882:声の向こうで
「次から……次へとッ!!」
狙って一撃で首を斬り落とし、一方向からの攻撃以外はさせないように動き回る。
歩く死体自体には、抵抗感も倒すことへの罪悪感も無い。
以前、ゾンビハザード系の世界も体験したことがある。
“人間”をより強く意識させる見た目だろうと、それを斬ることに慣れすぎてしまっているのだと思う。
或いは俺の心の内側にある“獣性”が、強くなっているのかも知れないが。
「それでも、あの世界だってゾンビは歩いてやってきたってのによぉ!!」
個人的な主観だが、“走るゾンビ”には、人類は絶対に勝てないと思っている。
相手は身体が壊れようがお構いなしに全力を出し続け、それでいて疲れを知らない。
俺とて、全力で戦い続ければ数日でこの世界から消失してしまうくらいのエネルギーを消費する。
対する相手は肉体の損壊などお構いなしで動き回り、力だけなら上位探索者クラスだ。
足を止めて攻撃を受け、拮抗することも出来ない。
仮に一撃貰えばその分動きが悪くなり、無数に振り注ぐ追撃を許すことになる。
つまりは、活きのいいゾンビは“複数と戦った瞬間負け”というくらい、ハードなのだ。
<正面道路上が一番手薄です。
突破するならば、そこからしかありません。>
「わかった!押し通る!!」
多少の無茶ならば、防具が防いでくれる。
そしてこの世界はマキーナがちゃんと機能している。
噛まれて感染、そしてあちらの仲間入り、などということは無いだろう。
まぁ、それを試す度胸はないが。
<勢大!抜けた先に3体の動体反応!
ただし、その先に地下へと続く道があるようです!!>
そいつぁ何ともありがたい。
マキーナの誘導に従って、走りながら目の前の3体のゾンビを蹴り飛ばし、タックルで押し飛ばしながら走る。
見たところ、何もない古びたアスファルトの地面に、唐突に地下鉄入口のような下りの階段が見えた。
あんな位置にあったら車は通れないな、と妙な感想を思いながらも、滑るように階段に飛び込む。
「どうだ!?降りてくるのは何体だ!?」
<いえ、探知不能です。>
階段の踊り場から入口を振り返ると、外の光りは確認出来るのに、人影らしきものは確認出来なかった。
先ほどまで全力で追ってきた奴等が、入口になだれ込んでこないはずがない。
だが、俺の想像に反してなだれ込んでくるゾンビはいない。
まるであの入口を越えた瞬間、俺などいなかった、かのような静けさだ。
<戻って、確認してみますか?>
「いや、戻るのは止めておこう。
……そうだ、配信状況はどうなってる?」
そういえばと、ふと配信画面を見るとノイズが混じっているが、ギリギリ通信は繋がっているようだ。
とりあえずと、踊り場の壁に中継ユニットを貼り付ける。
-お、画面安定した-
-あれ?モンスターラッシュは?-
-おっさんさっきヤバくなかった?-
-そこどこ?-
どうやら、飛び飛びの映像ながらさっきの一部は見えていたらしい。
俺は簡単に説明すると、51階に関しても内容を確認したが、どうやらノリヤスがいなくなった53階までは同じような風景で、同じように全力疾走してくる歩く死体がいるらしい。
「……うへぇ、めちゃくちゃダルい奴だな、それ。」
とはいえ、先に進むしかない。
覚悟を決めてゲートを通ると、先ほどと完全に同じ風景が広がる。
年季の入ったアスファルト、くたびれたコンクリの建物。
慌てて先ほどの老婆がいた位置を見るが、そこには誰も……いや、何もいない。
-ここ、建物の中にびっしりいたよ-
-でもノリヤスは後ろの駅?っぽいところに入ったよね-
-あ、確かに-
-めっちゃ歩く死体ウジャウジャいたよね-
-そういや何か馬のゾンビもいたよね-
コメントを見ていて、あぁ、なるほどと何かピンとくるものがある。
多分、ここが俺の知る世界を模しているのだとしたら、この近くに競馬場があるはずだ。
駅の中に戻れば地下道から行けるはずだが、地下道……地下道か。
<勢大の想像通りではないかと思います。
外におらず、屋内にいるとなれば、そこは彼等の格好の待機スポットでしょう。>
だよなぁ、とため息をつく。
幸いにして外には出てこないというのであれば、地上から向かう方が賢明だろう。
「しかしノリヤスは、なんでそんな所を通ったんだろうな。」
-何かやたらと自信満々だったな-
-何か言ってたけどグルってて聞こえなかったんだよね-
-生まれがどうとか言ってなかった?-
-わがんね-
ついマキーナに問うつもりが、声に出して言ってしまったらしい。
ただ、幸い視聴者達に問う内容にも聞こえたため、俺の発言に一生懸命記憶を思い出して答えてくれる。
何というか、不思議な感覚だ。
そのコメントを書いているのは一人一人の人間なのだが、視聴者の集合体というか、1つの大きな塊というか、おしゃべりなマスコットと共に進んでいる、という感覚になってくる。
俺の言葉に一喜一憂し、時に口が悪く、時に一生懸命に言葉を紡いでくれる。
それを、何となく“可愛らしい”と思ってしまう自分がいる。
まるで……。
<私のようだ、と言ったら、怒りますよ?>
おっと危ない。
この考えは忘れよう。
ただ、視聴者を可愛いと思う気持ちは事実だ。
なるほど、命のやりとりを配信するというのは正気の沙汰ではないと思っていたが、この文化のこともほんの少しだけ、わかった気がする。
勇気づけられるのだ。
ささやかな気遣いの言葉が、茶化して笑いに変える言葉が、取りこぼした戦利品を気にする言葉が。
少しだけ、俺の足取りを軽くしてくれる。
「……とはいえ、やっぱり正気の沙汰とは思えねぇがな。」
元の世界の記憶を頼りに、競馬場を目指す。
少し大きな建物は見えているから、多分あっちの方向に進めばいずれたどり着くだろう。
<勢大、動体反応あり。>
マキーナの警告が表示した方向を向くと、歩く死体が1体、全力でこちらに向かってくる。
ただ、何か叫び声を上げているようだが声は出ておらず、日の光に当たると全身が一気に燃え広がり、こちらにたどり着く前に炭のようになって手前で崩れ落ちる。
「なるほど。
この階層のヤツは、弱点属性付きか。」
それなら話は早い。
どうせ迷宮の中だ。
現実ではできないことを、やってやろうじゃないか。




