第六章 武曲星 肆 怪物たちとの邂逅
革ジャンにジーンズ。
その男は、はじめての面会だというのにあまりにもラフな格好で現れたので、こちらが面食らってしまった。
道教の僧を彷彿とさせる口髭と顎髭が年齢以上に老けて見せる。
多分、私より十歳以上若いはずだが、その印象はヒッピー崩れの老僧。
こんな風体の男が、あんな作品を作れるとは私は信じることができなかった。
***
先日、物語センターで紹介された物書きの一人と今日は会っているのだ。
名前に「嵐」を冠したこの男は、地球を守るため宇宙で異星人と戦う内容の小説を書いているという。
嵐と聞くとイヤなイメージが湧くが、今はそんなイメージを持つべきではないと、あたまを振る。
前もって原稿を読ませてもらったが、正直、肝を抜かれた。
純文学ではない小説が、SF小説が、こんなにも面白いものだとは思ってもみなかった。
恥ずかしながら、この歳になってSF小説にワクワクさせられてしまう自分がいた。
会話表現が多いのにも関わらず、その映像が想像できる。
そして、登場人物がわかりやすいのだ。
むしろ、いままで児童文学にカテゴリーされていたものは、そのカテゴリーを飛び出し。青年や子女の心を掴むものへと変貌していた。
先日、たまたま帰ってきていた雄に話を聞いてみた。
それはちょっとした遊び心を含んだものであったが、なにかしらのきっかけを手にできるかもとの期待もあった。
「雄は、SF小説なんてものを読んだことはあるのか? まあ、子どもっぽい作品だから、読んだことが無いかもしれないけれども。世間では、そういうモノは流行っているとかを耳にすることはあるか?」
雄はキョトンとした瞳で私を見る。
少しの間を置いて、雄はその表情をクルリと変え、ニヤリと笑う。
「あぁ。すごく流行っているよ。最近じゃ小説だけじゃなく、マンガもすごい迫力のものも多いんだ。学校でも真似してSF作家みたいなことをしているやつらも出てきているぜ。
なに? 父さんの会社でもそんな本を出そうと思っているの?」
驚くことに喰い付いてきた。
最近では、ほぼ口も利かず、夕食時に会っても金の無心の話しかしていなかった。
家族との会話の中で仕事の話をするとは、なんともおかしな気分だ。
「じゃあ、雄も実際に読んでいるのか? これからも流行っていくと思うか?」
これには正直、自分でも驚いた。
私から雄に対して意見を求めるとは……。
まったく、こんなにも近くに想定読者がいたのに、市場調査をしていたとは。と自嘲する。
「絶対に流行ると思うよ。文豪とかの偉そうな文章じゃなく、肩の力を抜きながら読めるし、その中に感動があったり、学びがあったりするんだ! 若者には今後、こういった本がどんどん売れていくと思うよ!」
雄のこんな輝いた瞳を見たのは久しい。
人生とは、家族とは、なんというタイミングで再度つながるモノなのかと独り言ちる。
***
ああ、話が逸れてしまった。
元に戻そう。
この男の作品の中で一つだけ、気にかかることがある。
地球人が宇宙で戦う方法が、戦艦を使うのだ。
しかも海軍が使っていた、あの憎き名前を冠する戦艦だ。
私は、陸軍に何度も人生を狂わされてきたが、それ以上にキライなのは海軍である。
徴兵時に私は陸軍に召集され、そこで戦争や兵器、設備のイロハを学んでいた。
陸軍の教官たちは、海軍を悪鬼のように嫌っていた。
私は「同族だろ」と心の中で思っていたのだが、それは大きな勘違いだった。
ある日、うちの装備の一部を海軍の連中が引き受けに来るということがあった。
教官たちは朝から、イライラを隠せないらしく、それは私たちへの暴力に現れた。
まあ、いつものことであるのだが。
海軍の連中は、大人数で来るなりに装備を分解し、車にあっさりと積み込んでしまった。
手を貸そうとするも、
「ワンころどもの手は借りんよ」
と侮蔑に満ちた言葉を浴びせられたのだ。
取り残された私は「ワンころ?」とその時はまったく意に介していなかった。
後で知ったことだが、軍の中でも序列のようなモノがあるらしく、陸軍は海軍に見下されていることを知った。
海軍は戦火の中へ。陸軍は本土決戦における肉の壁。
つまり軍の中で陸軍は、非戦闘員であるにも関わらず、軍を名乗る輩として扱われているのだ。
そして、最終局面においては、自らの肉体を挺して国民や御大をお守りする。
なんとも嫌な愛称をつけられたものだと、聞いた時には吐き気を催した。
その海軍の代名詞とも呼べる戦艦を冠する作品とは。
気持ちが穏やかではない。
「いや~。お目を付けていただき、嬉しいです~。夕日新聞社さんお抱えの出版社が興味を持ってもらえるってことは、これからはSF小説の時代ですかね~。私も次々と書いていきますよ~」
ヒッピー崩れの老僧は、丸い眼鏡の奥の眼をいやらしくゆがめる。
本当にこいつの書く作品にわが社の命運を託していいのだろうか……。
午後には、もう一人の物書きと会うことになっていた。
事務所に現れた男は痩身、面長でまるで馬のような男だった。名を「豊野」という。
だがこいつに目を付けたのは、漫画も物書きもできるとの評判からだった。
今や漫画界隈では引っ張りダコになっている、鷲鼻眼鏡のいけ好かない男の元でも修行をしていたと聞く。
今後、我が社が漫画にも進出する可能性があるのであれば、一度会っておく必要がある。
豊野は、午前に会った「嵐」という男とは、雰囲気が全く違った。
あの男を陽と捉えるならば、この男は陰。
私よりも一回りも年下にも関わらず、見下すような態度を取る。
まるで「任せてくれれば、オモシロイものを作ってやる」そういっているかのようだ。
豊野の持ってきた作品も、SF小説。
宇宙を舞台に地球軍と地球独立軍が戦争を行うモノ。
実際には人型のロボットが戦うのだが、小説の内容は恋愛やら、自己承認やら、自立がテーマという。
どいつもこいつも宇宙をテーマに書きたがるのは、数年前の人類初月面着陸がもたらしたものか。
やはり、これに我が社の命運をかけてイイものかとあたまが痛い。
普通に見れば、「嵐」も「豊野」も妄想癖の延長のようなモノで物書きをしている。
こいつらは、ある意味、社会不適合者なのではないかと思う。
だが、当の二人を起用しようとしている私が、一番の社会不適合者なのかもしれないが……。
***
その夜、カヲルも呼び、嵐と豊野に酒を飲ませてやった。
どうやら二人は知り合いだったらしく、二、三言話すと、そっぽを向いて飲みはじめてしまった。
まあ、小さな業界なのだろう。何かの因縁があるのかもしれない。
嵐は、しきりにカヲルに自分の作品の話しをしていた。
カヲルもいつものように相手に調子を合わせ、話を引き出し、盛り上げていく。
相変わらず、人の扱いがうまい。
嵐は次々にビールジョッキを空けては、その声を大きくしていく。
カヲルの人の調子の乗せ方はいつ見ても気持がイイ。
こういうところが人たらしと呼ばれるところなのだろう。
一方の豊野は、静かにグラスを揺らしている。
「どうだ? 何とかやってみることは、できそうか?」
ロックグラスを片手に近寄る。
少し顎を上げるように話すのが豊野の癖らしい。
「大丈夫です。俺は、アイツみたいに適当じゃないんで。ゼッタイに面白いモノ作りますよ。小説でも、漫画でも、アニメーションでも」
アニメーション?
また新しいコトバが出てきた……。
難解だ……。
(つづく)




