7話 余裕で勝てる
モンスターのランクを、私はあまり分かっていない。脅威度AとかBとか言われてもピンとこない。
ただ、目の前で相対すれば勝てるかどうかは分かる。根拠はない。勘のようなもの。でもその勘が私に告げていた。
余裕で勝てる、と。
「ヴルモオオオオオオ!!!」
ミノタウロスが咆哮を上げた。
私がアンプルをセットするのと同時に、手に持った斧を振り上げて、私に向かって振り下ろしてくる。本来ならもっと威力が出る攻撃だけれど、あいにくこの石の路地が狭いせいで力が入りきっていない。
とはいえ大きめに飛んで避けた。
斧は石畳を派手に砕いて、石の破片が広範囲に飛び散る。それどころではなく、あたり一面にヒビが広がる。
:ヤバいヤバい
:おめぇこんなとこにいるモンスターちゃうやろ!!
:ミノタウロスは本来古杜ヶ窪八層です!
:逃げようさすがに!
:いやホリックちゃんならいける
:↑バカお前バカ!!
私はアンプルを選んだ。この狭い路地内で派手な放出系の魔法を使うのは悪手かな。身体強化とか属性物理がいいかも。
ああ、でも、今日はちょうど麻痺症状が強いんだった。
一つを選んで、ガシャっとポーチにセットする。
ミノタウロスが振り下ろしてくる腕を避けて、入れ違うようにミノタウロスの頭に接近。というかミノタウロスと私には身長差がありすぎて、腕をのぼる感じになっている。
兎角、私はミノタウロスの肩に座れるくらいに接近した。そして、その電柱みたいな太い首にかぷりと歯を立てる。
:エッ!!!!
:エッ…
:絵ヅラがあぶない!!
:いかがわしい
:こらバカ
別に噛みちぎるつもりはない。というか無理だ。
私は麻痺の魔法を撃った。そしてすぐにぴょんと飛び降りて距離を取る。
直後、ミノタウロスが高く短い声をあげた。ビンっと背筋が反りかえり、しかし狭い通路の中ではもがくこともままならない。
「ちょっと強すぎた……?」
電気が走るたびに巨体がガクッガクッと痙攣を繰り返す。麻痺の魔法だったのだが、動きを鈍らせるどころか死にそうだ。
ミノタウロスはしばらくその場をのたうった。とても戦闘続行可能そうには見えない。待っていればそのまま死ぬかな。
「……」
いや、でもいくら魔法を強くしたと言っても、おかしいな。あの巨大ワームには四本のアンプルを使ったのに、このモンスターが一本で片付くのはさすがに弱すぎるような……。
:ホリックちゃん油断しないで!! 距離つまってる!!
そんなコメントが視界の端を流れた、その瞬間。
「ヴオオオオオオオオオオオッッ!!」
もがいていたミノタウロスが一際強い咆哮を上げてのたうつ。目が合う。その大きな腕が斧を振るう。
変な体勢なので力が入りきっていない……と見せかけて、斧の軌道上を壁や床が邪魔しないように計算された体勢。そこにミノタウロスの怪力の魔法が乗っている。人間は衝撃波で粉ミンチになるような威力。
「!」
咄嗟に身体強化のアンプルを差す。ギリギリ間に合う距離なので焦らずアンプルが回るのを待ってから飛び退く。足元を思い切り蹴るのと、そこに斧が着弾するのは一瞬の差だ。
着弾と表現できる勢いで床を抉る斧。
意外にも、それは派手に砕け散り破片を撒き散らすような一撃ではなかった。
もっと深く、地面に突き刺さりその衝撃を全て真下へと伝えるような……例えるならばそれは岩を割るための杭の一撃。
ミシ、と地面が鳴る。
:おいおいおい
:ヤバくねこれ
:ちょっと待てあのミノタウロスのツノさ、
コメントが流れる。
そんなものは当然待たず、ミノタウロスは立ち上がり、今度は地面に突き刺さった斧を砕くように地面を殴りつけた。
ゴガガガァアアアアアアアン…!!!!
その一振りで地面が崩れた。石畳の地面にたちまち亀裂が広がり、ガラガラと崩れ落ちる。地面に巨大な穴が開く。
一層の下にあるのは、当然二層。
ダンジョンは一層ごとに別の世界が広がっていると言われている。環境が違う、生態系が違う。決して繋がりはしない。それなのに地面が崩れる。眼下には二層──別の世界が広がっている。
このモンスターはダンジョンの階層を区切る分厚い……どころではない地面をぶち破ったのだ。
あり得ないことだ。その辺のモンスターにできるような芸当ではない。
:おい誰だミノタウロスとか適当こいたやつ!
:これ特殊個体だぞ!
:脅威度S!?!?
:いや
コメントがチラッと見えた。
脅威度Sっていうのはどういうものなんだろう。私が昔戦った中で一番強いヤツよりも強いのかな。
「んふ」
考えかけて失笑する。
そんなわけないよ。余裕で勝てる。私の勘はずっとそう言ってる。
ミノタウロスと私は崩れゆく地面と一緒に落ちてゆく。階層が違うとやっぱり空気が違う。二層の濃い空気がざらりと肌を撫でる。
このダンジョンの二層は一層とそんなに変わらない石の迷路だ。ただ、天井が高い。一層から落ちてくるなんて普通はあり得ないが、その視点からだと広大な石壁の迷路を上から俯瞰できるほど高い。
着地までには時間がかかる。
「グオオオオッ!!」
ミノタウロスは空中で私に瓦礫を投げつけてきた。
厄介だなぁ。ここは空中で、周囲は瓦礫だらけ。このまま着地まで一方的に狙われるのは不利だ。そうでなくとも着地の瞬間は隙ができる。
私は近くの瓦礫に足をかけて、空中で体勢を整えた。そしてその瓦礫を足場にして、まずは投擲物を躱す。次にアンプルを差すのと同時にミノタウロスに向けて跳んだ。
ミノタウロスと接触する頃にはアンプルが回っている。爪が緑色の火かき棒のような形を纏う、風系統の切り裂き魔法だ。
「ヴモッ!!」
一撃目はミノタウロスに受け止められた。構わず二撃三撃。もうちょっと強い魔法でもよかったな、なかなか引っ掻き傷以上の深いダメージには至らない。
まあいいや。着地までに一方的に攻撃されるのが嫌だっただけだから。ほらもう地面に着く。
スタッと無事に着地し、瓦礫の降り注ぐ中を避けながら走った。ミノタウロスも着地に成功して瓦礫をものともせず私に迫ってくる。
:信じらんね
:今何が起こった?
:フリーソフトでいいから解析かけて見てみろ
:やば
:ひええ
:着地までに空中戦で一合交えてるのはなんなの
:アニメでしか見ないやつ
:AL4 ストームクロー
次のアンプルを二本差した。一本はまた手足に属性武装するタイプの魔法だ。口から放射する魔法は予備動作が必要なので、スピードタイプのモンスターには相性が悪い。
両手からバリバリと電流が迸るのを、走る勢いも乗せて思い切りミノタウロスに突き刺した。
ブスブスと肉を焼く嫌な匂いと音がする。それくらいの強い電気攻撃のはずなのに、ミノタウロスは渾身の雄叫びをあげて両拳を組んで私に振り下ろしてきた。
なかなかやる。でも、残念。
私はするりと巨大の足の下に体を滑り込ませた。そして、もうひとつのアンプルの魔法をガオオッと下から放つ。
:BL5のライトニングランスの応用と、間髪入れずにAV6のレイザーゲイル……だと思う、でかすぎてギロチンを下から放つほぼ別物魔法
:6?????!!!!
:ろく
:六!!!!!!
コメントが流れた。
同時に、私の視界でミノタウロスの体がズレる。
ギロチンで体を真っ二つに切られたみたいに、ズル…とその巨体が自重で微かに崩れた。
……とりあえず、すぐに真下から脱出しよう。血まみれになる。
なんとかのそのそと逃げ出した後くらいに、巨体から噴水みたいに血が湧き出た。
:うそやん
:いけたでしょ
:いけたね




