881:懐かしくて、おぞましい
40、50階層のボスまでは特筆すべき事がない。
各フロアをすり潰すように走り抜き、出てきたボスモンスターも鏖殺していった。
あ、いや、地味に特筆するとしたら、37階と38階が不規則の影響か、階段を降りたらすぐ目の前に次の階層への階段があって、ちょっと笑っちゃったくらいだろうか。
これにはコメント欄も“なんか知られてない不具合利用じゃね?”等と騒いでいたが、それを検証する暇は無い。
俺としては、本当に偶然そういう地形に生成された気はしているが、ただの体感だから証明のしようがない。
そうだ。
もう1つ、こちらは割と致命的な情報があった。
メイスが折れた。
幸い、まだ刀は健在なので戦えるが、打撃武器が無くなったのは少し痛い。
刃毀れを気にせず振り回し、ぶっ叩ける武器というのは実に便利なのだ。
刀は確かに強いのだが、振り回すには気を使わねばならない箇所が多すぎる。
剣術同士の戦いならいざ知らず、モンスター相手に振り回すには、やはりこの武器に精通している達人でもなければ不便なのだ。
「さぁて、ここからが
前人未到の、いや、ノリヤス氏がいるかも知れない未知のエリアに突入、というところなんですが。
……|視聴者の皆さん、ノリヤス氏の配信で51階層から先はどんな感じでした?」
-すげぇ……-
-あの50階層のボスが……-
-え?ここまで2時間ってマ???-
-この後のエリアで、ノリヤスの映像飛び飛びになったよな-
-ボスドロップ拾えよ-
-ノリヤス様、街みたいな所に出たって言ってたよ-
-救難信号だ!って言ってたよね-
-メイス無くしたの痛くね?-
-ついに刀さばきの真髄が!?-
-ボスドロップ拾わんの?-
ボスモンスターが再配置するまでの間、休憩がてらにコメント欄にこれから先の情報を確認する。
次はまた、例の空中エリアみたいに空間そのものが変わってくる、と言うことなのだろう。
「あー、ハイハイ、ボスドロップね、拾いますよ。」
何だかコメント欄には、ここに来るまで全てのドロップを無視して進んでいる俺の事に、かなりイライラしている視聴者もいるようだ。
やれやれ、実際に戦いを進めているのは俺なんだがなぁ、と思いながらも、まぁ良いかとドロップ品を拾いに行く。
-なんだよ、やっぱ極大回復薬かよ-
-いやこれ1つで数千万するやん-
-さっきの40階層でもドロップしたのに-
-マジで!?そんなん無視したのかよこのオッサン!?-
-はぁ!?-
-[このコメントは運営によって削除されました]-
-うわもったいな!-
何だかコメント欄が賑やかだが、それも“見てる側の余裕”というヤツなのだろう。
金も大事だが、それとて“生きて帰れれば”だ。
ウン千万する希少な回復薬よりも、今の俺には数万のメイスを失った方が遥かに痛い。
「ハイハイ拾いましたよー。
それじゃ、再配置前に51階層に潜りましょうかねー。」
ボス部屋の奥にあるワープゲート、そこを通り抜ける。
事前のコメント欄からの情報では、現代的な街並みだがどこだか解らない空間、と言うことらしい。
ノリヤスは53階層まで進んでいたらしいが、全て似たような景色で、51階層から映像も音声も途切れ途切れだったという。
しかも53階層で配信が切れる直前、ノリヤスは“救難信号を拾ったから、探索を止めてそっちへ向かうね!”という言葉を最後に、画像も音声も止まったらしい。
ここからが本番だ。
気合を入れ直し、ゲートを通ると、事前情報通りの街並みが現れる。
「……コイツは、何の冗談だ?」
元の世界。
アスファルトに覆われた地面、そしてくたびれたコンクリの建物。
道路標識も、日本語だ。
どこかのどかな、それでいて懐かしい地方の駅前。
そんな雰囲気を感じる。
-ノリヤスの配信で見た景色!-
-道とか建物は似てるのに、文字が全然読めないんだよね-
-ここなんて異世界?-
コメント欄を見て、あぁそうかと理解する。
確かにここは俺の世界だが、コイツ等には逆にここが異世界なのか、と。
(いや、元の世界とも考えづらい。
もしかしたら、俺のイメージ?いや、それならノリヤスと同じ風景というのはひっかかる……。
いや、ノリヤスのイメージする風景、なのか?)
周囲を改めて見る。
通り抜けたゲートを振り返ると、そこは駅の改札のようだ。
緑と銀の改札機が、人もいないのに光を放っている。
前を見れば無数の自転車が並んでいる自転車置き場、その左側に緑と青のカラーが目立つコンビニ。
足元はくたびれたアスファルトの灰色が、年季を感じさせる。
「……何でこんなに、人の気配がしないのに生活感があるんだろうな。」
-気をつけて!ここ歩く死体だらけだったよ-
-またあのキモい映像見ることになるのかよ-
-怖い画面になったら目を閉じるから!大丈夫になったら大丈夫って言ってね!!-
-大丈夫だよ(悪魔の笑み)-
コメント欄を見ると、どうやらここの主力は歩く死体のようだ。
やれやれ、こういう初めてのエリアでは、どんな敵が出てくるのかワクワクするのも探索者の楽しみの1つなんだぜ?
まぁ、そんなことを言っていても、死んでしまえば元も子もない。
全体の地図は使えないが、先ほどまでと同じように、歩き回ればマップは埋まる。
そうでなくても地下への階段を見かけたらそのまま入ってしまえば良いだけだ。
<勢大、早速のお客様のようですよ。>
マキーナの動体反応に引っかかるものがあり、そちらを振り向く。
そこには、少し大きめの日除け帽を被りハイカラな身なりをしたお婆ちゃんが、曲がった腰でシルバーカーと呼ばれている手押し車を押しながら、ゆっくりゆっくり歩いてきている。
「人間……じゃなくなってるよな、ありゃあ。」
ワインレッドのハイカラなワンピース、と思ったが、それはただ血で汚れているだけだ。
よく見れば、右肩がごっそり無くなっていて、白い骨が突き出しているのが見える。
「……ォォオオオォォ!!」
老婆とは思えない声量で絶叫すると、手押し車を蹴り飛ばしてこちらに駆け出してくる。
「オイオイオイ!マジかよ!走る系かよ!!」
向かってくる老婆だったモノの首を、刀で両断する。
それは生きている人間の首を斬り落とした時と同じように、“パン”と音を立てて切り離され、そしてまっすぐ上に飛んでいった。
頭を切り離された胴体は、数歩よろめくように歩いた後でどさりと地面に倒れた。
「いわゆる“普通のゾンビ”と同じように、頭をロストすれば倒せるんだな。」
<勢大、確認と検証は済みましたか?
先ほどの雄叫びによって、こちらに接近してくる物体が多数あります。>
マキーナに言われるまでもない。
まるで波音のようなザザザ……という音が、俺に向かって近付いているのを感じ取っていた。




