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魔法を撃たないと死ぬ病弱少女は、今日もダンジョンを徘徊します  作者: 京々
一章

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8/12

8話 ダンジョンスタンピード


 ブッシャアと噴水みたいに血を溢しながら、ミノタウロスの巨体が瓦解した。私はそれをどこか他人事のように眺めていた。


 体がいつになくスッキリしている。


 咳はいつのまにか止まっていた。ぜいぜいと喉に引っかかるようだった呼気も穏やかになっている。全身の肌に鞭を打たれた後みたいな、肌が裂けているみたいな痛みもかなり引いた。長時間正座をした後みたいな肉の痺れもなく。


 なにより咳がない。すぅと息を吸い込めば、体に入ってくる空気はどこにも引っかかることなくクリーンだ。


 ついさっきまではケンケンと乾き切って擦り切れたような咳が出るばかりで呼吸も辛かったのに、だ。私は味わうようにもう一度深呼吸した。


 ほろりと、ほころぶようにしていつもの言葉が出てくる。


「きもちぃ……」


 もう、それ以外に表しようがない。この感覚は。


 :今日のきもちぃいただきました

 :モンスターを真っ二つにした後に出るんだそのセリフ

 :しかも真っ二つにしたの脅威度S

 :バーサーク?

 :祝〜ホリックちゃん人外への道〜

 :前からじゃん?


 視聴者さんたちが何か言ってる。そうだよ、前からだよ。


 なんだろうこれは。圧倒的な解放感? この魔力菌をたくさん排出した直後の体がふわっと楽になる感じ、これを味わいたくてダンジョン探索をしている、正直。


 しかも今回は格別だ。


「アンプル何本使ったっけ……」


 :6かな

 :六本

 :内訳はランク3の身体強化、5の放出系(麻痺)、4の身体強化、4の属性物理(風・爪)、5の属性物理(雷・槍)、6の放出系(風)

 :改めて並べられるとすげえな

 :ランク6って見れるもんなんだ

 :身体強化3、4もなに?

 :切り抜きとかニュースとかでしか見たことない


 すごく楽だ。一日にアンプルを六本も使えることって実はそうそうない。いつもは一本を使い切れるかどうかの戦いって感じなのです。


 今日は運がいいなあ。いいことがあった時ってなんて言うんだっけ。やったー、確変、はれるーやー?


 でも、まだまだ足りない。


 体の中に残った魔力菌が、ざわざわとまた現れ始める。もっと、もーっとモンスター出てこないかな。今日はまだ時間があるし。


 なんだか、今日は歩いていればモンスターに会えそうな予感がした。臭いが濃いからかな。


 :そこって古杜ヶ窪なんでしょ?

 :放送事故あったね

 :悲惨だったな

 :三層だったのに脅威度Bが出て全滅

 :どうしようもない

 :あまりに理不尽だったからさ、前兆じゃねって噂

 :あったな

 :あった


 コメントが流れているのを視界の端で捉えた。


 へえ、そうなんだ。なら、探索していたらまたモンスターに遭遇できるかな。


 前兆というのがなんのことなのかは分からないけれど、なんだろう。そういえば主治医さんも似たようなことを言っていた気がする。不穏な噂がなんとか?


 :ていうか今回も同じパターンよねこれ

 :一層に脅威度S

 :やば

 :えぐ

 :死ぬ

 :普通は死ぬ

 :放送事故

 :さすがにおかしすぎる


 そして主治医さんはこうも言っていた。「君ならむしろ喜ぶでしょう」と。


 つまり、そういうことだよね?


 :ホリックちゃん、一度帰って通報した方がよくない?


 コメントが視界の端を流れていく。多分この人は親切な人だ。配信しか繋がりのない他人にこういう常識的なアドバイスをしてくれる人ってきっとそんなに多くない。


 残念ながら、アドバイスに沿うつもりはないんだけど。


 私はまず軽く荷物の確認をした。一層から二層に落っこちるとかいうハードアクションをしてしまったので、私自身はともかく装備の耐久力が心配だ。ざっくり確認して、まあよし。


 そして歩き出そうとして……はて。

 正規ルートじゃないところから二層に入ったからな。どこへ向かえば三層なのか分からない。


 私はとりあえず首を傾げた。


 :もしかして

 :迷子


 そうだよ。迷子です。


 あたりに散らばる瓦礫を蹴ってみる。


 この二層は天井が高い。ビルとかがまるっと入ってしまいそうな地下空間の中に、石の壁が床に貼り付いている感じ。だから、近くの壁に登れば石の迷路が一望できる、かしら?


 どうだろう。石の迷路ってことは、どっちを見ても似たような景色ってことなんだよね。果たして一望したところで方向判断ができるかどうか。


 そんなことを思いながらも、とりあえずよじよじと壁を登ってみた。


 :戦闘形態からは信じられない鈍臭い登り方ww


 などと笑われつつ、よじ…っとなんとか登り切る。


 そして多少なりとも開けた石の迷路の先に、それがあった。


 :ん?

 :え

 :は???


「おお」


 奇しくも、三層への入り口がそこからは一望できた。いや、入り口自体は見えないんだけど、そこだろうなと一目で分かった。なんでかって?


 石の迷路の一角に、みっちみちに溢れ出した大量のモンスターがいたからだ。


 それはまさにみちみちと形容していい。満タンなトマトケチャップの容器を踏んづけてしまったときのような勢いで、モンスターたちが狭い入り口から噴出している。押し合いへし合い、弱いモンスターなんかぶちゅっと踏み潰されながらもどんどん溢れている。


 すんと鼻を鳴らしてみる。さっき戦ったモンスターの血の臭いかと思っていたけれど、それだけじゃない。濃い臭いがした。


 :まさか→ダンジョンスタンピード

 :ダンジョンからモンスターが出てくるやつ

 :大災害!!!


 ダンジョンスタンピードとはなんなのか。概ねコメントの通りだ。視聴者さんは今日も説明上手。


 :シャレならんぞ

 :しんじゃう

 :ニュースになんも流れてないが??

 :避難勧告間に合わんくない?

 :出てないよ勧告

 :そこ古杜ヶ窪であってる?!?!

 :おいおいおい

 :通報しろここにいるやつ全員!

 :通報済!

 :しました

 :した

 :済

 :おけ

 :通報した


 そう、ダンジョンスタンピードとは地震や台風となんら変わりない、人がたくさん死ぬやつ。ダンジョンが発生してからの数十年、この災害は今も人を脅かしている。


 速やかな通報は決して大袈裟な反応ではない。この状況で一番適切だ。視聴者さんは今日も有能。


 :いま! 今出たよ速報!!

 :遅いんだが!

 :もう二層まで迫ってるぞ!

 :今回犠牲どんだけになるのぉ

 :都心はさすがに悲惨


 さて、災害大国の本国であるが、はるか昔から付き合いのある地震や台風なんかと違ってダンジョン災害はここ数十年程度しか付き合いがない。新しい災害なのだ。


 いろんな体制がまだ整っていない。予測技術なんかもその一つ。確かに前兆はあった。浅い層に強いのが出るなんて、わりと分かりやすいやつ。


 でも「分かりやすい」って思うのは、私がわりとこういうのに慣れているからってだけなんだろう。


 :おいなにやってん!

 :ボーッとしないで逃げな!

 :逃げて!

 :ホリックちゃんなら間に合う!!

 :急げ!


 説明上手で有能な視聴者さんたちがいろいろやってくれている間、私はというとじっと観察していた。瞳孔がぎゅっと引き絞られるような感覚。


 別に、私はいつも通りだ。モンスターに対して必要なアンプルを計算している。


「でも、アンプル一本で済みそうな雑魚しかいない……さっきの、なんだっけ? 速いの、また来ないかな……」


 呟きながら、私はアンプルをセットした。とりあえず見えている範囲のやつを一掃しよう。息を吸い込んだ。

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