885:理解の外側
「……いや、お前、自分の状況わかってるのか?
多くの人間がお前を救出するために捜索隊を組んで、こっちに向かってるんだぞ?」
努めて冷静に話そうと、怒りを抑えながらノリヤスに話しかける。
だが、ノリヤスも困惑したような、半端な笑顔を俺に向けていた。
「いや、セーダイさんこそ状況わかってますか?
前人未到の領域突入なんですよ?
しかも、ここは“僕の知ってる世界を模した”ような空間だ。
つまりここは、僕に攻略されたがってるみたいなモンなんですよ。
こんなおいしい瞬間を逃すなんて、探索者としてどうかしてますよ?」
こうまで視点が違うのか、と思い知らされる。
少しだけ、ノリヤスという男に失望に似たものを感じていた。
だが、それはノリヤスの方も同じだったようだ。
「だからお前なぁ。
多くの人達が、概念的な意味じゃなくてマジの意味で、お前のために動いてるんだよ。
今のお前の状態はわかってるんだろ?
武器や防具はまだ耐えられるかもしれないが、回復薬やら食料や水とか、足りないものばかりじゃねぇか。
さっきの回復薬はもう無いんだ。
次にお前がヤバくなっても、助けるこ……。」
「常識!常識!常識!!
アンタも!俺の行動を上から指図して!!
結局アンタも“そっち側”の人間なんだろ!!
僕みたいなトップ探索者のチャンスが妬ましいわけだ!?
そちら側のお前等と僕は違う!!
僕は!名を売るためにここにいるんだ!!」
-ノリヤスよう言うた-
-こいつアホなんじゃねぇか?捜索にいくらかかると思ってるんだよ-
-でもノリヤスくらいならその費用ポンと払えるだろ-
-喧嘩はやめて!-
-いや人命かかってるって-
-探索者の命なんて軽いもんだろ-
-ノリヤスが正しい-
-オッサンの方が正しいやろ-
コメント欄も大荒れに荒れている。
正直、何とも言えなかった。
ノリヤスの言葉も理解できる。
この瞬間、自身が完全回復していて、未踏破領域にいる。
まだやれる気持ちでいっぱいだろう。
その、“まだやれる”状態でないと救助というものは成功しない。
だが、それを理解できるのはそうでなくなってからだからだ。
先ほど、俺が奇跡を起こしてしまったのも良くなかったのだろう。
あれで、ノリヤスは調子づいてしまった。
“ここまで来れる仲間がいれば、ソイツと一緒に自分もまだ先へ進める”──そんな希望を持たせてしまった。
でも、大人として、俺は言わなくてはいけないことを言わないとだろう。
「お前の売名なんぞ知ったことか。
お前は瀕死の状態だったのを、俺に助けられたんだ。
つまりお前の実力じゃ、ここまでが限界だったんだよ。
そっち側だこっち側だと言うのは大いに結構だが、テメェの足元すら見られねぇ奴にこの先進めるわけねぇだろうが。」
“大人として”と言いつつ、我ながら大人げない言い方をしているなとは思っていた。
だが、優しい言い方ではコイツはもう止まらないだろう。
「うるせぇ!僕に指図するな!!
僕は、僕は有名になるんだ!!」
交渉決裂。
遂にノリヤスは、その大剣の切っ先を俺に向ける。
「……お前、その行動がどういう意味を持っているのか、理解しているのか?」
俺は武器を構える事なく、その切っ先を見つめる。
心の中で、急速に何かが冷えていくのがわかった。
「うるさい!
僕のことは、放っておいてくれ!!」
俺の意欲が急速に萎んだのを感じたのか、ノリヤスは背を見せて立体駐車場から駆け出す。
先ほど俺が通った橋とは反対方向の道へ向かい、建物から建物を飛び移りながら移動し、そして姿を消していった。
-あーあ-
-ってかまたノリヤスの通信切れんじゃね?-
-ごめんなさいごめんなさいごめんなさい-
-いや、まだ映ってるね-
-探索者ならこれくらいの覚悟がなきゃな-
-ノリヤスこんなバカだったんだな-
-迷惑料払えば問題ないだろ-
-オッサン、フラれちゃったね-
コメント欄の視聴者達に、何かを言う気力もない。
「あー、こちら探索者、セーダイ・タゾノだ。
管理局、先ほどまでのやりとりは見えていたか?」
-[管理局]お疲れ様です、一部始終を確認しました-
-[管理局]現時点をもちまして探索者ノリヤスの遭難救助活動は破棄し、救助隊にも撤収指示を出しました-
-[管理局]セーダイさん、ご協力ありがとうございました、あなたも以降の活動は自由とします-
コメント欄に管理局が書き込むのも珍しい。
それを見て、視聴者はまた盛り上がっているようだ。
「……やれやれ、それじゃあ俺も自由にさせてもらいますか。」
-オッサン、ここまで来て帰るのかよ-
-まぁポーション届けただけでもグッジョブだろ-
-タイムアタック凄かったねぇ-
-やっぱオッサンも探索者側ってよりはこっち側だよなぁ-
刀身の血油を拭い、鞘にしまう。
簡素な革鎧とはいえ、他にも異常がないか調べているとコメント欄も落ち着いて来たようだ。
「……俺には、君達の言うように“こっち側”だの“あっち側”だのと言うことがわからん。
別に君達も、今活動している探索者達も、それ専用の訓練を受けた戦士もしくは兵士、って訳じゃないだろう?
なら、こっちだのあっちだのと隔てること自体が俺には理解ができない。
君達だって、適性さえあればすぐにでも迷宮に潜ったら“探索者”と名乗れるんだろ?」
-それはそう-
-だから何?やれって言われてもやりたくないけど-
-親のスネおいちーです-
-早く子供部屋から出ろよ中年-
-探索者の配信とかただの娯楽じゃん-
その、“ただの娯楽”に、探索者達は命をかけているわけだ。
装備を検め終わった俺は、ノリヤスが走っていった方を見る。
何が、何がアイツをあそこまでかき立てるのだろう。
先ほど俺に見せたあの表情。
あんな風に怒るノリヤスを見たのは、初めてだ。
一緒に行動していた時も、彼のアーカイブをいくつか見た時も、あんな感情をむき出しにした事はなかった。
あれは紛れもない怒りであり、笑顔の仮面が剥がれた、ノリヤスの本当の表情だった。
「……申し訳ないが、今の俺には、ノリヤスの事も、そして君達視聴者の事も、気持ち悪いと思っているよ。
あまりにも俺の理解から外れてる。
名声のために命がけで戦う探索者も、それを娯楽として見て画面の向こうで笑っている君達も。」
手すりを飛び越え、近くの建物の屋根に飛び移る。
「それでも、ノリヤスがあぁいう行動に出た責任の一部は、俺にある。」
だから、見届けさせてもらおう。
もう手助けはしない。




