3話 私のモンスター!!
ゲートの先からは砂の匂いがした。
ぶわりと風が頬を撫でて、その中に砂粒が混じっているのか頬がちょっとぱちぱちする。かじかむ頬にその刺激は致命傷です、やめていただきたい。
ここは星ノ瀬クロスゲート・ダンジョンの第三層。広大な砂漠が広がるダンジョン空間だ。
:乙
:おつおつ
:あれ、今日は三層?
:大丈夫?
配信画面にコメントが流れていくけれど、今日も例によって読めたり読めなかったり。
もう寒くて限界が近い。砂漠とか直射日光で体温が上がるはずなのに全然関係なく寒い。震えが止まらず、両手で両手を抱えるようにさする。でも指先が一番冷えて感覚ないからむしろ痛いというか。誰かなんとかして。
早く魔法を撃ちたくてマトになるモンスターを探す。でも、見晴らしがいい砂漠の中にそれらしき影は見えない。
「こんな開けてるのにモンスターいないじゃん……」
:ホリックちゃんいつも以上にイってんね
:氷魔法を使いすぎた中毒者みたいになってんぞ
ご名答。氷系の魔法を使える種類の魔力菌が体内で暴れ回ってるんだよ。
お手伝いさんが気休めにと作ってくれた怪獣ちゃんの形の湯たんぽをリュックから取り出して、ぎゅっと抱きしめる。ふわふわで、健康な状態なら心地良い手触りのはずなのに、かじかむ指先では繊維がこすれて痛い。悲しくなってくる。
:今日ヤバそうじゃない?
:帰って休んだ方がいいよ
:病院行きな
「ふぐ……」
半泣きになりながら、私はざくざくと砂の上を歩いた。
三層にしたのは失敗だったかも。モンスターをすぐ見つけたいから見晴らしがいいところを選んだけど、見える範囲にいなかったら探索時間が増える。全然いない。悲しい。
今からでも二層に行こうかな。でも、あそこは森の環境だから視界が悪いんだよね。でもでも、もう結構歩いてるし、そろそろ現れてくれてもいいんじゃない? まだですか? どこにいるのモンスター。
そんなふうにふらふらと歩いていたとき、端末が『ガオガオ』と鳴った。
たまに、日本探索振興機構からの緊急連絡があったり、近くの探索者から救難要請があったりすると通知が鳴るのだ。
見てみると、近くで救難要請があったらしい。
珍しいことだ。モンスターとの命のやりとりは刹那。救難要請を出す前にさくっとモンスターに殺されちゃうことも多くて、そんなに見ない。
要請があるってことは、なんとかギリ生き残れて助けを呼ぶ判断もできる実力者、かつそんな人にも手に負えない激ヤバモンスターがまだ近くにいて本気で動けないとかそういう場合。
つまり、その近くにはギリ生きている探索者とそれを追い詰めたモンスターが確実にいる。
モンスターがいる。
私はすぐに座標を見てみた。すぐ近くだ。やっと! やっと見つけた! 私のモンスター!!
私はほとんど反射的に発動機にアンプルをガシャっとセットした。使うのは身体強化の魔法。ぐんと足に力が溜まる。強く砂を踏み切って私は駆け出した。
:ヤバ
:速い!
:なんの魔法これ
:自己バフ系だと思う、でも威力ががが
:PW3 フィジカルアップ
一歩踏み出すごとに、私の後ろでは砂がドバッと波を作る。一歩の踏み出しで小さな砂丘は軽々越える。私はそれだけ急いでいた。私のだよ! 私のモンスターだから!!
一際大きな砂丘を飛び越える、その向こうに巨大なワームがいた。
:キモイキモイキモイ!
:デカすぎると逆に平気
:キングワームの一種だ
:ホリックちゃん気を確かに!?!?
:一人で突っ込むやつがあるか!
:ダメだよそれ複数パーティーで挑むやつ!!
:よく見てひしゃげた人間転がってるよそこ!
ワームは砂の穴から半身を出しているだけでも超巨大。遠くから見ると龍みたいだ。
ああ、この三層ってボス級のモンスターがそのへんを徘徊していることがあるんだよね。だから三層には探索経験が一年以上のベテランがいないとって言われているらしい。それがこのモンスター。
なんてありがたい。アンプルいくつ使えるかな!
私はガシャっガシャっと青いアンプルを二本ポーチに刺した。いいよね、二本くらいいけるはず。
私はぐっとお腹に力を入れて魔法を放つ。ゴオッと空気が温度変化に悲鳴を上げ、熱せられた砂漠がじゅうじゅうと音を立てながら凍りつく。それは巨大ワームも同じ。
そして一番大事なこと。体の寒気がぐっと引いていく。お腹の奥まで寒かったのに、お日様の光を浴びてちょっと体がほかほかしてくる。
「……っは、ん〜〜、きもちぃ」
:ヤバ
:CV5 アイスブレス二発分
:ご!!!
:さらっと2発撃ってんのなに
:その威力は怪獣だろ
:wwww
:発言もやばいし
:なにが気持ちいいんでしょうかねぇ
:今日のきもちぃごちそうさま
素敵なことに、ワームはまだ死ななかった。まだ殴れる。
私は次のアンプルをガシャっとポーチに刺す。両拳がぼうっと魔法の光を帯びた。
「ッりゃ!」
魔法を纏った拳でワームを殴る。巨木みたいな胴体をしているワームだが、凍ったことですごく動きが鈍くなっている。それを殴ると、その部分がインパクトにゴッとひしゃげ体液が飛び、大きな体が苦しげにうねうねと脈打った。
:絵ヅラ!
:グロいキモいキモい!
:いやおかしいだろキモいで済んでるのは
:それはそう
:配信者の絶望的状況に阿鼻叫喚になってるべきシーンではある
:ホリックちゃんだから
:ホリックちゃん実力はあるからね
:この程度で心配とは新規の方ですか?
:問題なさそうと分かった途端の手のひら返しよ
:CL5 アイスナックル
:5をナチュラルに撃つな
ゴッ、ゴッ、と死ぬまで殴る。ワームは地中に逃げようとしたと思うんだけど、最初の氷の魔法が致命的だったみたい。結局碌に動けずにやがて事切れた。
ここまで使ったアンプルは、四本。全身の寒気がだいぶ引いて、指先のかじかみもかなりマシになった。少なくとも砂漠の陽光をちょっと暖かいと心地よく感じるくらいには、マシ。
でも、うーん、もうちょっと使えると思ったのに。直前にワームと戦った人が相当頑張っていたのだろう。
寒気が少し引いてくると、次に主張が激しいのは頭痛だった。
そう、いろんな症状が併発していて、一つがマシになってもそれで終わりじゃない。いろんな種類の魔力菌を保菌しすぎなのだ、私は。
頭痛の症状を出す魔力菌は厄介だ。なかなか使う機会のない魔法なのです。他にもそういう魔法はあるけど、頭痛が一番私との付き合いが長い。治まりません全然。しんどい。
『どうやら我らが最大勢力になったようですね』と言わんばかりに主張してきた頭痛にギリギリしていると、不意に声をかけられた。
「あの、ありがとうございます。大丈夫ですか、魔力中毒ですか」
「……」
のろのろと見上げる。
なんか、綺羅綺羅しい人だった。頭痛で認識能力がほとんどないので詳しい特徴とか分からないんですけど、それでも分かる綺羅綺羅しさ。
加えてもうひとつの注目ポイントは、片腕がないことである。多分、この戦いでなくなったのだろう。その傷口は新鮮に血液を滲ませていた。すでに止血のための布は巻いているようだが、そこにじわりと赤が滲む。
私はのろのろと口を開いた。
「……で、」
「いえ、あれだけのアンプルを使ってくださったのです、当然ですね。今すぐ病院に、」
「……うで」
「はい?」
「うで、なおしましょうか」
何を隠そう、頭痛の症状を出してくる魔力菌の作用が治癒魔法なのである。ソロだと使わない魔法第一位だ。




