879:建前の向こう側
「さぁて、久々の原初だな。」
幾重にも張り巡らされた高い防壁を見上げながら、俺は一人呟く。
複数ある防壁の間には迷路のようにあちこちに扉が設置され、まっすぐ迷宮にはたどり着けないようになっている。
それというのも、かつてこの迷宮が発生した当初、入口から大量のモンスターが大挙して押し寄せ、その当時近くにあった王都を半壊させたのだという。
その時の教訓から、迷路のような防壁を作りすぐにはモンスターの軍勢がたどり着けないようにした、らしいのだが、今や探索者にとっては、迷宮入口まで遠回りさせられるだけの、“不便なアトラクション”と揶揄されていた。
(それくらい当時は恐ろしい思いをしたか、あるいは“今もまだ何かを警戒中”なのかもなぁ。)
長い迷路を抜け、ようやくたどり着いた迷宮の入口を見上げながら、俺はそんな事を考えていた。
未だに攻略者がいない、底の見えない迷宮。
まぁ、王家としては警戒し続けたくなるだろうな。
「おぉ、間に合った間に合った。」
後ろからゼェゼェという息遣いと共に、聞いたことのある声が聞こえて振り返る。
「親父さん……。」
小脇に小包を抱え、汗だくのキンデリックが俺に向けて手を上げる。
「全く……お前ら探索者はこっちの気も知らねぇですぐに行動するからよ。
追いかけるのも大変だぜ。」
ホレ、と言いながら俺に抱えていた小包を放り投げる。
“何かを頼んだ覚えは無いはずだが?”と疑問に思いながらもその小包を開けると、中には俺が今使っているドローンとは違う形状のドローンが入っていた。
「最新式……というよりはまだ試作型の次世代型探索者用ドローンだ。
これがあれば攻撃の余波からも自動で回避し、今までより深くの迷宮でもビーコン無しで地上に映像や音声が送れる。
しかも長時間バッテリー型魔導石搭載だ。
毎日迷宮に潜っても1年間は魔導石交換不要、っていうのがメーカーのカタログスペックだ。」
“ホントかどうかは知らんがね?”と皮肉めいた笑顔を浮かべつつ、ドローンのスペックを紹介するキンデリックに、思わず笑顔になる。
「親父さん、メーカーの販売員としても食っていけるんじゃねぇか?
……でも、なんだってこんな高性能な、しかもまだオモテに出てないモン持ってるんだ?」
「言ったろ?ウチは、歴史だけなら中央よりも古いんだ。
中央にはよ、俺が教えて巣立った奴等がわんさかいる。
その辺のツテを辿って、な。」
むさ苦しいオッサンのウインク付きだが、普段の仏頂面からは想像できない愛嬌だ。
キンデリックという男が積み重ねてきた歴史、その集大成を、今俺は受け取った気がした。
「ありがとうございます。
親父……いや、キンデリックさん、行ってきます。」
「よせやい。
いつも通り行って、いつも通り帰ってこい。
お前等探索者が無事に帰還して、そしてずっと活動する事こそが、俺達の一番の報酬だよ。」
俺は親指を立てると、新型のドローンを起動して迷宮の中へと向かう。
ただ、キンデリックのその言葉は、俺だけは果たせない気がしていた。
「さて、マキーナ、ドローン周りの準備を頼む。」
<あれだけ格好良く迷宮に入ったのに、自分で操作はしないのですか?>
マキーナに少し呆れられたように言われたが、できないモノはできないのだ。
むしろあの場で“あ、親父さんやっぱ操作方法教えてもらっていいですか?”なんて格好悪い空気にできるはずがない。
<妙なところで見栄を張りますね……。
ともあれ、配信開始しました。>
キルッフが最後に案内していたからか、ありきたりの原初攻略配信にも関わらず、大勢の視聴者が待機している。
ただ、どうやらコメント欄で鳩行為に関して言い合いをしているのも散見する。
「やれやれ……。
あ、あー、これから原初攻略を記録します。
本企画は、正直なところノリヤス氏のパクリをやろうと思いついたので、そういう考えのもと、ソロ攻略で挑んでいきます。
だから、先ほどの“元”鉄壁内での鳩行為があったから、という訳ではありません。
完全に偶然です。
たまたまパーティーを抜けようという話をしたのがあのタイミングで、たまたまソロで名前を売るために何か炎上スレスレの企画を考えていて、たまたま原初に今行きたくなっただけです。
なので、偶然ノリヤス氏がここに今いたとして、それは誰の影響でもなければ誰に言われた事でもない、偶然被っただけです。
だから、今後も視聴者の皆さまにおかれましては、鳩行為は慎み適切な距離感と節度をもって配信をお楽しみください。」
-は?今更何言ってるの?-
-パクりとかダセーなおっさん-
-ごめんなさい、ありがとう-
-そういう苦しい言い訳、俺は好き-
-どうでもいい!早くあの変身見せてくれ!-
-3つ以上偶然が重なったらそれはもう必然やww-
-wktk-
-いい落とし所じゃね?-
コメントは賛否両論、俺を見に来る奴はわりかし年齢が高めなのか、俺の言葉の裏をしっかりと受け取ってくれている人達が多くて少し安心する。
この言葉の裏の意味を理解できないのであれば、それはもう精神が子供なのだから仕方がない。
そしてコメント欄には、あのペロペロ某氏もいることはかろうじて見えた。
“なんだ、案外俺もこのコメントの速さに慣れるもんなんだな”と、変なところに感心しつつ、腰に吊るしていた刀とメイスを手に取る。
「変身を期待している人には申し訳ないが、アレは奥の手だ。
まずはこれでどこまで行けるか、タイムアタックと行こうじゃねぇか。」
<音響探知、マップ、ドローンからの視点、全ての情報を流し込みます。>
過去にマキーナに右目を治してもらって以降、俺の右目はマキーナとリンクする事ができるようになっている。
その右目に、まるでPCの複数ウィンドウの様に画面が開き、その情報量が痛みとなって俺の体に跳ね返る。
「痛っ……いやぁ、“ソレデハ、クソ長迷宮探索、ハァージマァルヨォー”。」
どこかの機械音声のような抑揚のない喋り方でそう言うと、俺は原初を走り出す。
右目に映るマップと現在地、そして敵の配置や罠の位置など、全てが見える状態だ。
ましてや上層の雑魚モンスターなど、相手にすらならない。
遭遇した瞬間に進路の邪魔になるモンスターだけを叩き潰し、首をはね、そして走り抜ける。
もう、10階層のフロアボスの部屋が近付いていた。




