クソ外道
外道だった。
とんでもない外道だった。
陸寧が県廷に姿を現した最初は、どうしようもない奴だと思った。
昼頃、遅刻どころか大遅刻といえるほどの出勤ながら、全く悪びれない。
董粛様がいないと知った時に「そうなの。じゃあ来なきゃ良かった」と言ったのは耳を疑った。
やる気がない。ないどころではない。マイナスだ。
そのくせ碁だけは打ちたがる。
てんで弱いのに、やたら打ちたがる。一日に3局も付き合わされて、とてもではないが仕事が進まない。
董粛様はなぜかこの男を警戒していたが、それほどの必要があるとはとても思えなかった。
だってただの怠惰な囲碁好き男だ。
この男と碁を打つのも仕事のうち。そう言い聞かせてこれまで付き合ってきた。馬車の中でまで打ちたがるのには本当に閉口した。
そうしたらまさか山賊に襲われ、その男はなぜか頭目と碁で意気投合してしまった。遠目に見ていたが碁の腕前は頭目もひどいもので、へぼ碁打ち決定戦にしか見えなかった。
それでも少し見直したんだ。
このまま殺されるのかと絶望的な気分だったが、陸寧が頭目と碁を打ちだし、仲を深めていくのを見て、もしかしたら助かるのかも、と思った。
その状況に持って行った陸寧は実はすごい奴なんじゃないか。そう思いかけたくらいだった。
とんだ間違いだった。
さらっと「俺が出てった後にやってくれないか」だと。まったく私を助けようと試みることもなく放り捨てやがった。
碁を極めるためには犠牲はやむを得ない、とか言って頭目に酒を注ぐ始末。
許されざる外道だ。
だが怒りに任せたところで、私を縛る縄はしっかりとしていてどうしようもない。
こんな奴に一瞬でも期待して、見直そうとした自分が馬鹿みたいだった。悔しさで涙が出てきた。
外道碁打ち男と山賊たちの宴は夜遅くまで続いた。
陽気な宴だった。賊も皆宴を楽しんでいて、今日のうちに私に何かしようとはしてこないようだった。
この状況をどうにかする手はないのか。
考えてもいい手は浮かばない。
私にはもう何もできない。
失意の中、眠気がやってきて、私は目を閉じた。
「……ぃ」
声が聞こえた。
「おーい」
クソ碁打ちの声だ。それに気づいて私は目を開け目の前をにらんだ。
「そう睨むなって」
人の皮をかぶったゴミがへらへらしている。
「猿轡だって外してやったろ?」
「だったら何よ」
人間失格者は肩をすくめた。
「おぉ怖い」
その手が動くと、私を縛るロープがばらばらと緩んだ。
私は自由になった手を確かめた。
ちゃんと動く。
そこで私はまず拳を握った。
「腹と顔どっちがいい?」
「どっちも嫌だね」
人の心を失った化け物はすたすたと歩き始め、私がその場から動かないのを見て足を止めて振り返ってきた。
「早くいこうぜ」
「何言ってるのよ、賊は?」
私は当然の質問をした。
宴が盛り上がって全員寝てしまったのだろうか。まさかそのために宴を盛り上げ、寝静まる隙を作ろうと狙っていたのだろうか。
私の疑問に、そいつは、いつものようにやる気のない顔のままだった。
「全員殺したよ」
「……」
私は言葉を失った。
「そんなに数が多いわけじゃなかったしさ。起きないように殺せばだれも騒がないし楽なもんだよ」
陸寧の顔は、今人を殺したばかりの人間が浮かべていいものではなかった。
いつも通りだった。
碁を打っている時と同じ顔をしたまま、この男は賊のせん滅を終えていた。
何だこの男は。
私は、初めてそいつに恐怖を覚えた。
「い、いつから作戦を?」
作戦を考えていたようなタイミングはなかった。私にはずっと素の姿で楽しんでいるようにしか見えなかった。
「捕まったときからずっとなにか手はないか考えてたさ。そうでないと2人とも無事解放される未来はなさそうだったからね」
その言葉を信じるなら、彼は私を助けるためにずっと動いていたということになる。
彼は武芸の心得もないのに、ただ一人で賊をせん滅できる作戦を立て、冷徹に実行してしまった。
私は、こういうことができる人種を一つだけ知っていた。
軍師だ。
私は陸寧様と一緒に山賊の砦から出た。
「県廷に戻るのですか?」
山道を下りながら、前を行く陸寧様に尋ねた。
「戻ったら董粛に殺されるぞ」
「え!?」
私が驚くと、陸寧様は深いため息をついた。
「賊をけしかけたのは董粛だよ。頭目も言ってたろ」
そんなばかな。
私はすぐには信じられなかった。頭目がそんなことを言っていたかは私には分からない。しかしあの董粛様が?
「嘘という可能性もあるのでは?」
「金になるものを積んでるわけじゃない、襲えば討伐兵がやってくる可能性が高い役人の馬車を、頼まれもせずに襲う賊はあまりいないよ」
「……」
納得できる理屈だった。確かに、なぜ襲われたのか考えれば不自然だ。
ただだからといって董粛様が頼んだと言い切ってしまえるものなのだろうか。
「不正な横流しをやってるし、俺に気づかれたと思って手を打って来たんだろう」
「ふ、不正!?」
「そうだよ。書類見りゃわかるだろ。あーあー、俺は仕事なんかしたくないっていうのに」
陸寧様は両手を広げて振って心底嫌そうにしている。
もしかして、これは陸寧様の演技なのではないだろうか。
私はそう思わずにはいられなかった。
やる気のない様子も、碁バカの様子も、いやもしかしたら碁が弱いことさえ、意図してやっているのではないか。実はものすごく強いのを意図あって隠しているのではないか。
書類を見るときは本当にぱぱっとしか見ていなかったのに不正を暴いた。これだけ頭がいい人が碁は弱いなんていうことがあるだろうか。いやない。
そして頭目と碁でいい勝負をしたために油断を誘い、そのうえで賊の全員をいとも簡単に殺してしまった。
恐ろしい手腕だ。神算鬼謀の持ち主だ。
ああ、きっとそうに違いない。この男は恐ろしく勤勉に怠惰を装い、董粛様を糾弾するための準備を整えているのだ。
董粛様が言っていた、雷辛様の指示で県の不正を暴くために来た、というのはまさに真実なのだろう。
「それではこの後どうなさるのですか?」
私の頭ではどう動けばいいのか分からない。この人についていこう。そう思った。
彼は、あのまま彼一人賊の砦から出ることもできたのに、わざわざ賊をせん滅したのだ。
私を助けるために、そしておそらくはこの先彼らが襲うだろう民草の被害を防ぐために。
彼は私が理解できない天才だけれど、その本質は善いものだと思う。その才覚で困っている人を助けずにはいられないのだ、放っておかないのだ。
私はそう信じた。
「そうだなぁ、子龍のところに行こうか」
「はい、董粛様の悪事を暴くのですね」
「うん。恵華、君の手柄にするといい」
「え!?」
そんなわけにはいかない。それは陸寧様の手柄のはずだ。
「功なんて立てて目立ったら碁を打つ時間が減るだろ、やだよ」
あぁ、そうか。今後も同じように不正を暴くためにそういう功績をつけたくないんだ。
手柄にこだわらないんだ。世の中人の功績を自分の功績にしようとする人ばかりなのに、なんという清廉潔白さ!!
「わかりました。本当はそんなことないですが、私の手柄にしましょう」
私は受け入れた。この譲ってもらった手柄の分は必ず何かでお返ししよう。
「うん。ああ、どこかで馬車借りられないかなあ。そうしたらまた道中で恵華とずっと碁を打っていられるのに」
「そうですね!」
碁バカアピールに余念がない。さすがだ。こうして常にやっているからこそ演技が自然になるのだろう。私はどこまでも付き合いますよ。




