表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/48

第七章 死兆星 肆 かく叱りき

「祖父が臥せる随分前に、ご自身の体調が悪くなってご家族に引き取られたんです。その後は、連絡はまったくありません。彼女のことで私の家も随分、荒れました……」

 じいちゃんはある期間、女性と同居をしていた。

 カルチャーセンターのある講座で出会った言っていたその女性は、じいちゃんより10歳も若かった。

 とはいっても、会ったときには既に70歳を越えていたのであろう。

 四角い顔でお世辞にも器量がイイとはいえないその老女は、キヨと名乗った。


***


 私がキヨさんとはじめて会ったのは、年に一度の親族が集まる食事会だった。

 みなとみらいの夜景が一望できるそのレストランが毎回の会場。

 はじめて来たときは、食事よりも夜景に、水面に映る船の明かりに、心を奪われたことを覚えている。


「んなぁことは、絶っ対に認めない! 何よりも母さんのことはどうなるんだよ! いい年して、そんな品のない話をするんじゃあないよ!」

 英叔父さんが大声で吠える。この人もいい年齢だろうに。

 こういう場で大声を張り上げることの方が、品が無いことをわかっていないのではないだろうか。


 その横でうちの親父は、次のビールを注文している。

 まったく親も親なら、子も子だ。

 そんな冷ややかな目で、家族会での爆弾発表を私は聞いていた。

 奥まったテーブル席。

 食事をしながら、ここから海と夜景が楽しめる。

 だが、今日は海も、私たちの顔を見ず、じいちゃんの横で申し訳なさそうにキヨさんは俯いていた。



「……だからな。お前たちも、孫たちも大きくなったし、私だって少し、ゆっくりしたいんだよ。料理教室で知り合ったキヨさんじゃ。

 彼女も早くに連れ合いを亡くして、お子さんやお孫さんも既に手から離れている。少しの間でも一緒に暮らそうという話になったんだが……。お前たちは、どう思う?」

 先ほどじいちゃんは申し訳なさそうに話を切り出した。

 そのキヨと名乗る女性を隣に座らせ、家族に自分の今後を問うたのだ。


 それを聞いた英叔父さんの反応がこれだ。

 じいちゃんに向かっての言葉ではない。

 それに隣のテーブルの人だって、こっちを見ている。

 勘弁してほしい。

 料理を口に運ぶ手を止め、英叔父さんはさらに続ける。

 力強くその手に握られるナイフとフォークは、一度置いた方がいいのではないだろうか?


「だから、絶っ対、反対だよ! どういう了見でも、父さんとその人が一緒に住むことは認めたくないね! 雄兄さんはどうなんだよ!?」

 いきなり話を振られたうちの親父はビールにむせる。

 ちゃんと話を聞いていろよ。

 まったく、これでは英叔父さんと、どちらが兄だかわからない。


「んあ? いいんじゃないか? 父さんの好きにして。別に籍を入れるわけでもないんだし。それに父さんの人生だろ? 英や俺がとやかくいう問題じゃあないよ。

 それよりもここの焼き蟹がおいしいみたいだから、早くもってきてもらおう。父さんも蟹はスキだろ? 燗酒を一本つけよう。二合でいいよな」

 相変わらずの緩さだ。

 親父はいつもと同じ調子。

 まあ、そんなところに救われもするのだが。



 しかし、これには英叔父さんも耐えきれず、怒りを加速させる。

「雄兄さんがどういったって、そんなこと認め……」


「英! 少し黙りなさい。父さんがそうしたいって言っているんだ。ガキみたいなことをいつまでもいうんじゃあない!」

 親父がピシャリと話を終わらせる。


 こういうところだ。

 こういうところがやはり親子なのだと感じる。

 じいちゃんは常に「しゃんと」しているのだが、父親はユルユルだ。

 だが、締めるべきところでは、締める。

 叱るべきタイミングでは、しっかりと叱る。

 そのギャップが大きいからこそ、凄みが生まれるのだが。


 英叔父さんはようやくその手からフォークとナイフを離し、手元のスパークリングワインを一気に煽る。

 怒りが収まらない英叔父さんの眉間には、見たことが無いくらいの縦縞が刻まれていた。

 はじめてみる父親が狼狽する姿に英叔父さんの娘たちは、動揺の色を隠せない。


「……だから、そんな品のない姿を人前で見せるものではないんだよ……」

 と私は心の中でつぶやく。


 向こう隣から蚊の鳴くような声が聞こえてくる。


「ごめんなさい。ごめんなさい……。皆さんには絶対に迷惑はおかけしませんから……。どうか、どうか少しの間でも構いません……。清さんと少しの間、一緒に居させてはもらえませんでしょうか……? 今生の……、今生のお願いです……」

 キヨさんが目元を抑え、俯き、何度も何度もつぶやく。


 この絵は一体なんであろうか?

 気落ちする老女に対して、いい大人が叫び散らす。

 傍から見れば、地獄絵図に他ならない。


 だが、私は他人事にしたかった。

 じいちゃんが大好きな私としては、思うところがなかったわけでもない。

 ただ、じいちゃんの判断だから仕方がないと冷静になれるほど、私は十二分に反抗期の高校生だった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ