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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第七章 死兆星 参 進むは闘牛のごとし

ゴーン。ゴーン。


 時計の鐘の音が鳴る。

 この客間には、昔ながらの壁掛け時計がある。

 木製の外装に封じ込まれた金色の時計は、その足元の振り子に一定時間ごとに悲鳴を上げさせられる。


「私がこんなにも動いたのだから、今度はあなたが叫ぶ番」と急き立てられるように。

 しかし、時計は振り子がいなければ正確な時は刻めない。

 時計が時計であるためには、振り子が必要だ。だが、時計は一生、振り子に制約される人生を送ることになる。

 振り子は、時計のためにだけに、ただその身を生涯にわたり、自らの身体を揺らし続ける。

 時計は、振り子と果たして一緒に居たいのだろうか?



「その年は我が夕日ソノラマ出版社で開業以来の収益が出てね。業界でも『さすが夕日新聞社。出版業も成功する』なんて、大きく取り上げられたりもしたんだ。

 人気だったSF小説も中田君の『嵐ラーン戦記』が大ヒットをしてくれてね。まさに私たちの時代が来たことを感じたんだ……」

 カヲルさんが再び語りだす。

 少しトロリとした口調になっている。

 そろそろ暇をする時間が近いかもしれない。


「その年、私と清さんは退職をした。いわゆる定年退職ってやつだよ。当時は今と違って60歳で定年退職だったんだ。私も清さんもまだまだやりたいことが、たくさんあったっていうのにねぇ。

 会社勤め人生っていうものは、あっという間に終わるもんなんだ。どんなに実績や成果を上げても、退職した翌日からは唯の人として扱われるんだ。退職金やなんかはたくさんもらったが、本当に何も無くなっちまうんですよ」

 カヲルさんは両掌の中でグラスを弄ぶ。

 氷がカラカラと小気味の良い音色を奏でる。


「祖父は60歳を過ぎても、毎日のように会社に行っていたように思うのですが、退職したんですよね?」

 確かに定年はしたと聞いたが、じいちゃんはスーツを着て、毎日どこかへ出勤していた。


「ああ、そうだった。私の話しではなく、清さんの話だったね。すまなかった。やはりちょっと酔っているのかもしれない……。清さんは相変わらず精力的でね。退職間際に私にこんな話を持ち掛けてきたんだよ。

 『カヲル。私と一緒に会社をやりませんか』ってね。

 私は心底ビックリしましたよ。まだこの人は何かをやりたいんだって、正直呆れました。さすがの私も『ちょっくら暇を頂戴したい』って、言ってやりましたよ。

 そしたら清さん『わかった。ゆっくりと休め』とだけ言って、退職の翌日から『九品』に事務所を構えて、起業をしたんですよ。

 なんというかね。どこまでも止まらない人でした。あの時、清さんが差し伸べてくれた手を握っていれば私も、もう少し人生を楽しめたのかもしれませんね……」

 そういう好々爺の顔が寂しく見える。



「あらまあ、こんなにも正体を無くして。清さんのお孫さんの前で恥ずかしいったらありゃしない! あなた。しっかりしてくださいまし! 白明さんも大変だったでしょうに。こんな老い耄れの話を長々と……」

 客間に入ってきたレイさんは、カヲルさんを見るなりにそのグラスを取り上げ、テーブルに置く。

 その足でカヲルさんを小脇に抱きかかえるようにして座椅子から立たせる。


「いえ……、私こそこんなにも飲ませてしまってスミマセン……。そろそろお暇をさせて頂きます。毎回、毎回スミマセン……」

 毎回、散々に食事をいただき、おいしいお酒をこれでもかと飲ませていただく。

 それだけでない。

 じいちゃんの当時の話を聞ける。

 むしろ、おもてなしをしなければいけないのは、私の方だ。


「何をいってますの。清さんのお孫さんであれば、私たちの孫と変わりませんよ。カヲルさんを始末いたしましたら、上り花をお持ちいたしますので、少しお待ちくださいな」

 始末する……。

 昭和のコトバ運びには時々ドキリとさせられるものがある。


***


 レイさんを待つあいだ、煙草を一本喫む。

 じいちゃんの会社は現在、親父と私の息子の虎が代表として継いでいる。

 その会社は、じいちゃんの退職と共に設立されたとは、なんとも感慨深い。

 先日も思ったことだが、じいちゃんの人生を知れば知るほど、私の中のじいちゃん像から離れていく。

 だけど。


 オモシロイ。


 あまりにも波乱万丈な人生を送ってきたからこそ、じいちゃんの帝王学ができたのではないかとおぼろげに理解ができる。

 ただただ、もっとじいちゃんを知りたいと私は思う。

 私がじいちゃんからもらった「教え」や最後の言葉を理解するために。



「あらあら。白明さんは煙草を喫まれるのですね。あんまり感心できない習慣ですよ。そのあたり『しゃんと』考えなさいまし」

 レイさんが盆にお茶を持って客間に入ってきた。

 私の悪習慣をじいちゃんと同じく、ズバリと突いてくる。

 このあたり、本当に孫のように扱われているようでむず痒い。


 レイさんは湯呑を私の前に置く。

 自らも湯呑を持ち、背筋を正して目線をツイと向ける。

 その所作は、年齢を経ていても美しい。


「清さんも大概のヘビースモーカーでしたけど、やめましたよ。確か、あなたが生まれたと同時に煙草を喫むのをやめたのじゃなかったかしら。あなたもお子さんがいるのであれば、お考えなさいまし。

 それよりも……。あの女はどうなったの? あの女だけは私は、絶対に許せないのよ!」


 あぁ。

 いつかは聞かれると思っていたけど、レイさんから聞かれるとは思わなかった……。


(つづく)

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