6話 古杜ヶ窪ダンジョン
人助けの件は、一旦保留とした。
なにせ私は主治医さん曰く、常に知能がマイナス五十歳らしい。まともな判断能力があると思えない。
ただ、もうちょっとダンジョンの深いところまで潜ってみるのはいいかもしれないと思う。三層のボス級を相手に四本はアンプルを使ったので、強いモンスター相手ならもっと使えると思う。
問題なのが、私は戦闘ならできるけど探索が下手くそなことだ。
いつもモンスターを見つける方が大変なんだよね。
それに、ダンジョンの危ないところはモンスターだけじゃない。罠とか、その他、不測の事態が多いところ。
戦闘の範疇なら大丈夫なんだけど、その他の不測の事態に対応できる気はあまりしない。だからいつも浅めの層で泣きべそかきながらモンスターを探している。
しかも、いつも潜っている星ノ瀬クロスゲート・ダンジョンはとにかく広い。下の階層に行くのには単純に長い移動距離がかかる。
もっとお手軽にモンスターと会えるようになりたい。
「ぐ……」
次の日の朝も、案の定体調は最悪だった。
頭が痛いのはいつものことながら、昨日強かった麻痺症状と鋭痛症状がさらに増している。全身が引っ掻かれて出血しているみたいに痛い。心臓の鼓動に合わせて、傷口もどくん、どくんと脈打っているみたいだ。それなのに長時間正座したみたいにビリビリしていて、体に触れる何もかもが不愉快。痛みにもがくのすらつらい。
一番つらいのが咳。口内から喉、食道、肺までの一連の呼吸器に細かい傷がついているみたいに、空気が染みて呼吸するだけで痛い。なのに空気があらゆるところにつっかかって咳が出る。つらい。
「けほっ、けほ、ぃう……」
ほとんど落ちるみたいにベッドから降りた。衝撃がつらくてまた咳が出る。
これ、朝ご飯食べられるんだろうか。ただでさえ不健康だからご飯はできるだけ抜かないようにしている。お手伝いさんが用意してくれているのを食べるだけですが。
どうしてもってときは、主治医さんが用意してくれた点滴をもらう。そして、今日はどうしてもに該当する。
「けほけほ」
喉に何かつっかえているのを取りたいみたいに咳が出るけれど、いまいち取り切れない、って感じの煮え切らない咳が続く。
私はよろよろとお家の中を歩き、主治医さんの方の家のインターホンを鳴らした。すぐに扉が開く。
「けほけほ」
「うわ、今日もひどそうですね」
扉の向こうからは、今日も不健康なエルフみたいな主治医さんが現れた。
「けほ、ほ、」
「咳かぁ、厄介ですね。そんなにずっと咳だと、他の探索者に会ったらまず一発で病院送りにされそうだ」
「けほけほ」
「仕方ない、今日は車で送ります。行きたいダンジョンは?」
「けほ、もんす、ぅ、ぇふ、」
「はいはい」
主治医さんは手慣れたように私に点滴を刺してくれる。「手がかかりますね」なんて言いながら、彼は私の探索者セットも持ってきてくれた。
防護パーカーを被って、発動機をつけて、リュックを背負えば準備は完了。点滴はテープで強固に固定して、パックをリュックに固定してもらった。
二人で車に乗る。私は助手席に乗せてもらった。
「ま、せっかくです。いつもと違うダンジョンはどうですか?」
「けほけほ」
お任せする所存。どこでもいい。星ノ瀬ダンジョンもただ近いから通っているだけだし。
主治医さんが車を運転して、見知らぬ景色が流れていく。
着いたところは、入ったことがないダンジョンだった。
「古杜ヶ窪ダンジョン。広さはそうでもないですが入り組んだ環境の多いダンジョンです。難易度は星ノ瀬とどっこいでしょう」
「けほ……」
「ここ、例の配信事故があったところで、ダンジョン配信者が死んでるんで自粛ムードあるんですよ。探索者も少ないと思います」
「けほけほ」
「まあ不穏な噂もありますけど……。君ならむしろ喜ぶでしょう」
「けほっ、」
よく分からないが、モンスターに魔法が撃てるならなんでもいい。
私は主治医さんに頭を下げて、車を降りた。主治医さんの言った通り、人は少なく見える。というか付近には誰もいない。入り口も建物の中にあるみたいで、隠れ家みたいな印象を受けた。
建物の中に入ると、星ノ瀬ダンジョンでも見たことがある自動検問がある。いつもと同じように配信用の浮遊カメラをつけて、私はダンジョンに飛び込んだ。
「けほけほ」
:おつ
:おーつ
:病院行った?
:今日は咳してるし
:あれ?いつもと違うダンジョン
広大な自然環境の多い星ノ瀬ダンジョンと違って、その古杜ヶ窪ダンジョンは石の壁の迷路のようなところだった。
四人くらいなら横に並んで歩けるくらいの石畳の道。すぐにT字路になっていて、目の前には石の壁。
上を見ると、そちらも石の天井になっている。一般的な家屋よりも天井には高さがあるが、上下左右とも石造りだと閉塞感があった。
石にはところどころにほわっと光る苔がついており、明かりはそれだけ。
「けほけほ」
:ここどこ
:ホリックちゃん咳つらそう
:石迷路は結構候補多いぞ
:古杜ヶ窪かな?
:ホリックちゃん今日は休みなよ
コメントが流れている。
私はいつも通り特に返事はせずに、石の迷路を進み始めた。
そうしていると、コメントの流れは自然と少しずつ変わってくる。
:あっち側、誰もホリックちゃんのこと特定できなかったみたい
:飼丸頑張って呼びかけてたな
:トレンドに載ったのも「謎の少女」とかだし
:こんなに特徴的なのに
:いやでも無理あるよ
:本名不明、年齢不明、探索者の等級不明、所属不明、挙げ句の果てに配信チャンネル名が「記録」
:配信タイトルもいつも日付だけだもんな
:検索性悪すぎ
:登録しとかんと二度と見つけられない
:ここにいるやつ誰か教えに行かなかったん
:行ってない
:ない
:同じく。優越感あって
:まだ俺たちだけのホリックちゃんでいてほしいというか
:ホリックちゃん自身もそういうのしてほしいって感じじゃないし
:それはそう
「けほけほ」
昨日助けた綺羅綺羅な人のことか。なんだか色々言われたけれど、必要なことがあったら配信を見ていた主治医さんがなんとかしてくれると思う。多分。
有名な人だったらしいことは私も薄々分かっているのだけれど、こう、娯楽を嗜む余裕がなくて他のダンジョン配信者のことを私は全く知らない。
今まで関わることもなかった。多分、これからもないだろう。体質については秘密にしなければならないという決まりがある限り。
私はそれよりも、ちょっと期待している。
昨日と同じようなことが起こらないか。都合よくたくさんの魔法を撃てる状況にならないか。
死にかけた人もいたんだから不謹慎だ。でも期待は止められない。
私はそんなことを考えながら、石の迷路の中を進んだ。咳はそろそろケンケンと乾いたものになってきて、お手伝いさんが用意してくれた可愛い怪獣ちゃん型のど飴をぱくり。気休めだけれど、何もないよりマシな気がした。気がするだけ。
一層だからか、まだモンスターとは会えない。ここはどんなのがいるんだろう。まあ、一層ならそんなに強いのはいないはずだけれど。
そんなときだ。
石の迷路の曲がり角で、通路を埋め尽くすような巨大のモンスターと出くわした。
頭についた角がガリガリと天井を削っている。そのモンスターは。
:ミノタウロス!?
:は??
:うそ
:脅威度Aのモンスターだぞ!!
ちなみに、あの巨大ワームも脅威度Aなんだって。




