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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第四章 文曲星 肆 他山の石

 夕日新聞社に入社し、1年が経過しました。

 はじめてここを訪問した日に、今までの学歴や経歴などを仔細に聞かれました。

 カヲルとは別室に通され、約3時間にわたり根掘り葉掘り聞かれたのを覚えております。

 各々の面接が終わるころには「じゃあ、来月のアタマから来てくれ」と言われたことにわたし達は、顔を見合わせて笑ってしまいました。

 こんなにも大きな新聞社がほぼ即決していただけるとは、よほど人材不足なのかとも思ってしまいました。



 それからは、もう怒涛の日々でございます。

 肥料工場へ新聞社に転職する旨を説明し、退職の手続きを行っていきます。

 新聞社に入社することを告げると社長室に通され、社長直々にお言葉を貰えるくらいのものでした。

 社長には、はじめてお会いしたのですが昔なじみのように接され、肌が粟立ったのを覚えております。


 世の中というものは、人というものは、なんとも現金なものでございます。

 今までは、一工場夫としてずさんに扱い、過酷な労働とそれに見合わない給料を強いていたにも関わらず、自らに少しでも益があると知れれば、手を返したように扱いを変える。

 私はこれまでの人生の中で、このような品のない人を多く見てきました。

 その度に、心の中の深いところにズシンと重りが堆積していくのを感じます。

 人とは、なんとも難解なものか……。


「清さんは、そういうところが潔癖で、真面目なのです。もう少し、大人になられてはいかがでしょうか?」

 訓されてしまった……。

 これではまるで、母子のようではないか。

 工場でのやり取りの一部を夕餉の際に、照に話してしまったが失敗だった。

 このやりとりを聞き、タダ飯を喰らいに来ていた悪友は横でカラカラと笑っております。


「清さんは、真面目過ぎます。人は清さんが思うほど、そんなに『しゃんと』した方ばかりではありませんよ。みんな結構ズルいし、シタタカです。自分の都合のいいようになることばかりを考えているのですからね!」

 いつものムクレ顔で、捲し立てる。

 どうやら私より社会や人間というものを照は理解しているようだ。

 まったく人というものは難解でございます……。


***


 さて、夕日新聞社への入社手続書類を書いていくのですが、これがまた大変。

 もちろんカヲルも書かねばならないのですが

「清さんと一緒でいいや」

 と投げてこちらに放ります。

 こんな大事であっても、彼の能天気な性格は変わりゃあいたしません。


「日本を代表する新聞社に入るのだ。ちょっとはしゃんとおしよ」

 と苦言を投げたものの、昼寝を決め込む始末です。


 夕日新聞社への入社は、照も十二分に喜んでくれ、身重であったにも関わらず、さまざまな支度をしてくれました。

 ああ、言い忘れておりました。

 照と私の間には、新しい命を授かっており、これまで以上に踏ん張らねばと思っていたところだったのです。


「日本屈指の新聞社に入るのですから、イイものを召さねばなりませぬ。清さんには、これまで以上に『しゃんと』してもらわねば、妻の私が笑われます」

 そういうと、照の実家からいただいていた「津軽びいどろ」のグラスや風鈴を質に入れ、お金を工面してきてくれました。

 そのお金で立派な背広を買い、照の前で着てみると。


「やっぱり、清さんは英吉利仕立てがお似合いです」

 と、満面の笑みを漏らすのです。

 ああ、照と私の子は、もっと幸せにしてやらなければと思いを強くするのでありました。


***


 新聞社での配属は、まったく難解なモノでした。

 いつかの酒飲み場での話しとはまったくに逆で、私は営業部。

 カヲルは輪転機(りんてんき)の開発整備部へと配属となりました。

 輪転機とは、新聞を自動で刷り上げていく機械であります。

 これが止まってしまうと、新聞を刷ることができず、もちろんのこと販売もできず、売り上げが下がります。


 そのため、この輪転機の整備や点検には、慎重を期する必要があります。

 しかもこの整備や点検は朝刊、夕刊の新聞が刷り上がったあとに行う必要が有るものですから、交代勤務で常に整備をしているようなものです。

 必然的にカヲルは会社近くの貸アパートの一室に移り、不定期な仕事生活をはじめたのであります。

 根は真面目なのですが幾分か大雑把なカヲルのことですから私としては、心配でありました。


 何度か人事部に対して「カヲルを別の部署へ」と、お話を持って差し上げたのですが、それは巌として受け入れてもらえませんでした。

 カヲルもカヲルで、

「どうやら私の性分があっている仕事みたいで、一気に整備長になったよ。面白いからもうちょっとやってみるよ。清さんや照さんにいつまでも、迷惑かけるわけにはいかないしな」

 と、小生意気な口を利くくらいでした。

 人とは少し不便で困難なことに直面することで、精神的にも成長するとは聞いておりましたが、いささか寂しいい心持ちでもあります。



 私、ですかい?

 最初のうちは慣れない営業に四苦八苦しておりました。

 先輩と一緒にさまざまな営業先へと足を運び、商談を行います。

 新聞社の営業とはオモシロイもので、さまざまな会社へと赴きました。

 その多くは「新聞に広告を掲載してみないか?」と相談するというものでした。

 新聞とは広告掲載が、一つの収入の柱になるのです。


 もちろん新聞を多く買っていただき、そして購読料をいただく。

 それが収益につながっているのは容易に想像できますが、全体の収益からすると広告掲載料の方が大部分を占めます。

 そういう仕組みがわかってくると「情報や広告がお金になる」「横のつながりがお金を生む」という新しい考えが私の中で醸成していきます。

 以前、人に騙され、裏切られ、海野商店を失った私からすれば、それは真逆の価値観でございました。

 人や仲間をしっかりと見抜き、一緒にカネを作って行く。

 誠意を持って人と接することで、共に成長し、そして成りあがっていくことをこの一年で学んだのであります。


***


 会社への営業とはオモシロイもので。

 ちょっとした喋り一つで、快く掲載を決断してくれることもあれば、長期の掲載を失うことだってあります。

 もともとコトバ少ない私ではありましたが、ここで長年連れ添った悪友のチカラが発揮されます。

 あのお調子者だったら、どのように話すだろう?

 どんな風に太鼓を叩けば、相手が心地よくなるだろう?

 このように考え、コトバを紡ぐとオモシロイくらいほどにいい反応がもらえるのです。

 まさか悪友に救われ、学ばされるとは思っておりませんでした。

 世の中は、なにから学びを得るかわからないと自嘲したものです。


 そのような新しい商いの方法と社会の仕組みがわかってくると同時に、私の立場も上がってまいります。

 煩わしい仕事もあるのですが、どんどん仕事が少なくなるのです。

 大きな会社との取引の際に同席し、判断をする仕事が主なモノとなっていきます。

 今までであったら、多くの会社に会見の予約をとり、広告掲載のお願いをする。


 契約書の作成や経費の請求などの仕事も合間に行っておりましたが、これを若手の社員にお願いできるようになりました。

 入社したての際には、上役が昼過ぎに出勤し、夕暮れと共に飲みに繰り出すことに少なからず嫌悪感を抱いておりましたが、いざ自分がそうなってみると、これも仕事なのだと理解しました。


 長期の広告掲載をしていただいている会社の方や国会議員と酒を飲み、機嫌を取る。

 そして、新しい案件を酒の席で提案し、大きな契約を手に入れる。

 このような、もう一つの社会の成り立ちを感じはじめたのが、この頃でございます。


 私、個人の収入は工場で機械工をしていた時分のものとは、比べものにならないくらいに増えていきました。

 数年前には想像していなかった生活が手に入り、安定したものになっていきました。

 しかし、人生とは、まったくに予想できず、そしてあっという間に変化してくことにまだ私は気付いておりませんでした。


(つづく)

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