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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第八章 破軍星 肆 世界は、人は変わり続ける

 まだまだ粗いながらも、それなりの経営を白は行うようになってきていた。

 本業があるため、会社の代表や役員になれないのだが、全力で事業を進めている。

 私が顧問に就き、雄を取締役社長に、役員に虎を据えた。

 どうやら幼い頃から経営感覚を養わせるといった意味でも、この判断は適当ということらしい。


 やはり社会運営においても昨今は、さまざまなことが変化してきていると感じる。

 ここでも私は、時代に、世界に、おいていかれている感覚になる。


 もう私は生きる化石なのではないだろうか?

 当時の経営感覚では、すでに通用しないことさえ出てきている。

 本当に私の出番はなくなってきているのかもしれない……。



 今日は有楽町で白と待ち合わせをしている。

 どうしても一度は、この場所を見てもらいたかった。

 有楽町駅から徒歩一分。

 一階に映画館と南武デパートを有する有楽町アリオン。

 この辺りでは、最も高いビルディングだ。


 今日はここで白を待つ。

 待ち合わせ時間ちょうど。

 エントランスで待つ私に、駆け寄って来る男がいる。


「わりぃ、じいちゃん、遅くなった」

 背広姿の白だ。

 いつの間にこんないっぱしの顔をするようになった?

 私の足元で「じいちゃん」とすりつくようにしていたのに。

 青年らしい顔をして、はっきりと前を向く精力を感じる。

 まだ、世の中の荒波を知らず、ただ前向きに突き進む純粋さをその瞳が映す。

 一類の危うさを感じながらも愛おしさを感じるのは、ここまで手塩にかけて育ててきたからであろうか。


「白、約束時間前の十分前集合が基本であろう。お前にはきちんと教えてきたのに、こんなこともまだ出来んのか」

 正論であるが、心にも無いことをいう。


「ごめん。じいちゃん。だけど楽しみだったから、走って日比谷公園を抜けてきた! じいちゃんと二人だけでの食事って、正直、ちょっとびっくりだったから!」

 これだ。

 あまりにも自分の感情を表に出し過ぎる。

 こういうところが、まだまだ幼い。

 まあ、孫としては可愛いのだが。


「今日は、上で食事だ。(ゆう)さんにはちゃんと伝えてきているだろうな?」

 何で私が孫の連れ合いに気を遣わなければならない。こんな一言を投げる私ではなかったはずだ。


 確かに優さんはよくやってくれた。

 我が一族の直系の嫡男である虎を生んでくれたからだ。


 それだけではない。

 この白の手綱をしっかりと取り、しかも私にも過分なる意識を向ける。

 嫁入り前には訝しがったものの、その配慮と心遣いに正直驚いたものだ。

 白をしっかりと受け止め、そして教育してくれる。

 そんな想いすら感じはじめてきていた。


***


「すっげ。んなんだこりゃ。官庁よりも高いビルがあるとは思ってもみなかったよ。すっげぇ、景色。ねぇ、写真撮っていい?」

 こいつは、ここまで教えてきた品位をこれしきのモノで吹き飛ばしてしまうとは。

 この程度の人間なのだろうか?

 いささか、あたまが痛い。


 ウエイターが、ビールと肴を運んでくる。

 ここは、夕日新聞の関係者が利用できるラウンジ。

 銀座、日比谷、霞ヶ関、そして永田町が一望できる。

 ビールは陶器の容器に満たされ、その泡が縁に踊る。

 ドイツのそれを模していると言われているが、この景色と、この陶器を持つことが私に興を呼び覚ます。

 かつて多くの仲間、多くの作家や書き手、脚本家とここでこれを喫した。

 そして今、私のすべてを任せる我が孫と契れるこの喜び。


 そんなことをおくびにも出さず、私は続ける。


「ここは、夕日新聞の一部の人間しか入れないラウンジなのだ。お前は特別だ。どうだ? お前のいる街は小さかろう? 街の灯は煌びやかだろう? そして、それだけの人が生活をしている。

 それぞれの想いと、そして希望をもって生きている。お前は、その一人一人の生き方、生活をどう思うか?

 すべてを受けきれるものではあるまいさ。それは、一人一人違う。

 そう。幸せと感じる尺度は、人によって違うのだよ……。私も昔はここが一番だと思っていたが、そうではなかった。たった、一部分なのだよ。日本はここから動いていると思うかもしれんが、それは傲慢なのだ……」


 白が、ビールをグビリとやる。

 お決まりのように泡が鼻下にこびりつく。

 それを舌で白はペロリ舐める。

 まったく、品がない……。


「ん~。抽象的でわかんないけどさぁ。だけど、結構みんな一生懸命、生きてんじゃないかな? 今よりも稼ぎたいとか、いい暮らししたいとか。頑張りたいやつは、頑張ればいいんじゃないかな?

 そして、それが出来ない人は、助けてあげればいいんじゃないかな? 人生、結構楽しいぞって、教えてあげればいいんじゃない?」


 はっ、とした。

 孫に教えられるとは思ってもいなかった。

 この子は私の生き方を受け、自身の感覚でより高めてきたのかもしれない。

 本人は理解していなくても、体得しつつ、より今の時代に合わせ、そして高めてきたのではないかと。

 これは私の思い違いかもしれない。


 だが。

 そんな視点で、世界を、事象を、白が見れるようになったことに何よりも喜びを感じる。


「ああ、そうだな。白の言う通り、みんなが頑張っている世界なんだな……。お前は、この世界が好きか?」

 まだ小便クサい孫に向かって言うことではない。

 だが。どのようにお前が生きたいかを知りたい。


「もちろん好きに決まってるよ。可能性しかない今を生きているって、結構、嬉しいことなのかもしれないと思ってる。

 だって、数十年前だったら自由に生きるって、なかなか難しかったでしょ? 時代がようやく許してくれるようになったと感じるよ。まあ、これからどれだけ変わって行くか、わかんないけどね」


 年齢ではない。

 私が時代を受け入れていないだけだったのだ。

 時代の方が私を諦め、受け入れてくれないと早合点していたのだ。


 まったく違った。

 今を生きる子達であっても、その潮流に乗るために学び、そして吸収しようとしているのだ。


 私が、勘違いをしていた。


 今の世代は、時代に適応するために、そして乗り遅れないために、学ぶ世代なのだと……。


(つづく)

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