第七章 死兆星 伍 ツイの在り方
「あの人は、照さんがいらっしゃる頃から、ずっと、清さんを狙っていたんですよ!」
レイさんが湯呑を強めにテーブルに置く。
立ち振る舞いがキレイな人の行動がこうもあると、なんとも不安を掻き立てる。
「あの人は照さんのお茶の生徒さんだったのよ。それなのにいつの頃からか、お茶を習うというより清さんのことばっかり。あの人、きちんと所帯をもっていたにもかかわらずよ?
もう、本当に信じられない! 仕舞いには、照さんの陰口をいうくらいだったんだから! 照さんは『放って、おきなさいな』なんていうんだもの。私の大好きな照さんを悪くいうなんて、絶対に許せなかったのよ!」
目が怖い。
女性の嫉妬や妬み、恨みは怖いものだと知ってはいたが、間近で触れるとその火力に圧倒される。
「清さんも、清さんですよ! 照さんが亡くなって十五年経って同棲をはじめるとか、まったくわかりませんわ! 照さんのことを想っていたら、そんなことできないと思うんです!
あぁ、もう! 思い出しただけで、ムカムカしてきましたわ!」
レイさんの湯呑を持つ手にチカラがこもる。
ことばを差し込む隙さえ与えてくれないとは、こういうことを言うのだろう。
レイさんは自らの発するコトバに酔い、それに気持ちを二つ、三つと押し上げていく。
女性というものは、男性以上にコトバによって感情も行動も作り上げられているのだと今さらながらに思う。
「でも、祖父は恋愛感情とかではなく、祖母が目を掛けていた人だから、同棲をしたんじゃないでしょうか? 彼女は、旦那さんを早くに亡くし、息子さん達が手から離れ、ずっと一人で住んでいたって聞きました。それに、脚も悪かったみたいだし……」
思ってみたことを話した瞬間には後悔していた。
後の祭りとはこういうことをいうのだろう。
「そんなことは百も承知よ! だから、許せないのよ! そういう悲劇を持ち出してでも、清さんと一緒にいたいって思うところが許せないの!
あぁ、もう!
清さんの優しいところを知っているからこそ、そうしたに違いないわ! 余計に小憎らしい!」
火に油を注いでしまった。
というか、私たちは一体なんの話をしているのだろうか?
「最終的には、肝臓が悪くなったとかで、息子さんが経営する病院に入るため、同棲を解消されました。お金のことや内縁の妻として認めろといったことはまったくありません。
祖父も同棲が解消される際には『そうか……』とつぶやいただけでした。祖母が面倒を見た人の最後を見てやるつもりだったのかもしれません……」
レイさんは、一つフウっと嘆息し、湯呑をすする。
「まったく、その顔でそんな風に話されると、まるで清さんに諭されているみたいだわ。本当に清さんがあって、あなたがあるのね。喋り方や、考え方が清さんそっくり。清さんがあんなにもあなたに愛を注いでいたのだもの。そうでしょうね。
私もちょっとあの頃に戻ったようで、チカラがちょっと入ってしまいました。なんだかお恥ずかしいですわ。
ささ、そろそろ遅くなってきましたわ。これ以上引き留めると奥様に失礼になります。支度をしてくださいな」
その顔が、スウっと少女のものから凛としたものに変わって行く。
まったく女性というヤツは……。
***
「今夜もありがとうございます。カヲルさんにも、どうぞよろしくお伝えください」
靴を履き、敷居を越え、振り返りざまレイさんに向かって一礼する。
今日も少し飲み過ぎてしまった。
レイさんは「しゃんと」伸びた背すじで私を見送る。
「いいえ。こちらこそ今夜もとても楽しませていただきましたわ。また、いらしてくださいな。
あぁ、これは老婆の独り言でございます。
私もね。清さんをお慕いしていたのよ……」
扉が静かに、そして荘厳に、バタリと閉まり私たちの間に立ちふさがる。
まるで此岸と彼岸を、静かに優しく線を引くかのように。
まったく、女ってヤツは……。
(つづく)




