4話 あの子なに??
「いえ! いえいえ!」
私の言葉に、綺羅綺羅な人は一瞬呆けたあとで大袈裟に手を振った。
「そこまでしていただくわけには! すでにかなり魔力中毒の症状が出ているように見えます! それにこの片腕はその、潰れてしまって、ランク6のアンプルでないと……」
:飼丸だ
:大手じゃん
:腕なくしたのヤバ、ネットニュースなるぞ
:もうトレンド入ってる
:あっちの配信もまだ回ってるしな。今お通夜
:放送事故
:そういや死体いたな
:アッくんね、まだ死んでないけど時間の問題よ
なんか、配信のコメントもすごい流れてる。あんまり読めないけれど、治癒魔法の出番っぽいのでは。
私は改めて綺羅綺羅な人に言った。
「……主治医には、一日に使っていいアンプルは十七本といわれています。今日はまだ四本」
「は、い?」
人間というのはよくできているもので、私はすっかり魔力菌に侵された状態に慣れてしまっている。よって、魔力菌を完全に魔法に変換し切って抜き切ると、逆にショック死の危険性もあるのだとか。
使用する魔法のランクにもよるけれど、そういうのも加味して安全なラインは十七本。
同時にその本数は、私が限りなく健康に近い状態になるためのノルマ本数でもある。
なお、残念ながらノルマ達成できたことはありません。無理だよ、一本で連戦いけるし、使い切れない。
「ランク6、は、多分あります」
続けて私はぽつりと喋った。
まあ新型アンプルと黎明期のアンプルは設計が違うから厳密には比べられないけれど、私の体内の魔力菌は原生の強いやつなので、最高でランク8くらいの威力は出るらしい。
というかそれくらいの威力を出したい。出せば出すほど私の頭痛は治まっていく仕組みなので。
綺羅綺羅な人は、私のたどたどしい言葉に唇を噛んだ。
「あの、でしたら、仲間が、」
ここまでの気丈な態度に反する、弱々しい声だった。
「ランク6の治癒魔法が使えるのでしたら、仲間を、助けられませんか。生存が、絶望的で、」
綺羅綺羅な人が指をさす。のろのろとそちらに視線を向けると、いつの間にか人が集まっていた。
そういえば、そこには確かに倒れた人影があった気がする。戦っている最中はあまり周囲のことが見えていなかったけれど、なんか、ひしゃげて動けない人がいた。と思う。ワームに潰されてしまったのだろう。
広い砂漠で、結構距離がある。のろのろと歩いてそちらに寄っていこうとしたところで、ガシッと防護パーカーを掴まれて、担がれた。
綺羅綺羅しい人、パワフル。片腕しかなくてバランスも取りにくいだろうに、軽々と私を抱えて走る。これは楽ちんでありがたい。
:担がれホリックちゃん
:貴重なアングル助かります
:飼丸との絡みかぁ
:ついに見つかってしまうのかホリックちゃん
:というかホリックちゃん治癒魔法いけるんだ?
:個人のランク6治癒魔法使用者は公式にはイタリアの聖女とかその…ハイ黙ります
:まあな、でも非公式ならいるし…
あっという間に私と綺羅綺羅しい人はそこに辿り着いた。
そこには遠目からはたくさん人が集まっていそうに見えたけど、実際にいたのは女の子と犬が二匹、そして何機かの配信用浮遊カメラだった。色々なアングルから撮影して、一番映える映像を内容に合わせて配信してくれる最新のやつだ。
ワームにお腹から下を潰されて息も絶え絶えな男の子を取り囲んで、みんな悲しんでいる。
「かいまるにいちゃ……」
「アキヒメ、頼む、少し待ってくれ」
綺羅綺羅しい人、かいまるさんと言うらしいその人は、すとんと私を下ろすと「どうだろうか」と短く聞いた。
私は横たわる男の子を見下ろした。といっても、返事は決まっている。
「だいじょぶ。でも、ダンジョン出たら病院で専門治療受けてください……」
「たっ助かるのか!?」
「ん……」
もうこれ使っていいよね、治癒魔法。使うよ? とにかく使うよ?
私はリュックからアンプルを取り出して、ガシャっとポーチに刺した。そして患部に手を当てる。発動……の前に言っておくことがあるんだった。
「あ、私の旧型だから、すごい痛いと思う……ごめん」
「「え」」
次の瞬間、晴れ渡る広い砂漠に男の子の絶叫が響き渡った。
***
砂遊び行こうぜ!【もふ専】
:痛い痛い痛い痛い
:いたそう
:これは絶対痛い
:聞いてるだけで痛い
:アッくんのこんな悲鳴はじめて聞いた
:撮れ高…?
:ショック死しない?
:さっきまでの謎の少女へお礼祭りはどこへやら
:だってあれエグい痛そう
:飼丸もヒメちゃんもすごい顔してる
:ごめんちょっとおもろい、顔が
:わろてる場合か
:助かった、てことでいいの?
:大丈夫なの治癒魔法こんな痛いって聞いたことないけど
:というかホント誰なのあの子
:使ってる発動機は見たことない型だな。古そう。魔法はランク6以上あるけど普通の治癒魔法
:三層にいるなら実力者だよね
:砂漠のキングワーム一人で倒してるし、B級以上の資格持ち探索者だと思うけど
:B級で単独キングワームは無理。A以上
:Aなら埋もれるわけなくないか?
:見たことないぞこの子
:怪獣みたいに口元から氷魔法撃ってたよね
コメントが目まぐるしく流れていく。
けれど残念ながら、あまり反応する余裕がなかった。
なにせ先ほどまでお預かりした大事な弟分妹分も含めて全滅の危機で、謎の女の子が助けてくれて、それでもその次は死にゆく弟分の見送り……かと思ったら謎の女の子はこれも助けてくれるらしくて、その治療で弟分の悲鳴が轟いて、今に至る。
でも、俺──飼丸が考えていることだって概ねリスナーのコメントと一緒だ。
「あの子なに??」
「かいまる兄ちゃんの知り合いじゃないの?」
「いや、多分救援要請で駆けつけてくれた探索者だ」
「かいまる兄ちゃんにも分からない珍獣っているんだ……」
「オイ」
俺の隣でおずおずと俺の服の裾を掴む妹分のアキヒメが適当なことを言う。
確かに俺はモンスターがかなり好きだけど。もふもふしたモンスターに会うためにダンジョン探索しているくらいだけど。
俺はため息をついた。
治癒魔法はもうほとんど終わっていた。治療を受けていた弟分、アキヒメの双子の兄であるアキアツは、まもなく気絶した。でも、その呼吸は穏やかもので、ひしゃげて色々飛び出していた体も治っている。
命を取り留めた。
生き残ることができたのだ。
アキアツとアキヒメは俺がお預かりしている大事な身内なので、死なせてしまうことに絶望しかけていた。全部、駆けつけてくれた上に惜しげもなくアンプルを使ってくれた名も知らぬ女の子のおかげだ。
「……終わった、ました」
「ありがとう、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせない、アンプル代は全部『合同会社にじいろ迷宮』まで請求してくれ。他にもできることがあればなんでも! 言ってくれ!」
「え、え……」
「かいまる兄ちゃん、引かれてるよ」
アキヒメに腕を引かれて、ハッとする。お礼を言いたい一心で迫りすぎてしまった。名も知らぬ女の子は確かに引いている。
「ごめん、自己紹介もしてなくて。俺はダンジョン配信者の飼丸。もふ専ってグループのリーダーだ。この子が白姫、君が治療してくれたのが白篤」
「え、と……」
話すのは苦手な子なのだろうか。
女の子は怪獣デザインの防護パーカーのフードを目深にかぶり、小さく呟く。
「だいじょぶです。私もきもちかったので」
「え?」
:きもちかった?
:なんて?
:あやうい気配…
:エッt……なんでもないです
コメントは見て見ぬふりをした。決して同じことなんか考えていない。ないったらない。
「あ、うで、治しちゃいます。他に怪我ありますか」
「へっ」
「痛いのでちょっと我慢してください。では」
「ちょっ」
次の瞬間、すごい痛みが俺を襲った。そして目覚めたときには名も知らぬ女の子は忽然と消え失せていた。




