884:その先で
「……ハズレ、かな?」
モンスター共に気づかれないようにそっと近くの橋を渡りながら、立体駐車場を見る。
何か争った様子はないし、ひっそりとしていて静かなモノだ。
入り口近くには複数の歩く死体がウロウロしているが、何か目的を持って動いているようには見えない。
音を出さずに忍び寄り、こちらを認識する前に全ての首を斬り落とす。
「……まぁ、隠れているから気づかれてない、って事もあり得るか。」
上へ登るための、人用の階段だと音が立ちそうなので車用の坂道を登る。
その坂道を歩いているうちに、地面に点々とついている黒い染みに気付く。
(いや、当たりか。)
黒く見えてはいるが、その染みは血の跡だ。
モンスターは戦利品は落としても、血の跡は残らない。
それがこの世界での迷宮のルール。
であれば、そういう跡を残せるのは今この瞬間には一人しかいない。
「……よう、思ったより元気そうだな?」
血の跡を辿って着いた先。
車と車の間に、両足をダラリと伸ばして座り、腹部から流れ続ける血を手で押さえ、虚ろな目をしてこちらを見るノリヤスの姿があった。
「……ダイ、さん。
へへ……、やっちゃい、……ました。」
コメント欄の文字は読めないほどに加速している。
ただまぁ、歓喜や驚愕、そして心配の声に少しの罵声があるな、というくらいは認識できる。
「ちょうど良かった、さっき拾った回復薬があるからよ。
これ使えや。」
道具袋からボスドロップのポーション瓶を取り出し、ノリヤスに差し出す。
震える手でそれを受け取ったノリヤスは、口でキャップを開け、半分飲むと残り半分を傷口にかける。
淡い緑の光がノリヤスを包み、傷口が動画の逆再生のように修復していく。
「動けるようになるまでどれくらいかかる?」
「……多分、ご、5分もかからないかなって……。」
やれやれ、それじゃ、少しの間雑魚の相手をしてやるか。
ようやく血の匂いを嗅ぎつけたらしい、歩く死体に屍猟犬が姿を現す。
匂いを頼りにフラフラ歩いていたが、俺の姿を見つけると奇声を上げながら全速力でこちらに向かってくる。
「……あぁ、やっぱりもう走るのがデフォなのか。」
刀を肩に担ぎ、まずは飛びかかってくる犬を蹴り飛ばして粉砕する。
恐らくは犬を相手にしている隙に襲おうとして……いや、そんな頭は無さそうだが、偶然そういう連携になろうとしていたゾンビに、担いでいた刀を振り下ろす。
「さっきまでのと同じ、走るゾンビに……この階からは動物もゾンビ化してる、って所なのかな?」
仲間の雄叫びを聞いて、続々と歩く死体がやってくる。
人間型より素早く動くからか、犬型のモンスターが先陣を切って走ってきている。
「……ついでに、歩く死体の中に食人鬼も混じってる、と。」
他の世界では、食人鬼は歩く死体から一段階危険性が上がる魔物……この世界ではモンスターか、だ。
皮膚はカサカサに乾いていて骨に張り付き、おおよそ筋肉らしきモノは見えないのだが、歩く死体と違いこちらは素早い動きがデフォルトである。
また、多少知能らしきモノが復活するらしく、武器や道具も使うことがあったりする。
「とはいえ、ゾンビちゃんも走るのがデフォのこの状況だと、あんまり差はねぇなぁ。」
頭を叩き潰すか斬り取れば死ぬ。
こういう時はメイスの方が楽なのだが、無いものは仕方ない。
次々と襲いかかってくる死者共を、危険度の高い順から首を斬り落としていく。
-すっげ-
-ノリヤス様が回復するまでがんばって!-
-刀ってこんだけ斬ってると斬れ味落ちるべ-
-馬鹿だな、達人なら刃に血油をつけずに斬ることが出来るんだよ-
-嘘乙、そんなん漫画の世界だけ-
-じゃあこの状況どう説明つけるんだよ-
チラと見るコメント欄の視聴者達は、実に呑気なモノだ。
もちろん俺は達人じゃない。
刀の刃はもう血油で鈍くなっている。
それでも、鋭利な金属であることには変わりはない。
ただの力任せだ。
斬っているというより、へし斬っているだけだ。
あまり詳しくない視聴者ならば、所詮はそんなもんだ。
だが、こうして勝手に神格化され、そして探索者もその気になっていくのだろう。
「おぅ待たせぇしましたぁ!!
やっちゃいますよぉ!!」
後ろから元気な声が聞こえた次の瞬間、俺の前に黒い影が降り立つ。
手にしている大剣を横に一振り薙ぐと、まとめてゾンビ共がバラバラになっていく。
「完全復活どころか元気百倍!ノリヤス、ここに推参!!」
やれやれ、早速喧しくなった。
ただ、少しだけ安心もしていた。
軽口として言っていたが、先ほどの状態は本当にヤバかった。
これで遭難からのそのまま落命、という事にはならずに済みそうだ。
-r1000 ノリヤスゥゥゥ!生きてると信じてたぜ〜!-
-r10000 ありがとう、助けてくれて本当にありがとう-
-え、マジ生きてたのかよ-
-r500 葬儀代-
-これでミッション達成やなオッサン-
コメント欄も大賑わいだ。
途中、何か不謹慎なコメントを書いている奴もいたが、今はそれどころじゃない。
ともかく、この押し寄せてくるモンスター共を片付けるのが先決だ。
「いや〜、皆心配かけちゃってごめんねぇ!!
流石にマジでヤバいとは思ったんだよねぇ。」
俺のドローンを経由した事で、ノリヤスの方の配信も復旧したらしい。
モンスターラッシュを抜けて、一時的に安全を確保できたことで、ノリヤスは視聴者の対応を、俺は管理局との連絡を取っていた。
「いやマジでさ、セーダイさん来てくれたタイミングが神過ぎたわ!
……え?コースレコード出してるの!?マジで!?」
「オイ、今管理局と連絡がついた。
救助隊がこちらに向かっているらしいから、俺達も上に戻って合流するぞ。」
ややこしいのだが、この原初では、エスケープポイントが限定的なボス部屋にしか存在しない。
現状では、50階層のボス部屋だけがそれに当たる。
ましてや51階からここ53階までは、未踏破地域なのだ。
救助隊と言えども簡単にはここまで来られない。
なので俺達が上に登って救助隊の面々と合流し、改めてそのまま登って帰るか、50階層のボスが再設置する前にエスケープゲートを通る、再設置されてしまったならボスを大規模討伐で倒して帰る、という選択になるのだ。
「え?何でですか?俺とセーダイさんならここも攻略出来ますよ?」
無邪気に笑うノリヤスの顔を見て、俺の表情は自然と険しくなっていった。




