第六章 武曲星 参 教育者という扇動者
夕日ソノラマ出版社での仕事は難航を極めた。
ここ数年は、本当にどのように舵を切っても鳴かず飛ばず。
振るわぬ業績は、親会社である新聞社の耳にももちろん入り、当然のように私たち役員は叱責を受ける。
私事でも、次々に起こる事柄が私の心を大きく揺さぶる。
大学へと進学した雄は、独り暮らしを勝手にはじめ、英は学校で暴力事件を起こした。
雄は「学生運動が盛んになって授業がほとんどない」と言ってフラッと家に帰ってきては、夕食をたらふくかき込み、お金を無心する。
そのお金で試験勉強の本を買うと言っていたが、女か酒に使ってしまうのだろう。
「学校が無ければ、洋食屋の下働きなどでもしたらよかろう」
と、私がいうと、
「俺は下働きなどせずに、法律家になるんだ。だから勉強をするんだ」
と、なんとも青いことをいう。
法律だけでは食ってはいけないのが現実。まあ、理想を語り、そして盲目的に追いかけられるのは若者の特権といったものかと独り言ちる。
それにしても、我が子であるにも関わらず、その思考は、難解である……。
一方、次男の英は高校生にも関わらず、私や雄よりも頭一つ分、背が高い。
昔から身体は大きかったのだが、中学生になった頃からさらに大きくなった。
育ち盛りの雄と英が二人並ぶ食卓は、まさに戦場を思い起こさせる。
照が次々におかずをつくり、茶碗にコメを大きく盛り、椀物を追加しても、どれもこれもキレイに消えていく。
まさに駆逐していくという表現がしっくりくる食べっぷりだ。これだけ食べれば、大きくなるのも頷ける。
そんな英は、最近はやりのサッカーなるものに、熱中しているらしい。
今回の暴力事件もこれがきっかけだと聞く。
サッカーの試合中、相手が英の服をひっぱり、無理矢理転倒させたとのことだ。
これに怒った英は、相手に殴り掛かりケガを負わせたという。
昔から、英は優しい性格のはずだが、サッカーというものは性格を攻撃的にするモノらしい。
後日、照が相手に菓子折りをもって謝りに行ったと聞く。
その際にも英は、不貞腐れていたようだ。
そんな品のない態度がよく取れたものだと、こちらにもアタマを抱える。
なんとも難解である……。
そんな状況を照は「黙ってみてやりましょう」といっていたが、そんな姿すら私の怒りの対象になる。
こんなこともあり、私はどんどん仕事へとのめり込んでいった。
家族からの、社会からの責め苦が、より私を追い込んでいった。
***
親会社である夕日新聞社は男性の知識層、会社員を想定読者としている。
そして我が出版社では、これを継承し、報道、ドキュメンタリーを中心とした雑誌をこれまで数冊発刊。
また、音楽とインタビューを融合させた新しい雑誌の発刊など、書籍の新しい可能性を模索してきた。
だが、どの事業、作品も大ヒットとは言えず、私たちは迷走をしていた。
本での出版は、新聞とは違った読者層を手に入れなければならない。
想定読者を再度設定し直す必要があるのだ。
戦前、本の多くの読者は、新聞と同じく男性の知識層。
一昔前に多くの書籍を残した文豪と呼ばれる人の多くも想定読者をそこに置き、自らの表現を発出してきた。
戦後に物書きという職業で食いつないでいる人たちも、大概がそうだ。
だが。
戦後、社会がここまで変化したにも関わらず、読者層が変わらないというのは本当だろうか?
もしかしたら、私はこの時代の読者、作家や物書きの考えていることをきちんと理解しているのだろうか?
表参道に作家見習いを集め、指導を行う学校のようなものができたと勉強会で聞いた。
先般、私が主催したパーティーでそんな講演があったのだ。
これから物書きになる人間の青田買いができるだけでなく、業界の動向も知ることができる。
私は、パーティーで貰った名刺を探し、早速面談の予約を取った。
***
表参道駅から歩いて十分程度。
煌びやかな通りから外れた、路地の一角にそれは、あった。
物語センター。
作家や脚本家を目指す者たちに製作方法のイロハを伝えることを目的としたそれは、思っている以上に固い場所では無かった。
入口には大きな華が活けられている。
その黄色が目に、心に、晴れやかさを与えてくれる。
目にした来訪者がフッと心が軽くなるような気づかいが心地よい。
なんという花なのだろうか?
吹き抜けのフロアにはテーブルが散在し、幾人かが思い思いの場所で紙にペンを走らせる。
自由に、勝手に、好きなところで創作させる。
フロアを一望するだけで、そのコンセプトがありありと伝わってくる。
これが新しい時代の物書きのスタイルなのだろう。
親会社である夕日新聞社の看板コーナーである「編集者が世間を切る」というコラムの担当者は、根が詰まってくると商談スペースのソファーに陣取り、大量の煙草を摂取しては、寝て、書き、寝て、摂取し、血走った眼で原稿を上げていたことを思い出す。
時代と対象が変われば、物書きもハイカラになっていくものなのかと独り言ちる。
奥から私と同じくらいの年齢であろう、男がやってきて右手を差し出す。
この学院の設立者とのことだ。
パーティーでは、こちらから仕事の話がきちんとできなかったことを詫びると、近くのテーブルを勧められる。
ここでは、オープンなスペースで商談さえもおこなうという。
明け透けというか、情報管理意識が低いというか、こちらとしてはなんとも複雑な気分だ。
これが新しい仕事の在り方なのかと、あたまを掻く。
私自身、イロイロと吸収し、学んでいなかければ置いていかれてしまうと改めて思う。
時代はどんどん進んでいるのだろう。
「それで……、最近の動向でしたね。それと、作家の斡旋……。作家の紹介はできるのですが、実際にお受けするかどうかや契約に関しては、本人に任せています。
やはり本人が納得したものを書くというのが私たちの方針でして……。強制されて書かれたモノは、コトバに命が乗りません」
そう語るこの男は、雰囲気こそ柔らかいが、眼と心に太いモノがある。
オモシロイ。
やはり話を聞きに来てよかった。
「最近でも面白い作品はたくさんあります。書く人間がオモシロイ! と思って書けば、オモシロイ作品になるのです。
ただ、書き方などを伝える人間が少なくなった。昔は徒弟でこういったことをしていたみたいですが、そういった制度がなくなりつつある現在では、あまりうまく伝わらない。そんなんだから、多くの作家や脚本家の芽が摘まれちまう。それをね。ここでは教えてあげるんです」
眼鏡の奥の細い眼がより細くなる。
この男は、しっかりと芯を持ちつつ、過去を踏襲し、時代に挑戦をしていると直感する。
「スミマセン。こちらの宣伝みたいになってしまいまして。なんせ、夕日新聞社さん直営の出版社さんとのことでしたので、いささか熱くなってしまいました。
……そうでしたね。最近の動向ですね。昨今の読者層は知識層というよりは、子女や青年層が作品を手にする機会が多くなっていますね。そういった方々でも作品に触れられるほど、世の中は裕福になってきたということでしょう。
ジャンルですか……。最近ですと純文学というよりも、ミステリーやSFといったものも読まれていますね。小説などに限らず、漫画も流行しているんですよ」
ミステリー? SF? そして、漫画?
そんなものは、絵本と大して変わらないのではないか?
幼児が楽しむモノで、青年層やいい歳をした女性が読むモノなのだろうか?
「最近では、これらの作品としての精度が、すごく高くなっているのですよ。何人か、ご紹介します。物書きとしても人間としても一癖も二癖もあって、オモシロイ人達です。海野さんもきっと気に入ると思いますよ」
そういうと数人の名前と連絡先を教えてもらうことができた。
どれも聞いたことが無い名前ばかりだ。
こんなにも野心的で、まるで作家達の扇動者のような男を信用していいのだろうかとも思う。
だが時代は変わり続けている。
それはただ私が、時代についていけないだけなのではないだろうか。
私自身も変わっていかなければいけないとも思う。
しかし……、天下の新聞社が子供じみたものを扱う……。
報道、ドキュメントにチカラのある私たちが、空想小説や漫画を出していく。
果たして世間は、どのような反応をするのだろうか……。
なんともいえない靄が私のあたまを覆うのだった。
(つづく)




