第一章 貪狼星 伍 晴眼者という盲目
「あ~。そういうのは、ご親族であっても教えられない規定になっているんですよ~」
電話から聞こえる失礼な物言いに反吐が出つつも、大人であるのでそこは抑える。
まあ、私が聞いた内容に即答ができる人間が、この世には少ないとは思っていたのだが。
私は、じいちゃんが務めていた新聞社に連絡をとり、現役時代のことを教えて欲しいとお願いした。
あわよくば、当時のじいちゃんを知っている人の連絡先を手に入れたかったのだ。
そんな都合よくいくとは思ってはいなかったが、まったくその通りだった。
むしろすぐに教えてくれるようであれば、情報セキュリティに対する感覚がガバガバだといえるだろう。
ほんの少しの落胆とちょっとの安堵を覚えた私は、次の手立てを考える。
行動しなければ、手に入るものも、入らない。
早速、じいちゃんの書棚を片っ端から開けていく。
手記、日記帳、アルバム、そしてビックリするくらいの量の本、本、本。
丁寧に整列し、読まれることを今か今かと待ち望む彼らは、私を上から見下ろす。
その絶対量に圧倒されるも、私は手を伸ばし、一つ一つを開いていく。
手を止めている暇はない。
手記や日記帳から読み進めていく。
じいちゃんの仕事に対する考え、そして日々の感情の起伏。
怒りや悲しみなどストレートなモノから、静かなるモノまでさまざまなコトバが綴られる。
そこには、じいちゃんという人間の「生命」が感じられた。
書き記されていたのは、仕事に、家族に、世の中に苦悩する一人の男の姿があった。
私の中で神格化していたじいちゃんという人間も、たった一人の人間だったのだ。
そんな当たり前なことなのに、どこか気付かないようにしていた自分がいた。
なんとも拗らせたじいちゃんっ子だ。
そんな盲目的な自分を軽く嘲笑する。
丁寧に一つ一つを読み進めていくうちに何度も登場する名前がある。
「カヲルくん」
どうやら夕日新聞社での仲間であったらしく、手記や日記に度々登場し、その面倒を見ている姿がうかがえる。
「もしかしたら、この人はまだ生きていて、じいちゃんのことを覚えているかもしれない」
そう思うが早いか、じいちゃんの手帳を開き、文字を追って行く。
「あった」
流川カヲル。
自宅の電話番号と共に住所が記載されている。
ここから、そんなに遠くない。
自転車で三十分程度のところだ。
私は、住所と電話番号をメモ帳に殴り書き、スマホを取り出す。
もし、つながらなかったとしても、まだはじまったばかりだ。
空振りだったとしても、何度だってバッターボックスに立ってやる。
私が、じいちゃんの自伝を完成させるために。
じいちゃんの生きた証を私が残すために。
それが、私の使命なのだから。
***
呼び出し音が、耳に響く。
心臓がその音に同調し、心なしか早くなっている気がする。
繋がれ、つながれ、ツナガレ……。
アタマの中で何度も繰り返し叫ぶ。
「ガチャリ」
「はい。流川でございます」
電話口から聞こえてきたのは、品のいい女性の声。
物静かさの中に、丁寧さがにじみ出てくるような話し方だ。
「しまった……」
勢いで電話をかけてしまったが、どのように話をはじめるかを整理していなかった。
「あ、あっく、あ、あ……」
混乱するあたまで次ぐコトバを探す。
しかし、余計にコトバは私から遠ざかっていく。
「失礼ですが、何も無いようであれば、切らせていただきますが」
先ほどとは打って変わり、いぶかし気な、そして冷たいコトバが私の耳を襲う。
「あ、あの、私、白明と申します……。祖父がカヲルさんにお世話になったみたいで、ご連絡を……」
もっと言い方があるだろう。
これでは最近、巷を騒がせている「オレオレ詐欺」のようなものだ。
「祖父? 失礼ですが、あなたの苗字はなんですの? そのイントネーションは、関東の方かしら?」
これまた刺さるような冷たいコトバが続く。
「う、海野です……。祖父の名前は、海野 清と申します。先日、清が鬼籍に入りまして、いろいろと整理をしていく中で、流川 カヲルさんのお名前が……」
言い終わるが早いか、電話口の女性の声色が変わった。
「せ、清さんが! 清さんが! 清さんのお孫さんなのね! ちょっと待っていなさい!」
明らかに動揺していることがこちらにもわかる。
多分、受話器が放り出されたのであろう。
「ゴトリ」と大きな音がした後、忙しなく走って行く足音が聞こえる。
そんなにも大事に受け止めてもらえたとは。
これは「カヲルさん」とお話が出来そうだ。
膨れる期待で、スマホを握る手にチカラがこもる。
じいちゃんを知っている人と話せる。
いや、あの感じであれば、電話口の女性もじいちゃんを知っていた。
じいちゃんは「清さん」と呼ばれていた。
じいちゃんのことを「清さん」と呼んでいるということは、あるていど心を許した仲なのだろう。
不安を孕んだ期待が、私の中でどんどん大きくなっていく。
電話口から重い足音が聞こえてくる。
多分、男性の足音だ。
「もしもし、私が流川カヲルです。清さんのお孫さんだとか……」
思った以上に高い男性の声が耳に入る。
ほんの少しの威圧感と神経質さを感じさせるが、その声は心なしか人を「ホッ」とさせる何かがある。
「突然のご連絡ですみません……。先日、祖父が亡くなりまして……」
私は少しの緊張と軽い安堵の中で話しはじめた。
(つづく)




