9話 おやすみ……
死屍累々。
そんな言葉が浮かんでは消えた。
そうまさにこの場所は死屍累々。血の霧がこの地下空間いっぱいを覆っているんじゃないかというくらいの血の臭い。噎せ返るとはこういうことか。
あれから、何回か大きめなモンスターの波があった。そのたびにブレスの魔法でごばっと一掃した。大抵のダンジョンがそうであるように、このダンジョンは階層同士を繋ぐ入り口が小さいので、ある程度この階層に溜めてから一掃を繰り返した。
その結果、空気はどうしようもないことになったし、石の迷路もほぼ真っ平らになってしまったが。ダンジョンには自浄作用があるので、まあ一ヶ月もすれば元通りになるだろう。
ああ、しかし、待っていればモンスターが溜まっていくあの状況は実にいいものだった。座っているだけでアンプルを使うための状況が整っていく。素敵すぎる。
あれはなんと言うんだろう。あれは、そう……。
「わんこそば……」
:そんな嫌なわんこそばある?
コメントが流れた。
:ホリックちゃんてなにもの…
:なにものちゅーか
:人の形してるだけのモンスターちゃん
:脅威度いくつですか?
:ゴジラぁ
:実は地球滅ぼしに来た人?
:なんで無名なの???
:情報規制かかってるとか
:国がホリックちゃん秘匿してる?
:ホリックちゃん知ってる俺ら消されちゃうじゃん…
なにやら好き勝手なことを言われている。
ダンジョンスタンピードにアンプルを使い続けた結果、合計で七本のアンプルの消費に成功した。つまり、あの速いのに使ったアンプルも含めると全部で十三本。
まだ体を蝕むものはある。あるけれど、かつてなく体がスッキリしていることも確かだった。
気分がいい。こんなに気分がいいのはいつぶりだろう。
おかげでいつもと違ってコメントも追えるというわけだ。
それにしても、すっきりした頭でコメントを見てみると、みんな物好きだな。全く反応しない日の方が多いのに、毎回丁寧に茶化してくれる。
何か反応するべきか。
うーんと悩んでみたところで、でも残念。
さてここで問題。慢性体調不良な病人がいたとして、一時的に体調が良くなったらどうなると思いますか?
「お腹すいた……ねむい……」
:嘘でしょwww
:赤ちゃんww
答え。普段はほとんど感じられないまっとうな生理現象に逆らえません。
いや、いつもご飯とか食べられるような体調じゃないし。戻しちゃう日もある。点滴の日もある。そして今日は点滴の日だったのでお腹はぺこぺこ。
それに、いつもは気絶するように寝落ちているだけなんだよね。ちゃんと眠くなったのってかなり久しぶり。
私は周囲を見回した。モンスターはすっかり枯渇している。多分、もうおかわりが来ることはないと思う。
私はでっかいリュックを背負い直し、一層に繋がる道に進んでみた。閉塞感のある石の階段を登って、そうすると一層に戻ってこられる。
大暴れした二層と違って空気はいい。
私はすぅと深呼吸して、そしておもむろにリュックからサンドイッチを取り出した。お手伝いさんがいつも真心を込めて作ってくれる、可愛い怪獣ちゃん柄の包み紙に包まれたサンドイッチ。
包み紙を剥がして、ぱくんと齧ってみる。
「おいしい……」
うわ、美味しい。お手伝いさんが作ってくれるお料理ってみんなこんなに美味しかったんだ?
新鮮なシャキシャキレタスにジューシーなてりてりチキン。ふかふかのパンは時間が経って水分を吸っていて、全体的にこなれている。適度に入ったスパイスが味を引き締めていて、うわ止まらない。
ちょっとじんわり涙が出るくらい美味しい。私はしあわせものです。
:おお…
:美味そう
:いつもと違う表情ごちそうさまです
:笑顔初めて見たかも
:ホリックちゃんさっきから表情がはっきりしてんね
水筒に入っていたスープも飲み尽くして、私はぷはっと息をついた。
私はいつの間にか、ダンジョンの中ですっかり座り込んでリュックの中に用意されたお手伝いさんご飯をあるだけ味わい尽くしている。
アイスも、のど飴も、スティックケーキも、お茶も全部美味しい。
:めっちゃ出てくる食べ物
:こんなに持ってたんだ
:確かにリュックバカでかいけど
そうなんだよ。毎日何があってもいいようにってたくさん用意してもらっていたのです。
「ふぁ、満足……」
お腹がいっぱいになった。いっぱいになったんだと思う。考えてみたら満腹っていつぶりだろう。あってるのかなこの感覚。
確かなことは、「もうご飯はいいや」と思ってて、なんだか心地いいってこと。
目がとろんとする。このまま横になって目を閉じたら心地いいんだろうな。石の床がひんやり冷たくて気持ちいい。
えっと、なんかやらなくちゃいけないこと、あったっけ。
「帰り道、どこ……」
:あ
:すん
:れ、れすきゅー!
:まじか
:そうか一層から落ちたから戻るルートわかんねんだ!
「ま、いいか……」
:なんでなんで??
:何がいいんでしょう
:心配になるこの子
:なにも大丈夫じゃない
かつてない楽さに、強烈に眠たくなってきた。
こんなに気持ちよく眠くなれたのっていつぶりだろう。この心地いい眠気に逆らうなんて勿体無い。私はゆっくりとその場に身を横たえた。
:ば、ばかーーーーーーーー!?!?
:マジで言ってる?
:ホリックちゃ〜〜〜〜〜〜〜
:嘘やろ
:お客様!いけませんお客様!
:寝たら死ぬぞーーーー!
「おやすみ……」
***
その頃、ダンジョンの外では。
「ブルーナイツ現着しましたぁ」
「重鎮、現着」
「Project-V、現着しました」
「もふもふ専門、飼丸、現着しました」
スタンピード災害の通報を受けて、実力のあるダンジョン探索者たちが召集されていた。
近場にいるB級以上の探索者が集められたようだ。
飼丸も、預かっているアキヒメとアキアツがいなければB級かつベテラン勢である。個人で召集にかけられ、応じた形だ。
「飼丸さん、お久しぶりです。大丈夫なんですか、昨日腕取れたばっかりなのに」
「ありがとう。恥ずかしいところを見せたな。かなりいい治癒魔法だったみたいでもう動けるよ」
「別に恥ずかしいとかは」
飼丸に声をかけたのは、ブルーナイツというグループに所属するGakuいう探索者である。
ブルーナイツはタレントを兼業する若い男性を集めたグループで、ガクも整った顔立ちをしている。彼はもともと個人のダンジョン配信者で、その頃から飼丸とは面識があった。
無愛想ストイックで売っていて表情が乏しめだが、少し探索歴の長い飼丸を尊敬してくれる可愛がり甲斐のある男である。
「飼丸さんは堅実でした。あそこにキングワームが出るなんて……きちんと分析している探索者はみんなおかしいと分かります」
「でも死にかけたという結果が事実なんだ。勉強し直すよ」
「……」
飼丸の言葉に、ガクは何が言いたげに口を開きかけた。
しかし結局何も言わずに、話を続ける。
「あの女の子、何者なんでしょう」
「俺が知りたい。本気で」
満面の笑みでそう返す飼丸。
あれから、ネットで呼びかけても日本探索振興機構に問い合わせても一向にそれらしき情報に触れられない。アンプルの代金請求すら来ない。
なぜだろう、あの治癒魔法のアンプル代だけでわりと法外な値段になると思うのだが。
「……よく考えたら発動機がかなり独特だった。あれは黎明期に作られた特殊な発動機だ。確か、今みたいに魔力菌の予防接種もなかった時代の……」
鬼気迫る様子で呟く飼丸に、ガクが若干身を引いた。




