒に組んだことがあるとはいえ、あの時のノリヤスは人気絶頂の売れっ子で、プライベートな会話など全くしていない。
「……いや、俺も君達と同じくらいの知識しかないよ。
アイツとプライベートな話は全くしていない。
この女性が誰なのか、俺にもわからない。」
そっと、真っ暗な中に足をつける。
黒いだけで、地面はあるようだ。
突然落とし穴があっても困る。
少しずつすり足で前に進んでいくと、何となく道のようなものがあることに気付く。
看板が乱立しているが、よく見ると人が1人分通れる幅がある。
「……モンスターも出てこねぇし、どうなってるんだこの階は?」
視聴者の気持ちを代弁するような悪態をつきながら、俺は慎重に歩を進めていった。




