10話 それが全てだ(飼丸視点)
ダンジョンスタンピードは被害の拡大しやすい災害だ。
ダンジョンからモンスターが溢れ出てくる。一番弱い脅威度Fのモンスターだろうと成人男性を殺すことができる。そんなものが大量に出てきて、ダンジョンを離れて徘徊し始める。
早期にダンジョン内で押し留められればいいが、それができなければ近くの街くらいは丸ごと飲み込んでしまう。外国では、ダンジョンスタンピードで壊滅的な被害を受けて都市機能が死に、そのまま廃墟化した都市もある。
そしてここ、古杜ヶ窪ダンジョンは都市部にあるダンジョンだ。
普通にビル街と呼んでいい場所にある。小規模でさびれた場所だが、徒歩圏内には会社も住宅も商業施設だってあるのだ。
ダンジョン内で押し留められなかったら。そんなことは考えたくない。
「通報前から潜っている探索者は?」
「偶然にも三組だけだ。うち二組はすでに撤退している」
「要救助者は一組と」
「対象の情報は?」
「登録名は『怪獣』、等級はD、ソロ探索者だ」
「Dか。生きているといいのですが」
日本探索振興機構と連絡を取りつつ、飼丸たちはダンジョンへの突入準備を始めた。
今回潜るのは飼丸も含めた四組の探索者グループ。
このうち、重鎮というグループはS級探索者である剛田が率いている。剛田以外も堅実で実力ある探索者ばかり。
かなり心強い探索者であった。
「古杜ヶ窪は警戒指定ダンジョンだ。スタンピードの規模は最高でも脅威度Sが一、二体程度だろうと言われている」
「Sか……」
「Sはこちらで引き受ける。一体でも二体でも。遭遇したらこちらに任せて、別ルートから先へ」
剛田はダンジョン出現の黎明期に自衛隊に所属していた男で、この国の探索者の中でもトップの実力を誇る。落ち着いた喋り方をする、体格のいい壮年の男性。実に頼り甲斐がある。
他の三グループは剛田の指示に頷いた。
「スタンピードの厄介なのは、とにかく数だ。状況によるが、広い場所なら放出系の魔法で一掃、最悪の場合は階層の入り口部分の狭い場所で堰き止めるのが定石。放出系の魔法が使える者は? ランク5以上、可能なら6が望ましい」
「は、はい……」
手を挙げたのはProject-Vというグループに所属する猫宮という少女。
Project-Vは年頃の女の子を集めた探索者グループだ。とはいえ、華やかな見た目に寄らず実態は完全な実力主義。中心となっている凛はA級探索者である。
メンバーの一人の猫宮はオドオドした態度ながらも、放出系魔法の名手である。彼女自身はC級だが、それは接敵戦闘が全くできないからだろう。所謂完全な後衛なのだ。
「何発いける?」
「えと、えっと……災害対応ならアンプル代は……だから……ランク5なら三発、6なら……一発……」
「すみません、ただ、この数字は猫宮が魔力中毒で行動不能になる数字です」
「把握した」
挙手して発言したのがProject-Vの凛。
剛田は頷き、そのようにして手早く作戦を立てていった。
***
「では、突入するぞ」
剛田の合図に、他の探索者たちが頷く。
配信用カメラをつけ、気を張り詰めて突入した飼丸たちであったが……一層は思った以上に静かだった。石の通路が不気味に飼丸たちを出迎えている。
「古杜ヶ窪は狭く団体行動に向かない。作戦通りに分かれて進む。何かあったらすぐ連絡を」
「「「はい!」」」
三グループに分かれて進む。飼丸は体調や戦力バランスを考えてブルーナイツに同行させてもらった。
さて、とはいえ、飼丸たちのグループは特に何事もなく二層への入り口に到着してしまう。モンスターには一度も遭遇しなかった。
それ自体が異常だが、ともかく一層までスタンピードは迫っていないようだ。
「他のグループを待とうか」
ブルーナイツのリーダーであるHarutoが穏やかな口調でそう言った。
正しい判断だと飼丸も思う。ブルーナイツは爽やかイケメンで売っているタレント兼業探索者のグループだが、案外浮ついたところのない探索をする。
ハルトが他のグループに連絡を入れ、そしてにっこり笑って飼丸を見た。
「緊急事態とはいえ、ただ待機だと配信的に面白みがないし、交代で見張りつつちょっと話します? 飼丸さん」
「例えば?」
「昨日は大変でしたね、とか?」
「突くね……」
苦笑いする飼丸。
というか、軽くトレンド入りしたとはいえ、たった昨日のことを当然のように知っているのがブルーナイツの強みでもあるのだろう。
実力で負けているとは思わないが、チャンネル登録数で言ったらブルーナイツと飼丸とではかなり差がある。もちろん飼丸の方が下だ。よくリサーチしているものだと思う。
「色々と気になることはありますが、最近ちょっと、イレギュラーが多いですよね。この古杜ヶ窪といい、星ノ瀬といい」
「そうだな。千代ヶ関でも最近初心者の行方不明事件がある」
「怖いなぁ」
ハルトがゆったりと眉尻を下げる。
さすがタレントだ。ちょっとしたポスターにそのまま使えそうな画角とポージング。メロいとはこういうことか。飼丸は感心した。
「飼丸さんはモンスターの専門家という側面もありますよね。何か見解とかありますか?」
「さらっとすごい無茶を振るねホント。そうだな……」
そして顔目当ての視聴者以外も興味を引くだろう話題運び。相手を立てることも忘れない。さすがだ。
飼丸は感心しながらわりと悩んで、それを口にした。
「ダンジョンはひとつの大きな生き物だという説がある」
「生き物、ですか?」
「ああ。腹が減っているから探索者をダンジョン内に呼び込むんだ」
「……殺して養分にする、と?」
「いや。まあその説もあるんだが、もうひとつ有力なのが魔力菌を食べているという説だ」
ハルトが少し眉を顰める。
「だから、魔力菌を多く持つ探索者、つまり魔法が得意な探索者がダンジョン内に入るとダンジョンがおかしな動きをしやすいとか、逆にそういう探索者がめっきり来ないと空腹でスタンピードを起こすとか言われている」
「……」
「前者が星ノ瀬、後者が古杜ヶ窪かな」
「……怖い話です」
物憂げにため息をつくハルト。いちいち画面映えする奴だと飼丸は感心した。
そんな折だ。他のグループが合流したのは。
まずProject-Vグループが報告してくれた。
「逃げ遅れた子を見つけた。配信に映しちゃ可哀想だから服をかけて、苺花が外まで連れていってくれてます」
「……怖かった、よね。一層の端で気絶してたよ……」
件の逃げ遅れたD級の探索者だろう。なお、苺花というのはProject-Vのメンバーの一人だ。
「怪獣のパーカー可愛かったね」
「……」
まさか…と飼丸は思ったが、一旦飲み込んだ。今はそんな場合ではない。
次に重鎮グループが報告してくれた。というよりも、「見た方が早いだろう」とそこへ案内してくれた。
「一層の床に、穴……!?」
「近づきすぎるな。落ちたら死ぬぞ」
そう、石の迷路の床が大きく崩壊した箇所があったのだ。今もボロ…と小さな瓦礫が崩れて下へ落ちていく。その穴の先には、気の遠くなるような高所の景色。地面は遥か彼方だ。まあ順当に落ちたら落下死だろう。
どう見ても異常な光景だった。
「たっかすぎ……」
「二層と繋がっています」
「評価を修正する。脅威度Sでは済まない。脅威度『災害』だ」
「災害……?」
「Sより脅威度が高いものだ。ダンジョンの階層をぶち抜くなんてSでは収まらない」
剛田が淡々と説明する。
そして、その直後に彼の端末に連絡があった。短く対応した剛田が険しい表情で言い放つ。
「上層部から通達。一度配信のチャンネルを*81だけに絞れ。絞れないなら撤退しろ。守れなかった場合厳罰がある」
異様な指示に、その場にいる探索者たちが動揺したのが如実に空気に出た。
ここまでの探索者たちの様子は当然配信されている。配信はエンターテイメントだが、それ以前に探索者の義務だ。それを制限しろなどと、少なくともそんな指示は受けたことがない。しかも*81というのは、一般人には見れないチャンネルだ。
ただ、あの信頼のおける剛田の指示でもある。探索者たちは顔を見合わせて、カメラに向かって挨拶をして配信チャンネルを絞った。
それを見計らったように、剛田の端末からは声がした。スピーカーモードにされた探索振興機構の担当者の声だろう。
『軍の機密に関する存在がその奥にある。慎重に接触を』
「……まさか、『迷宮喰らい』か?」
『ああ、剛田さんはご存知ですよね。そうです』
「……」
剛田が、なぜか頭痛を抑えるように額に手を当てた。知った名前らしい。
全員が興味を向けたものの、剛田が「後で話す」と言うので従うしかない。
剛田を先頭にして、慎重に二層へと降りる。その先に広がっていたのも、異常な光景だった。
「……これ、なに……」
「すごい臭い……」
「二層って、迷路だったよね。こんな更地じゃ……」
誰かが呟く声に、飼丸も自然と頷いていた。
古杜ヶ窪ダンジョンはどの階層も石の迷路である。規模や細かなところが違っても、どこも迷路だ。
そのはずなのに、石の階段を降って入った二層は、とんでもなく広い更地だった。大きなドームがまるまる入る程度の広さの地下空間である。
そして、そんな空間いっぱいに血の臭いが充満し、モンスターの死骸が積み上がっていた。若い世代のブルーナイツやProject-Vのメンバーたちの中には、顔が真っ青な子もいる。
「これ、放出系魔法で一掃してます。ダンジョンの地形を変えるって、多分、ランク6なんかじゃ……でも、それより上なんて存在するの……?」
『詮索無用。すでに対処済みだったようだ』
青ざめた顔で周囲を観察する猫宮に、端末の向こうの担当者がピシャリと言った。猫宮がぎゅっと発動機を握りしめて黙る。
代わりに気丈にも声を上げたのは、凛だった。
「な、なんなんですか、説明してください」
「……モンスターにも探索者にも、Sより上の等級がある。モンスターならば脅威度『災害』、探索者ならば『兵器』級だ」
「と、都市伝説じゃないんですよ……」
「ああ、都市伝説ではない。一般公開されていないだけで、各国に存在する」
剛田はやはり淡々と説明してくれる。
「『迷宮喰らい』という探索者がいる。それも兵器の一人だ」
それにしても信じられない内容だったが。
飼丸はなんとなく連想するものがあった。あの、昨日出会った怪獣パーカーの女の子だ。何一つ根拠はないのに、なぜか強烈に頭をチラつく。
『この場にいる探索者諸君には申し訳ないが、君たちが対処したとして報道させてもらう。秘密保持に関わる契約金が支払われる。よろしいか』
「……ああ。いつも通りに」
『剛田さんにはいつも迷惑をかけます』
「まあ、平和のためだ」
剛田はちょっと疲れた様子で頷いた。過去にも似たようなことがあったのだろうか。
どことなく納得いかなげな表情をしている探索者たちを見回して、剛田が苦笑する。彼はそんな顔もするのかと驚いたことを、誰かが吐息で知らせた。
「古杜ヶ窪ダンジョンのスタンピードは未然に対処された。それが全てだ」
このようにして、少し煮え切らないながらも今回のダンジョンスタンピードは幕を下ろしたのである。




